慈愛
シリアスなのかギャグなのか、いまだに方向性が定まりません
俺が二十人かそこらを殴り倒すころには、フェイロンは残りの七、八十人を蹴散らしていた。これでひとまず、辺りに立っている敵は見えなくなった。俺はもうヘトヘトなんだが、フェイロンはまだまだ余裕がありそうなのが鼻につく。
「もう終わりかな?」
慌てて口を押えたときには、もう遅かった。俺はとんでもない失言を犯してしまった。大体こういうことを言ったときって――
「随分と好き勝手にやってくれたみたいですねえ」
「こっちも好きにやっていいよなあ!?」
スタイル抜群で長髪を一つに束ねた男が現れた。それを追うように、小さな下着だけ履いたほとんど全裸のマッチョが姿を見せた。前者は粘着質な喋り方で、後者はうるさい。
マッチョの方を見ると、身体に刃物で付けたような傷が、えーっと、十ある。フェイロンの言うことが正しいのならば、あれは幹部ということになる。そして、その横に対等に並んでいるところを見ると、あの長髪の男も幹部なのだろう。
「テルスからの定期連絡がないので、こうして砦に攻撃を仕掛けたのですが、人質がどうなってもいいのですかあ?」
長髪の男が言った。テルスというのは、フェイロンが捕らえた幹部のことだと思われる。定期連絡がないくらいで攻撃を仕掛けてくるとは、けっこう短絡的で攻撃的な組織なのかもしれない。
「人質なんていないんだろ?」
今にも飛びかからん勢いのフェイロンを抑えて、俺は静かに聞いた。なるべく情報を集めておきたいと思ったからだ。
「そう思うなら、それでいいんじゃないですかねえ」
「どうでもいいからよ、早くやっちまおうぜ!」
含みのありそうなことを言う長髪の男。一方マッチョは、早く俺たちを殺したくてウズウズしているといった様子だ。あまりにも見た目通りの言動なので、笑ってしまいそうになる。
なんで俺がこんなに余裕でいられるのかと言うと、それはもちろん横にフェイロンがいるからだ。こいつがいれば、ボスが出てこない限り、俺たちが負けるなんてことはない。
「最期の言葉は終わったか?」
目の前のマッチョと同じくらい気が短いフェイロンは、二人に向かって明らかな挑発行為をする。そんなことして、俺に迷惑かけないでくれよ?俺はもう疲れたんだから。
「ふっ、それがあなたの最期の言葉になるでしょうねえ。――行きなさい、ヴィオ!」
「うおおおお!」
そして、その明らかな挑発に乗った長髪――ダジャレじゃないからな――は、こちらにマッチョを差し向けてきた。俺の目でも追えるほど鈍重なマッチョの突進。偉そうなことを言う割に、長髪は動きを見せない。なるほど、戦略担当と戦闘担当を分けているのか。
と思ったのも束の間。目の前にナイフ。すかさず受け止める。マッチョの股の間を通って、ナイフを飛んできたのだ。長髪が顔を歪めているところを見るに、あいつが投げてきたのだろう。姑息すぎる。
俺はフェイロンの邪魔にならないように距離を取った。フェイロンは動かない。限界まで引き付けて、掴みかかろうとしてきたマッチョの腕を取り、そのまま取った腕を地面に埋めた。何が起こったのかはよくわからないが、とにかくマッチョの腕が肘の辺りまで地面に埋まっている。フェイロンによって腕を高速で地面に叩きつけられた勢いで、腕が地面にめり込んでしまったのだと思われる。実際に目で見ても、信じられない光景だった。
さすがに長髪も唖然としていて、その隙にフェイロンはそいつの顔面をボッコボコにしていた。その顔は二倍くらいに腫れ上がっていて、フェイロンが威力を調整しながら殴ったことが窺われる。
「どっちが悪の組織かわかんねえな、これ」
「早く隊員を集めて、こいつらを拘束しろ」
「あ、了解っす」
砦の方に振り返って、手を振ってみる。すると、即座に何十人もの隊員たちが飛び出してきた。ずっとこちらを観察していたらしい。迷惑にならないようにしていたのか、仕事をサボっていたのか。前者だと思いたい。
しかし、隊員たちが俺とフェイロンのもとに辿り着く前に、そいつは現れた。どう見ても少女。だが、普通の少女ではないのは、その悠然とした態度を見ればわかる。俺とフェイロンが打ち倒した人々を、踏みつけながらこちらに向かってくるのだから。
「酷いです。人をこんなにたくさん殴って、腕を、えーっと、何と言うか、地面に埋めちゃうなんて。スライとヴィオ、かわいそう」
「倒れてる人を踏むのもどうかと思うけどね」
「これは人じゃなくて、道具なので、ギリギリセーフというわけには行きませんか?」
言動が明らかに正常ではない。それに、このマッチョのヴィオという名前を知っていたし、長髪のことをスライと呼んでいた。こいつも『黒の刃』の構成員なのだろうか。とはいえ、こんな年端も行かぬ少女が『黒の刃』の構成員だなんてことがあり得るのかが疑問だった。
「お前も『黒の刃』なのか?」
「はいっ。十刃が一人、『慈愛』のラヴです」
「か、幹部!?」
てっきり命乞いでもしに来たのかと思ったら、新たな戦力として登場したらしい。クソ、こんないたいけな女の子の見た目をしていたら、殴るにも殴りづらい。さすがのフェイロンだって――
「とりあえず、ボコボコにして生け捕りでいいか?」
フェイロンはいつも通りだった。
「ラヴ、ボコボコなんて嫌。ラヴはただ、人を傷つけたり、人が傷ついたりするのが嫌なだけなの。だから、おじさんたちを注意しに来ただけなの」
「何をふざけたことを」
フェイロンはまったく取り合う様子がない。まあ、『黒の刃』の幹部が言うような台詞じゃないもんな。
「俺はまだおじさんではない」
「あ、そこなんだ。――確かに、俺もおじさんではないけど」
「まったく失礼な少女だ。これは一度、ボコボコにしてやらねば」
「だから!ボコボコは嫌って言ってるでしょ!?」
そう言って、ラヴは持っていた杖を天にかざした。途端、眩い閃光が辺り一面を包む。一瞬のうちに光が失せると、今まで倒した敵の全員が立ち上がっていた。完全復活だ。そして驚くべきことに、俺の魔力も全回復している。
「みんな!お家に帰ろ!」
少女によく似合う笑顔と台詞のはずだが、底知れぬ不気味さを感じずにはいられなかった。
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ブクマ・評価ありがとうございます!活力になります!
久しぶりに誤字の報告をいただきました。いつぞやにも書いた気がしますが、ちゃんと読んでいる人がいるんだなあと感じて嬉しくなります。ありがとうございます!