脳筋ではない
「そうなれば、侵略戦争を仕掛けるしかないだろ?」
俺が吐き気と格闘していると、フェイロンが畳みかけるように言った。吐かせる気なのか?吐かせて楽にさせようってことなのか?優しいなあ。
「そのアーティファクトは、アーティファクトの効果を打ち消すアーティファクトだ」
「それが、解毒方法……?」
俺はテーブルに伏せていた顔を上げて聞いた。アーティファクトの効果を打ち消すアーティファクトがあったとして、それがどうして解毒方法になるのかわからなかった。
「ああ、《悪魔の塩》はアーティファクトという話だからな」
「アーティファクト!?」
驚きすぎて吐き気も引っ込んだ。身体を起こし、フェイロンを正面に見据える。
「なんだ、急に。お前がうるさいからさっきから見られているぞ」
「この際どうでもいいよ、そんなこと。それより今は、《悪魔の塩》がアーティファクトって話の方が重要だろ。それ、どういうことだよ」
「どういうことって、とうとう言葉がわからなくなったのか?せっかく俺がロウマンド語で話してやっているというのに」
「いや、言葉の意味自体はわかるけどさ……」
ん、ロウマンド語?そういえば、フェイロンって神仙国出身だよな――
「なんでロウマンド語話せるの!?」
フェイロンは出会った最初のときからロウマンド語を使っていた。あまりにも流暢だからここまで疑問にすら思わなくて聞いてこなかったけど、なんでそんなに話せるんだ。
また俺がうるさくしたせいで注目が集まると、フェイロンは居心地悪そうに身じろいだ。そして、呆れたように言う。
「今ごろそんなことか……」
「いや、会話が自然すぎて疑問にも思わなかった」
「この国には二年以上いるからな。自然と身に付いた」
いや、俺が今から神仙国に二年住んだとしても、ここまで神仙語――というのかは知らないけど――をここまで流暢に話せるようになるとは思えない。
「それにしても出来すぎだろ」
「まあ、これでも村では神童だったからな」
「それは何と言うか、お前のことただの脳筋かと思ってたからちょっとショックだな」
「だから脳筋じゃないとさっきも言っただろう」
強くて賢いなんて、まるでシルヴィエのような完璧ぶり。相違点と言えば、こいつはシルヴィエとは違って憎たらしいところ。で、これ何の話だっけ。フェイロンが憎たらしいという謎の結論に至ってしまったんだが。
「これ、何の話だっけ?」
「《悪魔の塩》がアーティファクトだっていう話をしようと思ったら、お前が話を逸らしたんだろ?」
「あ、すまん。そうだった。続けてくれ」
自分のせいで話が逸れてしまったことを思い出し、軽い謝罪をしてからフェイロンに続きを促す。フェイロンは俺をギロッと睨みつけ、コップの水をあおってから話を再開した。
「あれは植物のくせにアーティファクトとされているんだ。ソルティシアの地でしか栽培できぬ古の植物ということで、アーティファクトということらしい」
「アーティファクトに分類される植物って本当にあったんだな。眉唾物だと思ってた」
王都でシルヴィエやラムに話した覚えがあるが、俺は存在を信じていなかった。
「ほう、意外と勉強しているんだな」
いつものように口の端を少し上げ、フェイロンはこちらをバカにするような笑いを浮かべた。俺がそんなマイナーな知識を持っていることが面白かったのだろう。だが、フェイロンが言うように、勉強していたわけではない。
「別に勉強したわけじゃなくて、暇だから本読んでたら覚えちゃっただけだ」
「まあ、エルが勉強なんて柄じゃないか」
「その通りだけど、人に言われると腹が立つな」
「お前と話していると話が進まない。質問があったらまとめて質問してくれ」
そう言うと、フェイロンは俺が口を挟めないようなスピードで話し始めた。そんなに一気に言われても、聞き取れないし覚えられないんだけどなあ。適当に聞き流しちゃおうという気すら起きてしまう。
何とか食後の眠気に耐えつつ聞いた話は、たぶんこんな感じだった。
《悪魔の塩》は、アーティファクトに分類される植物である。ソルティシア国王はアーティファクトの効果を無効化するアーティファクトを持っているため、それで解毒できるかもしれないという。
フェイロンはそれが使用され、『黒の刃』のボスの凶暴性が抑制されるところを見たことがあるらしい。そのアーティファクトは、《人斬り》による精神干渉の効果をなくしたのではないか、というのがフェイロンの考えだ。
《人斬り》を持つ『黒の刃』のボスを上手く使うためには、その無効化アーティファクトが重要な要素になる。それをソルティシア国王が持っているというのも、『黒の刃』がソルティシアの特殊部隊だという話と合わせれば、あり得る話だ。
フェイロン曰く、その無効化アーティファクトだけが唯一の可能性だという。しかも可能性があるというだけで、絶対に解毒できるとも限らない。仮説に仮説を重ねた状態、言うなれば言いがかりに近い口実をもとに、侵略戦争を仕掛けるほどロウマンド王国は戦に飢えているわけではない。
被害に遭った住民や隊員の保護を名目にしたとしても、王が南方前線にご執心だから、数十人程度の被害では無視される可能性もある。
以上のことから、毒に冒された住民と隊員を救うのは、極めて難しいと考えられる。
「どうしたもんかなあ。急に南方前線の膠着状態が崩れて、前線が一気に押し上げられたりしないかなあ」
南方前線の押し上げが成功すれば、『黒の刃』およびソルティシアに対抗する戦力を確保できるだろう。しかし、前王の時代から続いている南方攻略がそう簡単に完了するとも思えない。
「一つだけ作戦があるが、聞くか?」
フェイロンが鋭い視線を向けてくる。その視線は、作戦がただならぬものであることを教えてくれているようだった。とりあえず、その目は怖いから止めてほしい。
フェイロンはその目元をふっと緩め、「聞くか?」と聞いたくせに、俺の答えを待たずに続けた。じゃあ、聞かないでくれるかな?
「『黒の刃』に真っ向から喧嘩を売ってやるんだ。そうすれば、ボスが出張ってくるだろう。そいつに《人斬り》を使わせ続ければ、いずれ凶暴化するから、それを抑えるために無効化アーティファクトが使われる。そこでそれを奪うんだ」
「ええ、やりたくないな。危なそうじゃん」
「俺とお前、そしてあの長官がいれば、どうにかなるかもしれんぞ」
いきなり出てきた意外な人物に、俺は思考が追いつかなかった。
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