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「夏場過ぎ〜、客足途絶え〜、我本望〜」
くろじが詠んだ川柳通り
街側で親子代代、経営するサーフショップは閑古鳥が鳴く
不断に木材を使用した
はつねのログハウス喫茶店とは違い
昭和 懐古趣味な商店街に突如、出現するコンテナハウス
其 (コンテナハウス)の店内で
色取り取りのサーフボードに囲まれるすずめが
「此れって(自分が)いる意味あるのかな?」と、唸った瞬間
サーフブランドのロゴを硝子一面に貼り付けた
店内扉を開けて一人の客が入店する
「いらっしゃいませ」と、挨拶する前に
「あれ?、くろ(じ)は?」と、すずめに尋ねてくる
「小小、お待ち下さい」
頭を下げる也、慌てて勘定場の奥に設置してある
化粧室に駆け寄り厳つい扉を(控えめに)叩く
「店、(長でいいんだよね?)」
「店長、お客様です」
当然、化粧室内から返事がある
「後、半分」
「腹、痛え」と、化粧室に篭って数十分
「後、半分」とは?、と、首を傾げるすずめに化粧室の主 (くろじ)が付け足す
「ああ、煙草の話ね(笑)」
如何やら(サーフショップ)店前に設ける
喫煙所に向かう手間を惜しんだ(?)くろじは化粧室内で一服していたようだ
「急いで吸って下さいね」
「お願いします」
然う言う也
客の元へと駆け戻り「小小、お待ちください」と、対応するも
自分の顔面を、まじまじ眺める相手(客)が指を鳴らす
「ああ、思いだした」
「昨日くろ(じ)が軟派した子じゃん」
「あ、」
相手(客)とは違い
思いだすよりも先に声を上げるすずめは「記憶」の抽斗から
昨日の「出来事」を引っ張りだす
背後を談笑交じり通り過ぎる
ウエットスーツに身を包み、小脇にサーフボードを抱えた男性達
「あれ?」
「真逆、くろ(じ)の軟派が成功したって事?」
目の前の彼女 (すずめ)を見詰め
自身(客)の顎髭を親指と人差し指で啄ばむみ、記憶をたどる
彼女の名前を呼ぶ
彼女の側に駆け寄る「彼氏」は遠目にも格好良かった筈
途端
「彼方のさ」
「彼氏の方がくろ(じ)なんかより全然、イイと思うよ」
「抑、彼奴 (くろじ)」
「彼女 (はつね)いるし」
相手(客)が至極
残念そうに吐き捨てる展開に
「軟派」発言は否定
「彼女」発言は百も承知
と、縦へ横へ頭を振るすずめの背後
早早に一服を終えたくろじが客(サーファー仲間)を見る也、質す
「だーから!」
「(はつね同様)お前もか?」
「俺は「寒くないですか?」って声を掛けたんだって」
「ね?」すずめに向け
同意を求めて首を傾げるくろじに相手(サーファー仲間)は鼻でわらう
「本気で言ってんのか?、お前」
「当たり前だろ」
「俺はな、俺なりに七年前の事を後悔してんだよ」
何なら今だって彼の時の事を後悔しない日日はない
後悔した所で何の意味もないが其れでも後悔しない日日はないんだ
等、自らを省みるも
其の気持ちを汲む気のない相手(サーファー仲間)の「へえ?」という
小馬鹿にした相槌に噛み付く寸前
傍らのすずめが身構えたのを目敏く確認した
くろじが標的を変更する
「何か疑ってる?」
唐突、くろじに問われて
二度見するもすずめは努めて落ち着いて受けて応える
「、何も疑ってないです」
辿辿しくも返えす
此の返答を(素直に)納得すればいいものをくろじは半目を呉れて続ける
「否否、普通に疑ってる?」
「、否否、普通に疑ってないです」
律儀にも馬鹿の相手をする
すずめの様子を多少、面白がり勘定場に寄り掛かりながら眺める
顎髭を啄むサーファー仲間が食み出る一本を無意識に引っこ抜く
結果、痛かったのか
思わず呻くも二人は全く気にも留めない(ぴえん)
「否、絶対疑ってる?」
「、否、絶対疑ってないです」
段段、意固地になり始める二人を余所に
顎髭を撫で撫で口唇を歪める、サーファー仲間だが偶然にも聞いていた
『白白しい』
『白紙の世界』
砂浜に佇む彼女に足を止めた
くろじが呟いた言葉を自分(サーファー仲間)は偶然にも聞いていた
「危いだろ、彼れ」
然うして
「七年前」といい
「今回(昨日)」といい
お前 (くろじ)は
お前 (くろじ)が思う以上に御人好しなんだよなあ
はつねといい勝負だし
はつねと似た者同士お似合いだよ、お前 等
好い加減
此の遣り取りを終わらせるべく、手を叩いて制する
「はいはいはい」
「お二人さん」
「そろそろ接客(仕事)しましょうね?」
サーファー仲間の当然の指摘に我に返るすずめから目を動かす
くろじが真顔で問い掛ける
「客?」
「客か?、お前」
一瞬、考える(振りをした)サーファー仲間が肩を竦める
「否、客じゃねえな」
顔を見合わせ悪餓鬼の如く笑う
其れが開始の「合図」かのように身を屈める
