《悪魔の塩》
「……本当だ、脈があります」
アネモネは倒れている男の首筋に手を当てたまま言った。声だけでも、安堵が伝わってきた。
「どこかに寝かせてやれ。初回の中毒症状は重いからな」
「わかりました。――お願い!」
アネモネが顔を上げて、厨房の入口方向に声を掛ける。はい、という返事とともに数十人の隊員たちが雪崩れ込んできた。階段ですれ違った隊員に出した指示のうちに、ここへ人員を割く指示もあったのだろう。俺なんて階段を降りるのに必死で、アネモネの指示を聞き取ることさえできなかったぞ。俺みたいなポンコツの下にいるみんながいたたまれない。
倒れていた全員をベッドに寝かせ、一段落してから再び会議室に集合した。今度はフェイロンと幾人かの隊員が加わっている。長官はもう寝てしまったので、俺が副長官としてこの集まりの長を務める。と言っても、進行役はアネモネなので、この場での俺の仕事はただ偉そうにしておくことだ。
「最初に、こちらの隊員たちから報告があります」
「はい。代表して、私、アルバートがご報告申し上げます」
さっそくアネモネが会議を仕切る。段取りとかを相談している素振りはなかったが、極めて自然な流れで報告へと移った。
「結論から申し上げますと」
定番の枕詞によって、アルバートというなかなか男前な隊員が報告を始める。
「住民の体調不良の原因は、今回料理に入っていたものと同じ毒によるものである可能性が極めて高いと考えられます」
会議室はとても静かにその報告を受け入れた。考えもしていなかったことに俺は驚いていたのだが、周りが静かだったのでそれに合わせた。
「私たちは、ティラの町で住民の体調不良の原因調査をしていました。そのときはまったく原因がわからなかったのですが、このフランカ隊員がさきほど調理担当の隊員の症状を見たとき、その症状が住民たちに出ている症状によく似ていると聞き、私も確認しに行くと、たしかに症状がよく似ていたのです。よって、住民の体調不良の原因は、料理に含まれていたものと同じ毒によるものだと考えました」
アルバートは自分の右隣に座るフランカ隊員を手で示しながら言った。報告を簡単にまとめると、住民と調理担当の症状が似ていたので、同じ毒によるものだと考えたということだな。俺は住民の症状を見ていないから何とも言えないけど、調査に当たっていた隊員たちを信じるとしよう。
「次に、その毒について、フェイロンさんから詳細な説明をしていただけるとのことですが、お願いできますか?」
「構わん」
俺よりも堂々たる様子でこの会議に参加していたフェイロンは、やはり堂々たる返事をした。師匠、かっこいいっす!
「では、お願いします」
「まず初めに、料理に毒が入っていると言ったが、毒そのものが入っていたのではなく、その毒を含む豆が入っていた」
何人かの調理担当も被害に遭っていることから、普通の豆と間違えてその危険な豆を混入させてしまったということだろうか。アネモネが相槌を打ち、続きを促す。
「それは先ほど、ここにいらしたときにもおっしゃってましたね」
「ああ。まあ、正確には豆じゃないが、別にそれはどうでもいいだろう」
数秒の沈黙。その間隙を縫うように、アルバートが口を挟んだ。フェイロンはちらりとアルバートの方を見たが、彼はそれに気づかなかったみたいだ。気づいていたら、まともに話せなくなるくらいフェイロンの視線は怖いからな。
「あの、フェイロンさん?は、何者なんでしょうか。この会議に参加させても平気なのですか?」
「大丈夫だ。俺の客人だよ」
アネモネに視線を向けられたので、俺の客人であることを周知させた。アルバートは不服そうに頷いた。アルバートは隊員でない者がこの場にいるのが気に食わないようだが、ここは我慢してもらいたい。毒のことを知っているのは、フェイロンしかいないのだから。
「続けるぞ。その豆、ということにしておくが、それは《悪魔の塩》と呼ばれている。実際に食したものの話によると、塩味があるらしいが、それがその呼び名の由来だ。これは、ソルティシアでしか採れない豆だ」
ソルティシア、聞き覚えはある。学園か訓練学校で習った気がする。どっかの国だよな、確か。
「ソルティシアというと、スイートランドの南に位置する王国ですよね。両国は領土が接していることもあり、ここ最近は特にその結びつきが強くなっているとか」
「よく知っているな。ロウマンド人は他国に興味がないと思っていたが」
「国防を担っていますから、他国についての情報を頭に入れておくのは当然のことです」
アネモネは当然だという風に答えた。ごめん、俺は国であることくらいしか知らなかった。
「東への領土拡大政策を取ってきたスイートランドは、東に位置する我々神仙国が邪魔だった。そのため、ソルティシアと組み、《悪魔の塩》で神仙国の国境付近の村々を壊滅させ、そこを戦略拠点としようとしたのだ。その村の一つに俺は住んでいて、そこであの惨劇を見たというわけだ」
フェイロンの声音は冷たかったが、その肩の小さな震えを見れば、怒り心頭だろうことが推察される。先ほどよりも長い沈黙が訪れた。
「《悪魔の塩》は、どこにでもあるような豆の形をしている。行商人が町に卸した商品の中に、それが紛れ込んでいた可能性がないわけではない。しかし、俺は別の線を疑っている」
フェイロンは自ら作り出した沈黙を自ら破った。
「別の線、と言いますと?」
賢いアネモネのことだ。フェイロンの言わんとしていることがわからないはずもない。しかし、それを認めたくない気持ちが、今のような質問を口に出させたのだろう。もちろん、俺だって認めたくはないが――
「スイートランドとソルティシアの侵略作戦だ」
フェイロンはほとんど確信したような口ぶりだった。
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