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内通者

 フェイロンを仮眠室に送り届けた後、会議室に戻る道すがらにアネモネと鉢合った。中庭で会ったときには髪はツヤツヤして見えたのだが、今はその水分が失われているように見えた。物理的に髪が乾燥したわけではないはずだが、アネモネの顔色の悪さも相まって、本当にそう見えたのだ。

 

 「あそこにいたやつらはどうした?」

 

 「あ、はい。とりあえずあの集まりは解散しました。明朝から、《悪魔の塩》と目される豆を卸した行商人を調査することになりました」

 

 「なるほど、それで侵略なのか手違いなのかはっきりさせようってわけか」

 

 「その通りです」

 

 いつもより丁寧に対応してくれるのは、俺を頼るためか、軽口を叩く余裕もないからか。どちらかと言うと、後者な気がする。

 

 「動物の方は、保留ということでいいのか?」

 

 「気がかりではありますが、致し方ないでしょうね。最低限の人員は割いて、住民の保護は行いますが」

 

 小さく首を横に振り、無視せねばならい問題を頭から追い出すような素振りを見せるアネモネ。動物が斬殺されているということは、その犯人が人間にそうしたことをしないとも限らないが、そうなれば住民保護にあたる隊員が犯人を取り押さえられるだろう。


 喫緊の課題である《悪魔の塩》問題を解決するまでは、動物の斬殺体問題には人員を割きづらい。積極的に犯人に仕掛けることはできないため、確かにアネモネが言うような処置が合理的だと思われた。


 「あの、副長官」

 

 俺が考えを巡らせていると、アネモネが言いにくそうに呼びかけてくる。なんだろう、臭いですとか言われるのかな。

 

 「住民や隊員たちが助かる方法は、本当にないのでしょうか」

 

 全然違った。無意識のうちに考えないようにしていたことを突きつけられたような感じがした。悩みがあるとき、アネモネは他人に相談するタイプなんだろう。ちなみに、俺は一旦考えることを放棄してしまうタイプだ。

 

 だから、こうして相談されたときには、上手い返しが思い浮かばない。アネモネの質問は、答えを求めている類のものではない。《悪魔の塩》の解毒方法なら、結果に結びつかなかったにせよ、色々試してきて見識があるはずのフェイロンに相談する方がマシだ。

 

 「これから、探すしかない」

 

 人としても副長官としても、答えられるのはそれだけだった。

 

 その日は頭が冴えてしまってなかなか寝付けなかったが、持ち前の図々しい根性のおかげで、まったく寝られないということはなかった。

 

 今日の捜査、すなわちソルティシアでしか採れない《悪魔の塩》を、ロウマンド領内に持ち込んだ行商人の調査に俺自身が赴くことはない。寝ている長官の代わりに長官代理をせねばならないからだ。長官代理と言っても、この砦はほとんどアネモネが回しているため、それほど仕事は多くないんだけど。

 

 今は自室の机の上に座ってボーっとしている。この部屋には俺以外に誰もいないので、こんな貴族らしからぬ、あるいは副長官らしからぬ行為を咎められることはない。日常業務の他に、調査をしなければならない隊員たちは忙しくしているのに、俺はこんなことをしていていいのだろうか。

 

 ボーっとし続けること五分。扉がノックされた。本日初の来客である。この部屋に近づいて来るまでまったく音が聞こえなかったところを考えると、来客は――

 

 「俺だ」

 

 予想は正しかった。フェイロンの声だ。

 

 「開いてるぞー」

 

 「ずいぶん暢気な態度だな」

 

 フェイロンは扉を開けるなり、苦笑する。あまりにボーっとしていたから机の上から降りるのも忘れていた。

 

 「普段はこんなんじゃないぞ」

 

 一応、副長官としての威厳を保とうと試みる。

 

 「いつもそんな感じだっただろう」

 

 が、あえなくフェイロンに否定された。一か月も昼夜をともにしていれば、俺が適当なやつだとさすがにわかるか。

 

 「何の用?」

 

 俺は机の上から降りて聞いた。フェイロンは扉を開けたままにしているので、誰に見られるかわからないからだ。扉が閉まっていれば、迷わず机の上に座り続けただろう。

 

 「別に俺から用はないが、アレクがな」

 

 あれく?ああ、アレクか。ボーっとしすぎててアレクの名前すら一瞬わからなかった。そういえば、ここまで頭が回らないのは、昨日の夜は結局肉串一本しか食べてないからかもしれない。長官はまた三十本近い肉串を食べたのだろうか。恨めしい。

 

 「失礼します」

 

 いつの間にか開いた扉の前にアレクが立っていた。アレクが俺に何の用だろう?しかもフェイロンと一緒というのがよくわからない。

 

 「どうした?フェイロンと一緒になんて」

 

 「フェイロンさんに仕事を抜けるのを手伝ってもらったんですよ。自分の持ち場を簡単には離れられないので、副長官が呼んでいるというテイでフェイロンさんに話しかけてもらったんです」

 

 「あー、そういうこと」

 

 忘れていたが、砦ではアレクは下っ端も下っ端だ。マリアと変わらないくらい下っ端だ。勝手に仕事を抜けて、副長官の部屋に来るというのは難しいだろう。

 

 「で、そこまでして俺の部屋に来て何の用?」

 

 宴が開始して以降、アレクとは話していなかったから、何の用なのかまったく見当もつかない。わざわざフェイロンに頼むほど緊急の用なのか?

 

 「昨日の料理の毒物、どうやってロウマンド領内に入ってきたと思いますか?」

 

 「どうって、行商人が――」

 

 「本気ですか?行商人が自分でもよくわからない商品を卸すと思ってるんですか?」

 

 う、そう言われてみれば。

 

 「つまり、アレクは行商人が故意に《悪魔の塩》を領内に入れたと言いたいんだな?」

 

 「何ですか、その《悪魔の塩》って。新しい調味料ですか?」

 

 ちょっと笑いそうになったが、唇を噛んで堪える。確かに、《悪魔の塩》って初耳だと調味料だと思いそうだよな。

 

 「違う違う。料理に入っていた毒物の名前だよ。住民たちもこれが原因で体調不良になっているらしい」

 

 「そ、そうだったんですか。それは知りませんでした」

 

 「すまん、話が逸れたな。それで?」

 

 「えーっと、あ、そうです。故意に行商人が領内に持ち込んだと思っています。だけど、それだとおかしくないですか?」

 

 咄嗟にはアレクの言わんとしていることがわからなかった。でも、すぐに思い至る。

 

 「そうか。ファルサ・ウェリタス」

 

 「その通りです。ファルサ・ウェリタスで害意ある人は弾かれるはずなんですよ。つまり――」

 

 アレクは意味ありげに言葉を切った。俺の反応を待っているかのようだったので、つい聞き返してしまう。

 

 「つまり?」

 

 「隊員の中に、他国の内通者がいると考えます」

 

 もう何もない胃の中から、何かが込み上げる気がした。

感想お待ちしております!

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削るはずだった記述をそのまま載せてしまったので、当初想定していたストーリーから変更しました。という何の意味もない報告をここにします。

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