侵略の可能性
二人で食堂に行ったはいいものの、昨日の事件で調理担当が数を減らしていることもあり、料理の提供が遅れているようだ。
料理を待っている間、俺たちに――主にフェイロンに向けてのものだとは思うが――降り注がれる好奇の視線を気にしないふりをしながら、今日の調査について話を聞いた。
「『黒の刃』の構成員を捕まえたんだって?」
「ああ、そうだな。見たところ、幹部のやつだった」
「見ただけでわかるのか?」
「そうか、知らないのか。まあ、やつらはこの国では活動していなかったからな。無理もないか」
口ぶりから察するに、見ただけで『黒の刃』の幹部であると見抜く方法があるらしい。まさか、勘だとは言わないだろう。
「どうやったら幹部だってわかるんだ?」
「身体にある傷の数を見ればいい。刃物で切ったような、抉ったような傷が十あることが、幹部である印だ。多くの幹部は、左胸にその傷がある」
「そりゃまた謎の習慣だな」
「そうした犠牲を払うことにより、組織への忠誠心を高めていくのだ」
「ふーん、俺にはわからない世界だな。俺だったら犠牲を払わされる前に逃げる」
率直な感想だった。ある組織に対して、犠牲を払うことになるのだったら、その前に俺は迷わずそんな組織は抜けるだろう。貴族の三男に生まれた以上、軍は抜けがたい組織だから、なるべく犠牲を払わなくて済むここに異動してきたし。
「少し違うな。組織は犠牲を強要するのだ。払った犠牲が大きければ大きいほど、それに意味を見出したくなるのが人間というもの。たとえそれが単なる思い込みであってもな」
「脳筋野郎が哲学的なこと言うの止めてくれない?頭がおかしくなりそうなんだけど」
一瞬イラっとしたような表情を浮かべながらも、フェイロンが勢いそのままに反論してくることはなかった。
「お前にこんな話をした俺がバカだったな。忘れろ」
「大丈夫だ。もう覚えてやしないから。それより、今日の調査でわかったことがあれば教えてくれよ」
「はあ、本当に虫のいいやつだな」
ため息を吐きつつも、渋々といった様子でフェイロンは話し始めた。意外とチョロい。もしかすると、俺のことが好きなのかもしれない。
「調査については特に話すことはないんだが、一つ教えておいてやろう」
「おお、何でも教えといてくれ」
「あそこのボスは、俺より遥かに強い」
「え?」
我が耳を疑った。耳が壊れてるのかもしれないとすら思った。
「忌々しいことに、あそこのボスは俺でも敵わない」
「あんまり面白くないぞ、その冗談」
どうやら耳は正常に働いているみたいなので、フェイロンが冗談を言っているのだろうと思った。フェイロンが敵わないって、どんな化け物なんだよ。下手したら大佐より強いんじゃないか?そんなやつが乗り込んでくれば、ロウマンド王国だってタダじゃ済まないはずだ。
「冗談ではない。魔剣によって操られたあの男は、人類最強と言っても過言ではない」
「魔剣……」
ちょうど今日、アネモネから聞いた話を思い出した。『黒の刃』のボスは、《人斬り》を所有していると。確かめたくはなかったが、確かめずにはいられなかった。
「もしかして、《人斬り》とか言わないよな?」
「懐かしい名前だな。『黒の刃』の名前の由来になった魔剣だ」
「おいおい……」
遠くを見つめて昔を思い出すような目をして、フェイロンは言った。フェイロンが言うのだから、ボスが《人斬り》を持っているのは間違いないだろう。
フェイロンは、ボスのことを「魔剣によって操られたあの男」と言った。書物にあった通り、《人斬り》は精神に作用して、所有者の凶暴性を高めるようだ。
いつの間にか俺たちを見ていた隊員たちもいなくなり、食堂にいる人は少なくなっていた。そのせいもあってか、やや落ち込んだ空気が漂っている気がした。
「今のお前なら勝てるとかないの?」
希望を込めて明るい調子で聞いてみたが、フェイロンはすぐに首を小さく横に振った。
「無理だな。確かに、俺もあの頃よりは強くなった。しかし、所詮は人間。限界がある。だが、あいつは魔剣で人を斬れば斬るほど強くなる。強さに上限がない。もうどれほど力量が離れているか想像もつかない」
「なんか、吐きそう」
「面白い冗談だな」
「どこが面白いんだよ。どんなセンスしてんだよ。てか、冗談じゃねえし」
「そうか」
「そうだよ」
料理が運ばれてきても、吐き気でしばらく手が付けられなかった。食べ始めてみても、ただ胃に流し込むといった感じで、食事として楽しむことはできなかった。
だが胃が満たされていくと、不思議と気持ちが落ち着いた。腹が減っては戦ができぬ、とは言い得て妙だ。
そうなると虫がいい俺のことなので、自分で会話を打ち切ったくせに、また事件の話を蒸し返した。事件解決のためだから許してほしい。
「結局、これって侵略なのか?犯罪組織が愉快犯的にやってるだけじゃないのか?」
「甘いな。『黒の刃』というのは、ソルティシアの特殊部隊と見なす向きもあるくらいだ。こいつらの関与が明らかになったというのは、少なくともソルティシアの侵略であることは間違いない。愉快犯なんていう非生産的なことはしないからな。あとはスイートランドが関わっているかどうかだが、そこはわからんな」
「うちに侵略とか正気かよ」
建国以来負けなしのロウマンド王国。その歴史は二百年以上にも及ぶ。南方前線では苦戦していることにはしているが、別に国難に陥るほど戦力を割いているわけでもないし、なぜ今仕掛けてきたのかわからない。
「正気であんな凶行に及べる人間がいるとは思いたくないものだな」
「まったく同感だ」
そう言って、俺は皿の上に残っていた僅かばかりの肉を口に入れた。今度はちゃんと味がした。それをほとんど咀嚼もなしに飲み込み、口を開いた。
「なあ、最後に聞いてもいいか?」
「好きにしろ」
俺の好き勝手な振る舞いに、フェイロンは諦めたように了承する。
「本当に解毒方法はないのか?」
「絶対にないとは言い切れない。正直に言えば、心当たりは一つだけある」
「ええ!?なんで最初に言ってくれなかったんだよ!」
食堂に残っている数少ない隊員たちがこちらを見ているのを感じ、声を落として続けた。
「さっさと言ってくれれば、今ごろ苦しんでる住民や隊員を楽にさせてやれたかもしれないだろ」
「侵略戦争を仕掛ける気か?」
フェイロンの言いたいことがわからない。解毒方法を求めることが、なぜ侵略戦争の話になるというのか。
「どういうことだ?」
俺が聞くと、フェイロンは一拍置いてから答えた。
「ソルティシア国王が持つアーティファクトが必要なんだ」
また吐き気が戻ってきた。今回は胃が空じゃないせいで、それを飲み下すのに苦心した。
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吐きそうになりがちなエルです。