くろじが勘定場下、収納されていたのか
手にした屋外椅子を相手(サーファー仲間)に手渡す
然うして(何時もように)他愛ない駄弁りを始める前に
と、傍らのすずめにお願いする
「三軒隣に潰れ掛けの珈琲屋があるから」
「お使い、頼める?」
言いながら金銭登録機を操作する
開いた抽斗から数枚、札を取り出すくろじに
サーファー仲間が「俺、婆ブレンドね」と、透かさず注文した
其の「婆」という単語に目を丸くする
すずめにくろじが笑い声を上げる
「然う然う」
「今も昔も看板娘の婆が三人 (も)いるから」
「ああ、昔は婆じゃなかったけど(笑)」一応、擁護するも
「婆」「婆」連呼する会話に面を食らうのは当然だが
其れも店の名前を知れば納得するし、納得しないかも知れない
『波女』
何とも海好き?らしい店名で読み方は(客)各各に任せているが
少なくとも此の二人は「婆」で入力している
「でさ」
「すずめちゃんも休憩入ってよ」
「珈琲屋、蒲餅が美味いからお勧めね」
御使いも仕事の内なので
札を受け取るも「休憩」案には正直、賛同しかねる
「(私)全然、労働してないです」
だが、無問題とばかりに
「うんうん」頷くくろじが其の背中を押しながら出入口へと促がす
「今日は「初日」だしね」
「ゆっくり休憩して、ゆっくり仕事に慣れていこう」
尚も遠慮勝ちな態度でいる
すずめに「俺、ミルク珈琲ね」と告げるや否や店内扉を勢い良く開ける
「よろしく」
暫し、此方を窺うも
御使い先の三軒隣、珈琲屋に入店する姿を見送った後
振り向き様
「俺、「妹」が欲しかったんだよね!」
屋外椅子の上
器用に胡座を掻くサーファー仲間に満面の笑顔で言うが
相手は「(親に)お願いすれば良かっただろうが」としか言えない(笑)
なので、まんま言う
「(お願い)したの!」
「(お願い)したけど却下されたの!」
「お願いしたのかよ」噴きだし笑うも
くろじの願望にも(親の)却下の理由にも思う所があるのか、続ける
「だろうよ」
「お前ん家、上に三人いるもんな」
然も
「三人とも姉ちゃん(笑)」
到頭、寸劇の如く
頭を抱えるくろじが是又、大袈裟に「青年(?)の主張」をする
「だから俺、「妹」が欲しかったんだってえ!」
心底、如何でもいいとばかり
鼻を鳴らすサーファー仲間が屋外椅子の背に凭れた
「一人っ子の俺には姉でも「妹」でも羨ましいがな」
「ま、兄でも弟でもいいけど?」
如何でもいい筈が引き摺られたのか
自分(サーファー仲間)の願望をぽろっと語るも速攻、否定される
「俺 嫌!」
「断然、「妹」がいい!」
「うるせえよ」
「お前は看板娘(婆三姉妹)で我慢しとけ」
然う、件の珈琲屋
「波女」はくろじの実家だ
補足するならば
此方のサーフショップは「父親」の実家
彼方の珈琲屋は「母親」の実家となる
「はつね」と「くろじ」の関係同様
此方(両親)も「幼馴染の腐れ縁」同士だ
「其処だよ、其処!」
「何処」だよ?
と、高揚するくろじにサーファー仲間が半目を呉れる
「姉ちゃん等の「弟」願望は受理されて」
「俺の「妹」願望は却下されんのはマジ、可笑しいって!」
瞬間、サーフブランドのロゴを硝子一面に貼り付けた
店内扉が開く也
「貴方、未だ(妹願望)言ってんの?」
殆、呆れた様子で吐き捨てる
声の主人は吃驚している「弟」に容赦なく追撃する
「つか、商店街中に丸聞こえだから」
「恥ずかしいから止めよ?」
注文品を載せた盆を片手に仁王立つ
「姉」を前に唇をへの字にしたまま顳顬を掻く「弟」の様子に
(マジ、三姉妹に頭が上がらねえんだな)内心、笑うサーファー仲間が助け舟なのか
「ども、仕事が早いっすね」等と挨拶がてら手を振る
「姉」も一旦
「「はやい・うまい・やすい」が店の標語だからね」と笑顔で返すも
「貴方と三女、年の差幾つよ?」
然して「母さん幾つよ?」と続くのも御決まり
散散、「妹」を切望した幼少時代にも
散散、言われ続けた台詞にくろじは外方を向くが
散散、言い続けた自分(姉)にとっては可愛い「弟」だ
大層、年の離れた「弟」の後頭部を軽く撫でて
出前の盆事、手渡す
「で、彼の子 バイトの子?」
興味津津
お目目爛爛ですずめの話題をしたがる「姉」を
勿論、くろじは相手にするきもなく「シッシ」と手で払う
抑、(すずめに)御使いを頼んだ時点で此の流れは想定内
なのに、面白がるサーファー仲間が喜喜として答える
「くろ(じ)が軟派した子」
「!!おい!!」
盆を引っ繰り返す(無事)勢いで突っ込むも
「姉」相手に訂正する機会を失ったくろじは
瞬時に「キャーキャー」と黄色い声を発して小走りで(珈琲屋に)戻っていく
(姉の)後ろ姿を引き止める事が出来なかった
然して
裏切らない(姉の)反応に
当然、サーファー仲間は腹を抱えて馬鹿わらう
はい、諸諸サボり過ぎ(反省)