酔っぱらい長官
酒を飲んでいる姿しか印象がないから、フェイロンが長官をどうする気なのか想像もつかない。長官と言えば、特徴はあの巨体だし、囮にでもする気なのかもしれない。
「あんな酔っ払いをどう使うんだよ。囮にでもする気か?デカいから目立つもんな」
「酔いさえ醒ませれば、あれは相当使えるはずだぞ」
どうやら、やっぱり囮にでもする気らしい。長官は地位もあるし、確かに囮にするには適任かもしれない。でも、囮にするのに酔いを醒まさせる必要はあるのが疑問だ。囮なんて、へべれけの状態で突っ立たせておくだけでもよさそうな気もする。
「酔ってるか、寝てるか、もしくはその両方かみたいな人だから、酔いを醒ますのは難しそうなんだよな。で、一つ疑問なんだけど、囮にするなら酔っててもいいんじゃないか?」
「囮って何の話だ。俺はあいつを戦闘要員として使うつもりだぞ?」
「は?戦闘要員?いやいやいや、無理でしょ」
囮として使うんだと思って話していたら、戦闘要員にするらしい。戦闘要員にするとか長官を殺す気?あの人が死んだら、俺がここの長官に任命されちゃうかもしれないし、勘弁してほしいんだけど。
「さっきも言ったが、あいつは相当使えると思うぞ」
「戦闘要員として?いや、そんなことしても犬死するだけだろ」
「大丈夫だ。あいつはやれる。酒が入っていても、お前よりは強いはずだ」
まあ、体格は長官の方がいいから、生身で戦えば勝てないだろうけど、今の俺には魔纏がある。それを使えば、あるいは。
「俺が魔纏を使えば、俺の方が強いだろ?」
「いや、魔纏を使っていない状態のお前なんて、そこら辺の子供と同程度だぞ。お前と誰かを比べるときは、魔纏を使ったお前の実力とその誰かの実力を比べているに決まっているだろ。身のほどを弁えてくれ」
あまりの毒舌に俺は言葉を失った。ズルしたとはいえ、フェイロンにも勝ったから多少の自信をつけていたんだが、それもすべて吹き飛んだ。そこら辺の子供って、ひどいよ……
俺はそのまま机に顔を突っ伏した。ちょうどそこには皿があって、皿に顔を突っ込む形だ。顔が汚れても、そんなことは気にならなかった。
「おい、エル。汚れてるぞ」
フェイロンが俺の首根っこを掴み、無理矢理体を起こした。顔が汚れて力が出ない。
「副長官、どうしたんですか!?」
正面から人が近づいて来る。顔がドロドロなせいで視界はおぼつかないが、その声のおかげで近づいてくる人物が誰かわかった。
「おう、アネモネ。どうした?」
軽く手を挙げて、アネモネに応える。
「どうしたって、こっちのセリフなんですけど。顔が汚いですよ」
「顔が汚いって、それどういう意味?」
不細工な顔だと悪口を言われたのではないとわかってはいるが、如何せん気持ちが沈んでいたので、当てつけのように言ってしまった。悪いのはフェイロンだ。いや、俺が悪いです。すみません。
「あ、いや、お顔にソースのようなものがついているということです。これ、使ってください」
そんな俺の悪態にもアネモネは丁寧に応じてくれた。目の前にハンカチが差し出されたので、それを使って顔を拭く。いいやつすぎるだろ。
「ごめん、ありがとう。――で、ここまで来たってことは、なんか用?」
「あ、そうですよ!もしかしたら、住民や隊員を助けられるかもしれません!」
アネモネは用件を思い出すと、手を胸の前に構えて興奮した様子で言った。
「俺たちもちょうどその話をしてたんだよ」
「え、知ってたんですか?わざわざ教えに来た甲斐がないですね」
アネモネは一気に冷めたみたいだ。なんか悪いことしたな。
「ついさっきフェイロンから話を聞いたんだよ」
「なるほど、そういうことでしたか」
アネモネは納得したみたいだが、俺には疑問が残った。アネモネがどうやってその情報を手に入れたかだ。
「アネモネはどうやって解毒方法を知ったんだ?」
「簡単ですよ。捕らえた『黒の刃』の構成員を拷問、じゃなくて尋問して聞いたのです」
アネモネは笑顔で言った。笑顔で拷問って言ったよね?拷問って言った後に、尋問って言い直したのまでハッキリ聞き取れたよ?
拷問という単語が引っかかりはしたが、今はそんなことを追及する気分にはなれなかったので、記憶から消去する。俺が記憶の消去に勤しんでいると、再びアネモネが口を開いた。
「しかし、解毒に必要な鈴をどうやって入手するかが問題ですよね」
解毒に必要な鈴?解毒に必要なのは無効化アーティファクトだという話だったはずだけど、それ以外にも解毒方法があるのだろうか。
「鈴って何のことだ?」
「え、鈴じゃないんですか?」
「ああ、悪い。言い忘れていたが、無効化アーティファクトは鈴の形をしている」
「なんだ、そういうこと」
フェイロンからの補足によって、俺の疑問は氷解した。ちょっと恥ずかしかったから、そういうことは最初に言っとけよな。
「あ、そうだ。長官の酔いを醒ますことってできる?」
さっきフェイロンが言っていた作戦をふと思い出し、俺は何気なく言った。本当に何気なく。いつも長官の周りをウロチョロしているアネモネなら、何か知っていると思ったのだ。
「それはできません!」
アネモネが叫んだ。想定していた反応と違い過ぎて、俺は驚いた。小心者なせいで声も出なかった。
「急に大声を出してすみませんでした。でも、それは無理です」
すぐにアネモネは冷静であるかのように続けた。しかしその紅潮した顔を見れば、冷静でも何でもないことがわかる。
「何か、事情があるのか?」
何も言えない俺に代わって、フェイロンが聞いた。こういうとき、フェイロンの空気を読まない姿勢は助かる。
「ええ、そうです。厄介な事情が」
「そうか。――では、長官抜きの作戦を考えなくてはな」
アネモネに細かい事情を尋ねることなく、フェイロンはさっさと方針転換を決め込んだ。
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