暴かれる嘘
「さて、以上で会議を終わりにして、早速副長官の嘘を暴きに行きましょうか」
「いや、だから嘘じゃないんだって……」
アネモネは新兵器のことを嘘だと決めつけている様子で、半ば挑発的に言われた。そこに上司への尊敬の念は籠っていなかった。会議室を出て行く調査隊たちの視線も同様だった。
「どうします?中庭でやりますか?」
「そんなことしたら火事になるよ」
「副長官は冗談が下手ですね」
挙句の果てには冗談がつまらないやつ認定。いいだろう。そっちがその気なら、目にもの見せてやろうじゃないか。
アネモネが「外に行くだけ無駄」、「修練場でやろう」とか言い出したのだが、そんなことをしたら本気で砦がどうにかなってしまうため、副長官命令で外へ連れ出した。
「はい、この紙に魔力を流すだけだよ」
途中、副長官室に寄って回収してきた魔法陣兵器をアネモネに手渡した。アネモネはそれを裏から見たり、光に透かして見たり、魔法陣を撫でたりして、つぶさに観察していた。
「これ、紙じゃなくて布みたいですね。どちらでもいいですけど」
手触りで勘違いしたが、布だったらしい。アネモネの言う通り、どっちでもいいけど。
「早くやってみてよ」
「じゃあ、副長官が受けてくれますか?」
「いや、死んじゃうから止めて?」
「俺が受けてやろう」
俺たちに付いてきていたフェイロンが申し出た。至近距離で食らっても平気だったし、フェイロンなら死ぬことはないと思うが――
「服、燃えるぞ?」
「そういえば、あのとき、部屋で起きたら服がなかったな。あれは燃えたせいだったのか」
「あ、話そうと思って忘れてた」
フェイロンからしてみれば、戦ってたらいきなり焼かれて、気絶して起きたら全裸って、相当意味不明な出来事だっただろう。そのときのフェイロンのリアクションを見てみたかった気もする。
「構わん。シチューを食べるのに忙しかったからな」
「そういえばそうだった」
「では、替えの服を取って来るから待っていてもらおう」
そう言った数十秒後には、フェイロンは着替えを持って帰ってきた。
「俺が合図したら、魔法を撃ってくれ」
「了解しました」
フェイロンは俺に服を預け、一瞬のうちに五十メトルほどの距離を取った。フェイロンがあそこまで遠ざかるなんて、よほどあの魔法を警戒しているらしい。
「あんな遠くまで行ってしまったら、届きそうにないですけど。私が普通に魔法を使っても仕留められる距離じゃないですよ」
「ということは、アネモネの魔法よりも新兵器の威力の方が高いってことだな」
「副長官には、私の魔法を受けてもらいますかね」
「ごめん、聞かなかったことにして」
軽口――と俺は思いたい――を交わしながら、フェイロンの準備完了を待つ。
「あ、いいみたいですね」
アネモネが言うので、フェイロンの方を見ると手を振っていた。フェイロンに似合わぬ子供っぽい動きだった。本人には申し訳ないが、ちょっと面白い。
「こんな感じでいいですかね?」
アネモネは土魔法で台を作り、その上に魔法陣を乗せた。一回しか使わないのに、わざわざ台を作るとは、几帳面なアネモネらしい。
「いいんじゃないか?」
「行きますよー!」
俺のコメントに触れることなく、アネモネは手を振りながらそう叫んだ。そして、魔法陣に触れる。
瞬間、視界を埋め尽くす光。反射的に顔を伏せる。ほぼ同時に肌を焼くような熱。あのときと同じだ。
「きゃああああああああああ!」
アネモネは自分でやったくせに、大絶叫。しゃがみ込んで耳を塞いでいる。これではこれからの面白い光景が見てもらえないのが残念だ。
アンデッド侵攻のときに俺が生み出したのとは比較にならないほど巨大な火球が、直線的に飛んでいく。視界のほとんどすべてが火球で支配されているため、その奥にフェイロンを確認することはできないが、きっと構えを取って火球の到来を待ち受けていることだろう。
感覚的には三秒くらいのできごとだった。フェイロンが立っていたところ辺りまで火球が飛んでいくと、それは盛大に爆ぜた。爆発音のようなものはしなかったが、見た目は爆発そのものだった。
広がった炎に枯れ草が焼かれ、灰色の煙が足元に広がっている。フェイロンがいるであろう場所は煙の濃度が高く、ここからではその姿を視認できない。
「ど、どうなったんですか?」
足元から声がしたので見てみると、しゃがみ込んだままのアネモネがいた。
「新兵器は正常に作動したようだ。これ、魔法の指向性ってどうなってんだろうな」
「予想ですけど、術者の狙いを読んでいるんだと思います」
アネモネは立ち上がって、隊服にできた皺を伸ばしながら言った。先ほどのような声の震えはなくなっていた。
「へえ、そんなことできるんだ」
「それよりも、魔法の威力の方が驚きましたよ」
「嘘じゃなかっただろ?」
「残念ながらそうみたいですね。申し訳ございませんでした」
アネモネは神妙に頭を下げた。こういうところは潔くて好感が持てる。
「わかってもらえればいいんだよ。――っと、そろそろ見えてきたな」
煙が薄れたことで、フェイロンが立っているのが見えた。また手を振っている。服は……たぶん燃え尽きている。
「ちょっと服を届けてくる」
それだけ告げて、フェイロンの方へ走る。火球が通過した部分は草が焼け焦げていて、炭化した草を踏むと、ザッザッという足音がした。
俺が近づくと、フェイロンは無邪気な笑みを浮かべて言った。
「俺の勝ちだな」
全裸で言われても、何一つカッコよくないから止めてほしい。
「はい、これ」
フェイロンに服を手渡す。フェイロンがここまで離れたのは、魔法への警戒に加えて、アネモネに全裸を見られるのを避けるという目的もあったのかもしれない。
「俺の勝ちだな」
「わかったって」
手渡された服を着てから、フェイロンはさっきの言葉を繰り返した。あのとき、俺に負けたのが相当悔しかったらしい。
さて、実験台になってもらったフェイロンには聞かねばならないことがある。
「これなら、やつらに通用するか?」
「するだろうな」
フェイロンはまた違った種類の笑みを作った。そこに、先ほどまでの無邪気さはなかった。
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