12
差し仰ぐ空は海底のように澄み物憂げな陽光が降りそそぐ秋日和
擦れ違う知り合い(サーファー)に「妹(分)」とすずめを紹介する
ご満悦のくろじと連れ立って歩行く、国道沿い
漸う
海岸に面した小ぢんまりだが目を引く
ログハウス喫茶店が視界に入るや否や、白狐の姿が飛び込む
赤色(立入禁止)のロードコーンを小脇に抱えて仁王立つ
威圧的な態度で出迎える其(白狐)の姿に脱兎の如く駆け寄る、すずめが耳打ちする
「(ゼーハー)誤解してない」
「(ゼーハー)ですよね?」
「誤解?」
「誤解とはなんだ?」
素知らぬ振りで返えす
白狐の面前、肩で息をするすずめには眼も呉れず
(すずめに)釣られて小走りで此方に向かって来るくろじに釘付けだ
益益、嫌(面倒)な展開しか想像出来ない
すずめが其(白狐)の腕を引っ張るが矢張り微動だにしない
諦めるしかないすずめは仕方なく白狐の質問に答える
「(ゼーハー)手を」
「(ゼーハー)手を繋いだ事」
「ほう?」
何とも素気無く、吐く
「何奴と?」
等と飽くまでも白白しい会話を続けるつもりなのか
此処で漸と呼吸を整えるすずめが歯を噛む
自分 (すずめ)の思考は
自分 (すずめ)の感情は
自分 (すずめ)の行動は筒抜けなのに
本当に、何とも憎たらしい狐だ!
苦苦しく、顔を歪めるすずめは
「もう一度、其の毛を毟ってやろうか」等と少なくとも考える
然うして
二人(白狐とすずめ)の元へと辿り着く
くろじと(一方的に)対峙する白狐が腹の中で愚痴る
俺(白狐)に言わせれば
御前 (くろじ)等、赤子も同然だが
すずめに言わせれば
俺(の年齢)は自分 (すずめ)と大して変わらなく見えるらしい
故に何も知らぬ
御前が俺を下位に見るのは致し方ない
致し方ないが
「「弟(分)」とは御門違いも甚だしい」
と、質すのは容易い
容易いが俺(白狐)は「兄(貴分)」の余裕で受け流す
当然、兄(貴分)の胸の内 等、察する事もない
くろじが満面の笑みで弟(分)の両肩を其(自分)の両手で堅と抱く
「みやちゃん!、見違えたよ!」
途端、勢い良く(自身の)胸元に白狐を抱え込む
くろじの身長は若干、相手(白狐)よりもある
当然、思い掛けない
行動に固まる白狐の額に頬擦りするくろじが心の中で歓喜する
流石は(俺の)はつねだ!
御令息様(みや狐)を見事、導いたんだな!
出来の悪い「弟」擬き程、可愛い
彼女 (はつね)が抱いた感情を此の瞬間、くろじも抱いていたのかも知れない(笑)
精神的衝撃の余り、相手 (くろじ)のなすがまま状態の白狐を余所に
「見違えたよ!」と発したくろじの言葉の意味にすずめも気が付いた
何故、(白狐は)はつねと色違いの前掛を着けているのか?
