あっち側
砦から飛び出してきた隊員たちは、敵が復活したのを見て、後ずさりして俺たちから少し距離を取った。戦いに巻き込まれないようにしようということなのだろう。
フェイロンはその様子を見ると、即座に行動を開始した。何をするのかと思ったら、いつの間にかラヴと名乗った少女の肩をがっちりと掴んでいる。これは何と言うか、これから誘拐事件が発生しそうな光景だ。
「帰らせるわけないだろう」
倒したはずの敵が全員復活するという異常事態に、俺は愕然として動けないでいたが、フェイロンには関係ないらしい。焦り一つ見せず、『黒の刃』の一団が帰ろうとするところを引き留めることに成功した。
ラヴは身体を捩ってフェイロンの拘束から逃れようとするも、それは叶わない。少女のか細い身体は柔軟性に富んでいて、ややもすれば拘束をすり抜けてしまいそうなものに見えるが、フェイロンはそれを片手で押さえつけていた。
「スライ、ヴィオ!助けて!」
自分の力では脱出できないと悟ったラヴは、長髪とマッチョに助けを求めた。少女に助けまで呼ばれてしまっては、もうこれは完全に誘拐事件発生にしか見えない。
師匠が犯罪者になってしまうなんて、弟子としては実に遺憾だ。と思ったけど、その前に百人近い人をボコボコにしてるわけだから、誘拐犯になる前にすでに暴行犯だったな。
そんな風にくだらない妄想をしているうちに、ケリがついていた。長髪もマッチョも、顔が地面に埋められている。身動き一つないところを見るに、死んでいるか気絶しているかしているのだろう。もちろん、フェイロンの仕業だ。
「な、何これ……」
ラヴはその小さな体を震わせて、珍妙すぎる光景に怯えているようだった。周りのチンピラたちも、その場で固まっている。
「有象無象どもは帰ってもいいぞ、俺はこのラヴとかいう少女にしか興味がない」
「フェイロンがそういうこと言うと、犯罪の香りしかしてこないんだよなあ」
少女にしか興味がないという危なすぎるセリフについ反応してしまったが、フェイロンには聞こえていなかったようで、面倒な追及をされることはなかった。
「まあ、こんな大失態を犯しておいて、組織に帰れるだけの胆力を持つやつがこの中にどれだけいるかはわからんがな」
「本当にどっちが悪の組織かわからねえな、これ」
フェイロンといると、自然にツッコミ役に回らざるを得ない。基本的に俺はボケ役なんだけどなあ、と謎のボヤキをかましつつ、蜘蛛の子を散らすように逃げていくチンピラどもを見送った。
「さて、砦に来てもらおうか」
「うわーん!嫌なのー!」
フェイロンはラヴの首根っこを掴み、ズリズリと地面を引きずって行く。やはりどう見ても誘拐事件だ。
俺はというと、後ろの方に控えていた隊員たちを呼んで、長髪とマッチョ――いまだに名前が憶えられていない――を縄で拘束させ、砦に連行するよう指示を出した。二人を地面から引き抜くのに苦労しているようだった。
その場は隊員たちに任せて、俺は手ぶらで砦に戻った。何やら、正門付近でフェイロンとアルバートが揉めている。
話を聞くと、こんな幼い少女が『黒の刃』の一員、ましてや幹部であるなどあり得ないと言って、アルバートが中に入れてくれないのだという。ラヴを開放すべきという主張らしい。
俺も説得を試みたが、アルバートは聞く耳を持たない。いいやつなんだが、変なところで頑固なんだよな。
「で、このいたいけな少女をどこから誘拐してきたんですか?」
「何回も説明してるけど、こいつは『黒の刃』の幹部で――」
「そんなことあり得ませんよ!こんなにかわいらしいのに!」
「もうそれ犯罪者のセリフじゃん」
「いくら副長官とはいえど、それは失礼というものですよ!?」
こんな調子で、話が前に進まない。そのうち、隊員たちが野次馬のように集まってきた。こいつだと話にならないから、早いところアネモネあたりに来てほしい。
「――副長官、何の騒ぎですか?隊員たちが、副長官が少女を誘拐してきたと騒いでますけど」
「誘拐してねえよ!」
噂をすれば影とはよく言ったもので、ちょうどいいタイミングでアネモネが現れた。しかし彼女もまた、俺が誘拐犯か何かと思っている様子。冤罪を晴らさねば……
「そうですよね。さすがの副長官でも、そんなことしませんよね」
「さすがのって何だよ。俺を何だと思ってるの?」
「そんなことより、その誘拐してきた少女というのは?」
「だから、誘拐じゃないからね?」
「こいつだ」
俺の背後から、フェイロンがぬっと湧き出てきて、猿ぐつわを噛ませたラヴをアネモネに差し出した。俺がせっかく誘拐じゃないと弁明したというのに、その努力を水泡に帰すかのような行動。許すまじ。
「副長官、これどう見ても犯罪ですよ」
アネモネは若干青ざめた顔でこちらを見ながら言った。
「犯罪なのは見た目だけ。見た目だけだ。こいつは『黒の刃』の幹部なんだから、そんなやつに誘拐だなんだの犯罪なんて関係ないだろ?」
「まあ、それが本当ならそうですね」
よし、その点さえ認めてもらえれば、あとはどうとでもなる。アルバートみたいな「あっち側」の人間とは違って、アネモネは話が通じるやつでよかった。
「さあ、白状しやがれ」
俺はラヴの猿ぐつわを外してやった。すると頼んでもいないのに、ラヴは口を開いた。
「ぷはーっ。これ、見た目以上に苦しいね。人質さんには悪いことしちゃったな」
「ほら。普通、こんな少女から人質なんていう物騒なセリフは出てこないだろ?――え、人質?」
人質はいないっていう話じゃなかったっけ?
「そう、人質さん。ボンドっていうおじさんがアジトに捕まってるの」
「そんな!?」
アネモネは顔を歪めて叫んだ。周りの隊員たちの息を呑む音も聞こえてきた。
「今日ここに来た、四人の幹部のうち一人でも帰らなければ、その人を殺すことになってるの。殺されたらかわいそうだから、私はみんなと一緒に帰ろうとしたんだけど、捕まっちゃった。これで、あのおじさん死んじゃうなあ」
ラヴの言葉を聞いて、アネモネも含めた隊員たちは動揺していた。みんなが冷静さを欠いているのは、ボンドさんと顔見知りだからだろう。しかし、俺はその人のことを知らない。この場で冷静にラヴに話を聞けるのは、俺とフェイロンくらいのものだ。だから、ここは俺が話を聞かなければならない。
「そんなことをして、何の意味がある?」
「知らないよ、そんなこと。スライとブルー立てた作戦だから、スライに聞けば?」
「わかった。そうさせてもらおう」
「それと――」
「何だ、他にも人質がいるのか?」
「ううん、私たちが帰らないと、明日には総攻撃が始まっちゃうの」
幼い子供がその日の出来事を母親に話すような口調で、ラヴは砦の危機を知らせた
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サブタイトルが適当すぎますね