夕刻の襲撃
階段を駆け下りる途中、俺は自分の浅慮を悔いた。しかし、後悔ほど今いらないものはない。即座に思考を切り替えた。
俺のすぐ前を行くアルバートに向けて叫んだ。
「ダメだ、アルバート。俺は上へ行く!」
「そんな!副長官に加勢していただかないと!」
「俺じゃフェイロンの邪魔になるかもしれない。それよりは、上から人質の場所を把握して、それを救出した方があいつの役に立てる。あいつを自由にやらせるのが最善だ」
「そ、そうおっしゃるなら……」
アルバートは腑に落ちていないようだったが、言うことは聞いてくれた。
こいつをこれ以上走らせるのはかわいそうだし、階段を下りる足がもたついていたところを見ると、むしろ目的地まで時間がかかると思われた。それに、俺のところに拘束しているより、他に回した方がいい仕事をしてくれそうである。
「ここから先は俺だけでいいから、戦っている場所だけ教えてくれ」
「砦の外、正門より北です!」
「ありがとう!」
返事が聞こえてきたときには、俺はすでにアルバートに背を向けていた。背後のアルバートにごく短く礼を言い残し、一段飛ばしで階段を上る。あまりよくない態度だったことを反省しながらも、そんな反省を置き去りにするようにぐんぐん上っていく。階段を上りきるころには、練魔が整った感覚があった。
外に出ると、真冬の風が全身を刺した。日は沈みかけで、明かりは弱い。近くの物を識別するには困らないが、上まで来てしまうと、下の様子を窺うのは難しかった。
「でもまあ、たぶん大丈夫だろ」
確証はなかったが、とりあえず魔纏を発動させる。
「ああ、やっぱりな。よく見える」
予想が正しかったことが確かめられ、自然と口角が上がってしまう。
魔纏は、練魔で強化された魔力を全身に纏わせる技術。それによって、身体能力が著しく高められる。全身ということは、目だって例外じゃない。魔纏を発動させた今では、近くも遠くもよく見えるし、暗いのも気にならないほどはっきりと物を認識できる。
「北って言ってたよな」
俺が今いる階段は正門より南に位置している。そのため、南北方向に延びる砦を北上していく。何人かの隊員とすれ違ったが、暗さと俺の移動速度が相まって、彼らは俺が俺と認識できなかったことだろう。
意識をすれば、強化された聴覚によって戦闘音も拾える。視覚と聴覚をフル活用し、戦闘がどこで行われているかを探す。
「あれか!」
走り始めて十秒程度で見つけた。百人近くいるんじゃないだろうか。アルバートはそんなに多くないと言っていたが、十分多い気がする。その中で、フェイロンのことはすぐに見分けられた。一か所に留まり、襲い掛かってきた敵をいなすようにして戦っているからだ。自分から仕掛けることはしていないように見える。自分から仕掛けると、人質に危害が加えられると考えているのかもしれない。
それでも、軽く十人以上が倒れているのが視認できた。やはり俺があの場に飛び込んでいかなくてよかった。確実に足手まといになっていただろう。
おそらく、三階あたりに魔術師隊が控えているはずだが、今のところ魔法が使われている気配はない。あいつらも、フェイロンの邪魔にならないようにと考えているのかもしれない。
魔術師隊は短時間のうちに強力な火力を発揮する。一方で、器用なことをするには、かなりの時間がかかる。器用なことというのは、今の場合では人質の救出などだ。したがって、ここはやはり俺が人質の救出をするのが最善と思われた。
しかし、それらしきものは見当たらない。砦周辺は基本的に平原であり、隠れるような場所はないはずなのに。
「副長官!」
辺りを見渡していると、後ろから肩をガシッと掴まれた。咄嗟に振り返ると、見知らぬ隊員がいた。
「ど、どうしたんだ?」
「は、はい。正門より南に二百人を超える敵が現れたと!」
「二百人!?」
ただでさえ早鐘を打っていた心臓は、そのまま弾け飛びそうなほどに速度を上げて脈を打ち始めた。
「おそらく、こちらは陽動です。人質を使ってフェイロンさんを釘付けにするためのものだと考えられます。ここは、魔術師隊が引き受けるとの話ですから、副長官は南に向かってください!」
俺は即決できなかった。フェイロンと行動をともにしなければ、ボスが現れたときに対処できないからだ。しかしそうは言っても、二百人というのは放置していい人数ではない。その場にいる隊員が上から攻撃しても、いずれ登りきるやつがいるかもしれない。
もし登られてしまえば、隊員たちひいては住民に被害が出る可能性がある。それは避けなくてはならない。でも、ボスが現れた時点で俺とフェイロンが一緒にいなければ、それはそれで砦への被害が……ダメだ、考えることが多すぎてまとまらない。
「行ってください!」
鬼気迫る表情の隊員を見て、俺は覚悟を決めた。俺がちゃちゃっと行って、ちゃちゃっと戻って来ればいい話なのだ。こっちは魔術師隊が人質を救出してくれると信じて、俺は南に向かう。こうして悩んでいる間にも、隊員たちが――
「お前、砦の者じゃないよな?」
聞き覚えのある声。男とも女とも判別しづらい声だった。声は俺の後ろから聞こえてきたが、その主が誰であるかなどいちいち確認する必要はなかった。
「アレク、どういうことだ!?」
「こいつが偽物の隊員、もっと言えば、『黒の刃』の構成員であるということですよ」
アレクは低く冷たい声で断言した。そんなことがあり得るのだろうか、いくらアレクの言葉でも、簡単には信じられなかった。
「く、『黒の刃』?何をおっしゃいますか。私は――」
だが、男が喋り出してすぐ、俺は拳を振り抜いた。顔面へ直撃。そいつは五メトルほど吹き飛んで、動かなくなった。
俺が前触れもなく暴力行為に及んだので、アレクに軽く引かれてしまったみたいだ。殺気より距離が遠のいている気がする。
「副長官って、たまに大胆ですよね。これで私が間違ってたらどうするんですか?」
「そのときは、俺が責任をもってあいつに謝る。でも、間違ってないだろうな」
「何でそう言えるんですか?」
アレクは不思議そうに首を傾げた。意外だ。アレクならその理由がわかっていると思ったんだけど。
「まあ、アレクのこと信じてるからな」
「えっ、ちょ、何を……」
「ってのは冗談で、下っ端のアレクに敬語を使うやつなんて、この砦にはいないと思ったんだよ。アレクに向かって、何をおっしゃいますか、とか言ってただろ?」
「なるほど。そういう……」
最後の方はごにょごにょ言っていて聞き取れなかったが、言い終わったアレクの顔は少し赤かった。冷たい風に吹かれて、顔が冷えているのかもしれない。
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