ついと手を伸ばす
前掛の裾を摘まむ気配に白狐は
抱き付くくろじを引き剥がし満更でもない顔で其(前掛)の姿を披露する
『「出来る出来る!」』
『「屹度、すずめも見直すわよ!」』
『「、見直す?」』
『「然う然う!」』
『「屹度、褒めてくれるわよ!」』
『「、褒める?」』
はつねとの会話が思い出される
「似合うか?」
返事を待たず
白狐は何故か言い換える
「似合ってないか?」
自分(白狐)自身、「今」の暮らしには慣れない
此の(白)毛を隠す黒髪も
此の(翡翠色の)眼を隠す伊達眼鏡も
何より獣の姿を偽わる、此の姿形にも慣れない
良くも悪くも
ひばりとはちがう
お前 (すずめ)との暮らしは「人間」らしく、何とも言い難い
「すずめ」
朗朗と名(前)を呼ばれて
白狐を見上げるすずめが慌てて頭を振るが
其 (すずめ)の胸中は複雑だ
其 (すずめ)の胸中を読み取る白狐も複雑だ
蚊帳の外のくろじは
二人 (すずめ・白狐)の世界に興味津津だったが
其れ以上に白狐が小脇に抱える
赤色(立入禁止)のロードコーンの存在が気になって仕方ない
「どゆ事?」
自身 (くろじ)の頭上に疑問符を浮かべたまま
ログハウス喫茶店の駐車場を見遣るくろじが素っ頓狂な声を上げる
「何事か?」と反応する
すずめと向かい合う白狐は無反応所か、明白な溜息を吐く
くろじの視線の先
海岸に面した小ぢんまりだが目を引く、ログハウス喫茶店
乗用車十代程、駐車すれば一杯になる駐車場が「満車」になっている
ログハウス喫茶店開店以来、初めての出来事 (なの)だろう
目を白黒させるくろじの代わりに
すずめは事情を知っている(筈の)白狐を見遣るが
(白狐は)小脇に抱える赤色(立入禁止)のロードコーンを
駐車場入口を塞ぐようにどっかと置くと無言で二人 (くろじ・すずめ)を眺める
「そゆ事?」
解決した「ロードコーンの存在」にくろじは呟やくも
否否、解決じゃないだろ?自分 (くろじ)自身に突っ込む
くろじがログハウス喫茶店目掛け走り出す
是又「何事か?」
其 (くろじ)の後に続こうとするも
其 (すずめ)の腕を掴まれて振り返える
「すずめ」
名(前)を呼ぶ
自分 (白狐)を見詰める相手 (すずめ)の心中は筒抜けだ
今は
「彼方(ログハウス喫茶店)が気になるか?」
自分 (白狐)の言葉にすずめは頷いた
木製出入口扉、無骨な取手に手を掛ける
一旦、硝子越しに覗う喫茶店店内は賑やかで
客席は満席、案内待ちの客も数人いるようだった
「どゆ事?」
再度、繰り返えすくろじが
若干、緊張気味(何故?)にログハウス喫茶店店内に足を踏み入れる
刹那
一斉に(客等の)会話が止む
一斉に(客等の)視線が注がれる
再度、素っ頓狂な声を上げそうになるのを堪える
くろじが目線のみを動かして喫茶店店内を見回した結果、気が付く
店内の客全てが「女性」
然して店内の女性客全てが
(視線を注ぐ)くろじに爛爛と光る目を向けている
正に「肉食動物の檻に放り込まれた草食動物」此れに尽きる
命の危険を感じたのか(笑)如何なのか
無意識にも後退りするくろじの耳にはつねの(自分の名前を)呼ぶ声が届く
「くろじ?」
我に返えり見遣れば
空になった冷水筒を持ち此方にやって来る
彼女 (はつね)に手を引かれて厨房に引っ込む
遅れ馳せ乍ら
ログハウス喫茶店の置かれている状況を理解したのか
「俺が(給仕)やるから調理に入れよ」
客席が満席なのに
暢気に給仕(お冷)とか可笑しいでしょう?
言いたげに
冷水筒を其 (はつね)の手から奪い取る
くろじにはつねがこぼす
「ない」
「あ?」
「注文、(未だ)ない」
「あ?」
「駐車場も店内も一杯なのに?」
「冗談でしょう?」と、くろじが言う前に
其れは其れは大きく頷くはつねが語り始める
「あの後」
二人 (くろじ・すずめ)がログハウス喫茶店を後にした後
二人 (はつね・白狐)が労働契約を結んだ後
「お店の営業準備の為」
「みやちゃんに表の掃除をしてもらったの」
そしたら
「(開店以来)見た事もない行列が出来た」
「(開店以来)見た事もない」
皆まで言うな、と駐車場の「アレ」を思い浮かべて
窓外を指差すくろじにはつねが食い気味に頷いた瞬間
