フェイロンは人気者
話に聞いたような大きな犯罪組織の一員をそう簡単に捕まえられるものだろうか。魔術師隊は警備に当たっていたらしいし、一般隊員では力不足な気もするが。
「それ、本当なんだろうな?」
「ええ、本当ですよ。捕らえたのは、隊員ではないですけどね」
「隊員ではない?」
「はい。副長官の客人であるフェイロン様によって、捕らえられました」
なるほど、フェイロンか。あいつは一時間で広大な森を駆け抜けるほどのスピードとスタミナ、ミノタウロスを一撃で沈めるパワーの持ち主だ。フェイロンがやったと聞けば、たいていのことは信じられる。
今朝、アレクと俺の部屋に来た後、調査隊の手伝いをしたのだろう。あの後この砦を出て、神仙国に帰ると思っていたんだが、意外とお節介なのかもしれない。
「その『黒の刃』の構成員は相当の強者だったようですが、フェイロンさんにかかれば、赤子の手をひねるようなものだったみたいです。見ていた隊員たちは、軽く引いてましたよ」
「ははは、そうだろうな」
俺の口からは乾いた笑いが漏れた。
「それにしても、こんな偶然ってあるんですね。《悪魔の塩》で滅ぼされた村出身の凄腕の戦士が、たまたまこのタイミングで砦にいるなんて」
「そうだなあ……」
俺はぼんやりとした答えしか返せなかった。偶然かそうでないかなんて、どうでもよかったからだ。フェイロンのおかげで調査が捗った。その事実だけで十分な気がしていた。結果と過程ならば、俺は結果を重視するからな。
「あの、副長官は、こうなることがわかっていたんですか?」
「こうなることって?」
アネモネにしては要領の得ない質問。意図が理解できず、聞き返した。
「この偶然は、副長官が仕組んだ必然なのか、という意味です」
俺は思わず噴き出した。俺が仕組んだ?そんなわけがない。そんなことができるほど頭が回るなら、軍での出世か、国外逃亡のどちらかを成功させていただろう。
「俺にはそんなことできないよ」
俺は素直に答えた。それを聞いて、アネモネは柔らかく微笑んでから返事をした。
「そうですよね。副長官ですもんね。安心しました」
「おい、その言い方は失礼だろ」
「失礼します」
俺の言葉に耳を貸すことなく、ビシッと一度敬礼をし、アネモネは部屋を出て行った。俺が仕組んだって言っとけばよかった。
再び誰もいなくなった部屋でため息を吐く。
長官への調査報告はアネモネがまとめているだろうし、今日はもうやることがない。俺にとって、ここは素晴らしい職場だ。特に今日なんかは、座って来客を待ち、話を聞くだけだった。
前の職場と違って上司からの命令とかはないし、前線と違って基本的には命も懸けなくていい。そんな我が理想の職場が危機に陥っていて、幾人かの隊員は命も危うい状態だ。そんなときに俺はこんなことでいいのだろうか、と疑問が頭を回遊しているが、俺にできることなんてそんなにない。
今日残されたやることと言えば、あとは食べて寝ることだけ。ちょっとでも情報を仕入れるために、夕食がてらフェイロンに話を聞いてみるか。あ、アネモネに居場所を聞いておけばよかったな。
昨日と今日の活躍により、フェイロンは砦で名を知られるようになっていた。そこら辺の隊員に聞いたら、あっという間に見つかった。修練場で隊員たちに囲まれている。
俺が近づいて行くと、フェイロンはそれに気づいたようで、こちらに顔を向けた。眉をやや八の字に曲げ、困り顔である。
「エル、こいつらをどうにかしてくれ」
フェイロンがそう言うと、フェイロンを囲んでいた十数人の隊員たちが一斉にこっちを見る。
「副長官、魔纏を教えてください!」
ダーッと全員が俺の方に走ってくる。怖い怖い怖い。逃げる間もなく、俺は数秒前のフェイロンのように囲まれた。
「副長官も魔纏を使えるんですよね!?」
「俺にも魔纏を教えてください!」
「お願いします!副長官!」
隊員たちが口々に言う。困惑してフェイロンの方を見ると、あいつは薄く笑っていた。たぶん、俺の眉は八の字を描いていることだろう。
ギャーギャーとうるさい隊員たちの話を紐解いていく。今日一番労力のかかる仕事だった。なんでも、フェイロンの圧倒的戦闘能力を見て、ここにいる隊員たちはフェイロンに弟子入りを懇願したらしい。で、なかなか首を縦に振らないフェイロンをこの修練場まで連れてきて、今は模擬戦の相手を頼んでいたところだったんだとか。くそ、俺よりに人気になりやがって。
フェイロンと話してくると言って隊員たちから離れる。
「フェイロン、教えてやればいいだろ」
「体術なら教えてもいいが、魔纏は無理だ。こいつらの中には、魔気も持たないものもいる。平等に扱えないのでは、よくないだろう」
「なるほど。そういう事情か」
魔力はほとんどの人間が持っているが、全員ではない。二十人に一人くらいは持っていない者もいる。ここに集まっている隊員の中に魔力を持っていない者がいても、おかしくはない。
「というか、人が魔力を持っているかどうか、見ただけでわかるんだな」
ふと浮かんだ疑問を聞いてみる。
「魔纏を使っているうちに、いつの間にかな」
「俺もそうなるかな?」
「知らん」
「そうかよ」
フェイロンはけっこうな感覚派で、こういうところは適当だ。俺が魔纏を習得できたのも、俺がロウマンド式魔法をちゃんと練習していなかったおかげだし。
「で、あいつらをどうにかしてくれ」
フェイロンは隊員たちに一瞥をくれてから言った。辟易といった感じがあって、こちらとしては愉快だ。とはいえ、いつまでもこの状態でいるわけにもいかないので、ここは俺が引き受けよう。
「任せとけ」
「ああ」
ズカズカと隊員たちに近づいていく。すると、餌を待つ犬のような目でこちらを見ながら、隊員のうちの一人が言った。
「話がついたのですね!どちらからご教授いただけるのでしょう!?」
犬が尻尾をぶるぶると振るようなテンションだ。そんな名も知らぬ彼の要求を断るのは若干忍びない。だが断る。
「あー、俺が魔纏を使えるのは、センスがありまくりだったからなんだよね。普通の人は、まず体術の練習が必要なんだよ。というわけで、体術から教えてもらうといい。あ、俺たちは今から夕食だから、また今度になるけどね」
「は、はあ」
「まあ、そういうことだから!」
逃げるように隊員たちから距離を取り、フェイロンのもとへ。
「あいつらには、体術を教えてやってくれ。音を上げるくらいにみっちりな。そうすればいずれ諦めるだろうよ」
「まったく、適当なやつだ」
フェイロンは非難するような目で見てくるが、俺は気にしない。なんせ、生まれたときから非難の目を浴びてたからな!
「とりあえず、飯でも食いに行こうぜ!」
「貴族が汚い言葉を使うな」
「おい、それ誰から聞いたんだよ」
「さあな」
フェイロンは不敵に笑った。
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