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笑顔が怖い人たち

 新兵器の実験から三日が経った。この三日間、ソーン砦の隊員たちが何をしていたかというと、主に敵情視察、新兵器導入に際する訓練、作戦立案などなどだ。もちろん、通常業務も並行して行われている。

 

 フェイロンの指示に従って、定期的に被害者に対して《悪魔の塩》を与えることで、その症状を抑えることに成功している。フェイロン曰く、最長であと三か月はこのまま生きられるとのことだった。逆に言えば、それ以上は持たないということだから、早期の『黒の刃』攻略が望まれる。

 

 敵情視察は俺とフェイロンだけで行った。魔纏が使用可能で戦闘能力と機動力の高い俺たちにしかできない任務だった。俺はやりたくなかったんだが、アルバートがフェイロンだけには任せられないと騒ぎ立てたので、渋々俺が同行することにした。


 捕らえた幹部からの情報をもとに、まずはアジトの捜索をした。フェイロンが駆け回ったことで、捜索一日目の最初の二時間で見つけることができた。アジト発見に関しては、俺は何もやっていない。やはり俺はいらない子なんだ。


 発見後は、二日半ほどを掛けて戦力の分析をした。フェイロンが最後に『黒の刃』を見たのは五年前らしいが、そのときから構成員の戦闘能力が著しく向上しているとか、そういった傾向は見られないと言っていた。

 

 『黒の刃』のアジトは平穏そのものだった。幹部の一人が捕らえられたことは伝わっていないようである。ソーン砦にはファルサ・ウェリタスがあり、基本的に悪意ある侵入者は立ち入ることができないため、外の情報は中に伝わらないし、中の情報は外に伝わらないので、こうした組織の状態も無理もない思われた。つまり、今が攻撃を仕掛ける絶好のチャンスというわけだ。

 

 敵情視察の過程で、フェイロンは『黒の刃』の幹部について教えてくれた。組織の9割以上は取るに足らないチンピラだが、十人の幹部は手練れらしい。もちろん、これは五年前の情報でしかなく、幹部の人数が増えていたり減っていたりすることはあるだろう。しかし、捕らえた幹部の戦力的に、幹部が強化されているということは考えづらいというのがフェイロンの見解だ。


 フェイロンの話では、幹部二人と俺がトントンくらいの実力だということだ。呪龍の戦闘で己の実力不足を痛感させられ、強くなりたいと思っていた俺からしたら万々歳なはずなのだが、実際に戦力の一部としてカウントされるとなると、少々億劫ではある。


 一方、新兵器の導入や作戦立案については、俺が提示した原案をもとに、アネモネに一任した。今からこの三日間の成果について報告を受けるのだが、果たして上手くいっただろうか。いや、アネモネがやって上手くいかないわけがない。安心して報告を待つとしよう。


 いつものように、副長官室の扉が叩かれた。コンコンコンと軽快なノックオンであった。これだけでも、扉の向こう側にいる者の調子のよさが窺われる。

 

 「開いてるよ」

 

 「失礼します」

 

 入室してきたのはアネモネ。もともとこの時間にアポイントメントがあったので、当然の来客だ。

 

 「いい報告が聞けそうだな」

 

 「いえ、そうでもありません」

 

 「え、悪いの?」

 

 これは想定外だ。三日間という短期間でも、アネモネなら何かしらの成果を出してくれるものと思っていたが……

 

 「いえ、悪くもありません。――とてもいい報告ができると思います」

 

 「なんだ、そういうこと」

 

 思わず笑いが漏れた。アネモネがこんな子供じみた言葉遊びを仕掛けてくるとは思ってもみなかったからだ。

 

 「相当上機嫌みたいだな」

 

 「べ、別にそういうわけではありません。作戦の承認を頂かねばなりませんので、早く報告をさせてください」

 

 「どうぞご自由に」

 

 キリッとした顔つきゆえ、クールな印象を受けるアネモネだが、意外と感情の起伏がわかりやすいことを最近知った。今は明らかに、いい成果が出たことを喜んでいる。

 

 「えー、では、まず新兵器の導入の経過報告です。隊員全員が二度以上魔法陣に触れられる機会を作り、適性を把握しました。結果として、魔術師隊を除く九三二人に適性が認められました。魔法の発動回数に関してですが、魔術師で平均十回、一般隊員で平均二回の行使が可能でした。すなわち、最大で二三〇〇回の発動が可能だという計算になります」

 

 「なんじゃそれ」

 

 「ええ、私もいまだに驚きと興奮が抑えられません。これを作った人はまさしく天才ですね。魔法陣が描かれている布が魔力の強化を自動で行ってくれていて、魔力消費を抑えて発動が可能になっているようなのです」

 

 「へー、そりゃすごいね。開発者にお礼を言っておくよ」

 

 開発者であるシルヴィエの辣腕ぶりを思い知らされ、感想は棒読みになった。

 

 「か、開発者様とお知り合いなのですか!?」

 

 アネモネは掴みかかる勢いで、俺に詰め寄ってきた。鼻息は荒く、顔は紅潮している。こんな状態のアネモネに、俺の妹が作りましたなんて言ったら、俺がどうにかされてしまう。

 

 具体的には、立派な妹に対して副長官はポンコツだとか、妹を紹介してくれだとか、そういう面倒なことを言われそうだ。ここは適当に誤魔化すが吉である。

 

 「王宮で会っただけだよ。今度王都に行ったら、お礼を言っとくって意味だ」

 

 「そ、そうですか。取り乱してすみません」

 

 「いや、いいんだ。アネモネが興奮するのもわかる。俺もあれでフェイロンを――」

 

 そこまで言いかけて止めた。ほとんどゼロ距離でフェイロンにぶち当てましたなんて言ったら、どんな顔をされるかわからない。

 

 「何でもない。他の報告を頼む」

 

 アネモネは不審そうに眉を八の字にしたが、深く追及されることはなかった。

 

 「他というと、いまさらではありますが、動物の斬殺体についてわかったことがあります」

 

 「ほう、そっちも進展があったのか」

 

 てっきり『黒の刃』攻略作戦についての報告が来るものだと思っていた。頼んだ仕事以外も進めてくれているとは、さすがはアネモネだ。

 

 「ボンドさんの殺された荷馬から《悪魔の塩》が見つかりました。どうやら、馬の体内に《悪魔の塩》を隠して、領内に持ち込んだみたいですね。そのせいで荷物検査をすり抜けてしまったようです」

 

 「なるほど……」

 

 どうやったらそんな残酷な手法を思いつくのかわからないが、一つの謎が解けたことで、少しホッとしている部分もある。実行犯と目される幹部も捕まっていることだし、被害はこれ以上でないだろうしな。

 

 「最後に、作戦についてです」

 

 「おお、待ってました」

 

 「最初に申し上げておきますと、作戦というほどのものはありません」

 

 今まで見たことのない、満面の笑みでアネモネは言った。フェイロンの笑顔も怖かったが、得体の知れなさで言えば、アネモネの笑顔の方が怖い。


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