満を持して
ログハウス喫茶店の木製出入口扉が開かれる
くろじの時同様
案内待ちの女性客数人 等が
店内の女性客 等が肉食動物の如く爛爛と光る目を向けて迎える
(白狐に促されて)
先に入店するすずめ等、眼中にない
其の背後、白狐の浮世離れした(容)姿に時(間)を止めて熱い吐息を漏らす
女性客 等の中、時(間)を動かす声
「すみません!」
「注文、お願いします!」
当たり前だが、ざわつくログハウス喫茶店店内
見事、周囲の客 等を出し抜き「一番手」の権利を獲得した
女性客が手を上げたまま立ち上がる
羨望と嫉妬が混沌する
他の女性客 等の眼差しを尻目に「此処よ!」と教える
女性客の(呼)声を受けて顎を引く
白狐が拙く前掛の衣嚢から用紙と鉛筆を取り出す
続いて拙く「伺、います」と言うと女性客の食卓席へと向かう
開放感ある高天井に
扇風機照明が緩緩、回る中
ログハウス喫茶店の店外、店内で発生した
此の珍妙な出来事の「どゆ事?」が解ける
駐車場が「満車」の理由
ログハウス喫茶店が「満席」の理由
然して(女性)客 等がはつねに注文を取らせない理由
しかしSNSで情報共有されるとはいえ
短時間でここ(ログハウス喫茶店)までやってきて
短時間でここまでの人数が集まったとか、すげえな
どこの客寄せパンダだよ(笑)
思うも
余りにも阿保臭くなるくろじは
厨房から出て、カウンターテーブルの椅子に「よっこらっしょ」と腰掛ける
未だログハウス喫茶店、木製出入口扉付近
突っ立ったままのすずめを手招いて(自分の)隣の椅子へと促がす
「みやちゃんさ」
「「です・ます」言葉、使えるの?」
其れは冗談なのか
其れは冗談なのだろう
笑いながら訊ねる
くろじに釣られて笑みを浮かべるすずめも戯ける
「あれ?、あれれ?」
戯けるも
自分 (すずめ)の感情は筒抜けだ
自分 (すずめ)の感情はみや狐(白狐)には筒抜けだ
至極、涼しい顔で
女性客の注文を繰り返えす白狐が「お待ちください」と言い終わらない内に
彼方此方の食卓席から一斉に(呼)声が挙がる
「すみません!」
「すみません!、お願いします!」
「此方もお願いします!」
「すみません!」
「すみません!」
略同時に挙がる複数人の(呼)声に
三人 (はつね・くろじ・すずめ)は当然、「二番手」を確認出来ないが
生憎、耳がいい白狐は迷う事なく「二番手」の食卓席へと向かう
絶対、適当だろう?!
憚る事なく盛大に噴き出す
くろじが「すずめちゃんも苦労するなあ、こりゃあ」面白がり盗み見る
彼女 (すずめ)の横顔には憂いが浮かぶ
すずめの憂いは
くろじの気遣う憂いとは違うのだろうが
早速
「兄 (くろじ)」として
「妹 (すずめ)」の為に一肌(なんなら諸肌でも)脱ぐ機会と思う
くろじが矗と立ち上がり「二番手」の食卓席で給仕する
白狐の後ろ姿を指差し声高高、暴露(笑)する
「皆さん!」
「あの彼(白狐)、彼女 (すずめ)がいますから!」
唐突に何を宣うのか?、と目を見張る
すずめの腕を取るや勢い良く引き寄せ、自分 (くろじ)の前に立たせる
「彼女 (すずめ)!」
「でもって!」
「この二人 (みやちゃん・すずめ)、同棲してますから!」
「ヒューヒュー」と指笛を言葉(声)で吹きながら
拍手で盛り上げるくろじに半目を呉れる白狐が「ふん」と鼻を鳴らす
だが、「一肌作戦」は成功?する
直後、一斉に席を立つ
女性客 等が脇目も振らずログハウス喫茶店を後にする
其の女性客 等の行動は思い至らなかったのか
「マジか?」な反応で女性客 等を呆然と見送る
目の前を最後の最後、「一番手」の女性客が「(注文は)取消で」と吐き捨てる
止めを刺す一撃に到頭、項垂れるくろじに代わり
此のログハウス喫茶店の女性店主であるはつねが和かに挨拶する
「どうも、ありがとうございましたあ!」
然うして
誰(客)一人いなくなったログハウス喫茶店店内
前掛を外すはつねが色違いの前掛を着ける白狐に伝える
「表に「休憩中」の札、お願い」
みんな
髄腔内麻酔って知ってるかい?
なんでも歯の治療の中で最も痛い治療らしく
なんと神経に直接、麻酔を打つものなんだけれども
うん
虫歯の放置は絶対、やめた方がいいぞい