作戦と呼ぶほどでは
「作戦がないってどういうこと?」
作戦がないことを嬉々として語るアネモネに違和感を抱き、そのことを問うた。
「作戦というほどのものがないと申し上げただけです」
「いや、何が違うの」
「作戦というにはおこがましいほど単純なものであるということです」
アネモネは終始嬉しそうに話しているが、話が見えてこない。
「何でもいいけど、聞かせてくれ」
「フェイロンさんにもご助力していただけるということでしたので、今回発見したアジトを副長官とフェイロンさんに急襲していただきます」
「え?」
「なるべく多くの構成員を撃破したのち、敵を引きつけながら砦まで撤退。そこで魔法陣兵器五十門を用いて、敵を殲滅します」
「え?」
「ボスが現れた際の対処は、副長官とフェイロンさんにお任せします。一応、魔術師隊の半分を援護に当たらせはしますが、ないもとの思っていただいた方がよいかと」
「えええ……」
俺が声を挟んでも、アネモネは一切見向きもせず、淡々と作戦の概要を語った。確かに、作戦と呼ぶほど大仰なものではないかもしれない。しかし、フェイロンは化け物だからいいとしても、俺の負担が大きすぎやしないだろうか。
もちろん、他の隊員たちだって慣れない仕事で大変だろうから、強く反対することはできない。とはいえ、楽園だと思っていたこのソーン砦において、自ら命を懸けるようなことはしたくなかった。
「俺の仕事、多くない?」
「副長官ですからね」
どうにかならないものかと、ごくごく軽めの口調で不満を呈してみた。が、アネモネに一蹴される。こういうときだけ役職を持ち出すのはズルい。
第一、副長官がこんな重労働をしなければならないのなら、長官はさらなる重労働をしないと筋が通らないではないか。長官が中佐くらい働いているなら俺の溜飲も下がるというものだが、ただ飲んで寝てるだけじゃねえか……
「長官は何をするの?」
俺に話が回ってきていないだけで、長官も実は重要な任務に就いている可能性も否定できないため、それだけ確認した。
「英気を養っておいでです」
「それ、休んでるだけだよね?」
「副長官とはいえ、失礼ですよ。英気を養っているのです」
「へえ……」
アネモネの受け答えは、まるで政治家の答弁のようだった。いや、それよりもタチが悪い。なぜなら、基本的に政治家同士は対等な立場でやり取りするが、俺は長官よりも劣位だからだ。
そんなわけで、アネモネの鉄壁の牙城を崩すことができず、俺は作戦通りに動くほかなくなった。つまり、命懸けで『黒の刃』を攻撃しなくてはならなくなった。
フェイロンが言うには、あのアジトにボスはいたらしい。無効化アーティファクトは視認できなかったが、ボスがいるなら近くにあるはずだという。アーティファクトがソルティシア本国を離れているのは、作戦上は好都合である。
しかし、ボスが近くまで来ているということは、相手も本気だということでもある。それはすなわち、俺の命がより大きな危険に晒されるということでもある。素直には喜べなかった。
「作戦は明後日決行です。それまでにもう少し作戦を詰めておきましょう」
ある種の寿命宣告を受け、俺は曖昧な返事しかできなかった。今日を含めて、寿命はあと三日。生き残れるかどうかは、ほとんど運だ。
俺は柔らかい椅子に身体を預け、ボーっとしていた。アネモネが部屋を出てから、何時間こうしていたかわからない。ここ三日はフェイロンと精力的に敵の監視を行っていたため、今日は動きがなくて退屈な感じがする。……おっと、労働がないことはいいことだ。窓際軍人らしからぬ考えが浮かんできてしまったことを反省せねば。
最初にアネモネが言った通り、提案されたのは作戦というほどの作戦ではなかった。要するに、俺とフェイロンが囮をやって、本命の魔法陣兵器で潰すということだろ?こんなの俺とフェイロンだけの話し合いでも出ていた考えだ。
「死ぬかもしれないし、シルヴィエに連絡でもしとくかな」
そんな言葉が口を突いて出た。外部に連絡するにしても、中佐に連絡して応援を寄越してもらおうとか、そういう発想が最初に出てこないのが俺らしい。
「えーっと、何て書こうかな。あんまり心配させてもいけないだろけど、俺が死ぬことを覚悟してもらった方がいい気もするし」
机の一番上の引き出しから一冊の手帳を取り出す。尋問前、マルヌスから回収された《双子の手帳》だ。もちろん、これと対になるのはシルヴィエが持っている。俺から連絡がない限り連絡してくるなと言ってあるから、王都を離れて今まで使ったことはない。
「国防の観点から、とある犯罪組織への攻撃を仕掛ける。大変な仕事になりそうだが、シルヴィエの開発した魔法陣兵器が役に立ちそうだ。――こんなもんでいいか?」
本当は助けてくれとか書きたかったけど、兄としてのプライドがそうはさせてくれなかった。
すぐに返事が来るものと思って十分近くまっさらな紙を見続けたが、返事はなかった。一か月も使っていないわけだから、《双子の手帳》の存在自体を忘れているのかもしれない。
「まあ、いずれ読んでくれるだろ」
元あった場所に手帳をしまい、とりあえず忘れることにした。返事が来てしまえば、助けてくれと書いてしまいそうだったから。
隣の仮眠室――睡眠室と言った方がいいかもしれない――に移り、ベッドに寝転がった。考えるべきことは多いし、気分もよくなかったが、穏やかな眠気に包まれる。
思考がだんだんと明瞭さを欠いていき、途切れ途切れになっていく。眠りが近い、そうぼんやりと感じたときだった。
ガンガンガン、ガンガンガンと高速で扉が叩かれた。叩かれているのは、隣の副長官室の方の扉だが。その音からは異常な焦りが伝わってきたので、慌ててベッドから降りて扉を開ける。
「どうした?」
「ああ、そちらでしたか!」
ハアハア、と息を切らしていたのはアルバートだった。荒い息のまま、アルバートは続けた。
「『黒の刃』が攻めてきました!すでにフェイロンさんが応戦中です!」
完全に想定外の事態だった。一気に血液の流れが速まっていき、眠気は吹き飛んだ。
「戦況は!?」
「敵の数は多くなく、フェイロンさんお一人でも有利に戦闘を展開できていると見受けられましたが、隊員を人質に取られてしまっているので……」
人質とは、これまた厄介なことをしてくれる。それだと、フェイロン一人では厳しいかもしれない。
「ここまで走ってきてくれたんだろうが、もうひとっ走りお願いできるか?俺を案内してほしい」
「お、お任せください!」
アルバートは肩で息をしながら答えた。
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ブクマ・評価ありがとうございます!活力になります!
退屈な展開だったので、全然予定にない話へと舵を切りました。