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可能性

 可能性。素晴らしい響きだ。可能性の世界では、無数の現象が並列している。そこから選び取られた現象が、我々の眼前に現れるのである。


 運命や必然などという言葉は信じない。俺が信じないというだけだから、他人がそれを信じるのはもちろん自由だ。しかしそれを信じてしまえば、少なくとも俺は前に進めない気がする。可能性の世界で足掻くことが、人生そのものであると思うからだ。


 俺が行動を起こさなければ、今ごろ前線で使い潰されて死んでいただろう。しかし俺は行動を起こし、窓際部署でのスローライフを掴みかけている。こうなるのは必然、あるいは運命だったのだろうか。それを確かめる術はないが、自分の手で可能性を切り拓いたと思った方が気分はいいので、俺はそうしている。繰り返すが、可能性とは素晴らしい言葉だ。

 

 だが、その可能性に苦しめられることもある。そして今、俺は可能性という言葉に苦しめられている。

 

 「例えば、どのような可能性が考えられますか?」

 

 アネモネから催促の言葉。止めてくれ、可能性という言葉を嫌いにさせないでくれ!

 

 「そうだなあ、本当に色々な可能性が考えられるからなあ。えー、例えば……」

 

 いらない枕詞で場をつなぐ。動物の斬殺体と住民の体調不良。どちらもこの平穏すぎるソーン砦では、これまでにない出来事だと言う。これまでにないというと、アンデッド侵攻もそうだったな。アネモネも、俺がここに来たせいで事件が続発していると言われたのもわかる気がする。


 これらは何か繋がりがあるのか、それとも別個の事件なのか。うーん、この辺を可能性として提示できるかもしれない。

 

 「まず考えられるのは、動物の死体と住民の体調不良が繋がっている可能性だな」

 

 今起きている二つの事件が繋がっているとして、詳しいシナリオは何も思いつかない。もともと、何かを考えるのは苦手なのだ。

 

 「なるほど、副長官もその可能性をお考えでしたか」

 

 うんうん、とアネモネは何度も頷く。俺がどうにかこうにか絞り出すような可能性は、アネモネならすでに検討済み。ということを俺は検討済みである。ここからはアネモネ自身に話をさせて、俺も同意見だとか言っておけばいい。よしよし、作戦通りだ。

 

 「今起きている二つの事件が関係あるとして、アネモネはどういう関係があると思う?」

 

 ここは先手必勝。こういった局面において、質問を質問で返すのは難しいため、先に質問をしてしまう。そして、返ってきた答えを我がものにしてしまうという魂胆だ。ふっ、俺に死角はない。

 

 「いえ、そういったこともあり得るかもしれないと思っただけで、具体的な関係までは……」

 

 「えっ?」

 

 想定外の返答に、変な声が漏れた。俺の作戦、死角ありまくりじゃねえか。どうすんだよ、こんなこと想定してないって。砦イチの切れ者であるアネモネですら何も考えついていないんだからさ、俺ごときが何か考えつくとか思うなよ?

 

 「期待に添えず申し訳ありません。こんな私を助けると思って、副長官の考えをお聞かせいただけませんか」

 

 アネモネはテーブルつくくらい頭を下げた。図々しいと感じると同時に、それだけ砦やその周辺地域を大事にしているのだろうということが窺い知れる言動だった。俺だってここは自分の楽園だと思っているし、できることなら協力してやりたい。しかし、アネモネ未満の頭しか持ち合わせない俺では――

 

 バタンッ!大きな音がした。びっくりして音のした左側に顔を向けると、仁王立ちの男。

 

 「誰!?」

 

 扉はアネモネのちょうど背後に位置するため、アネモネは立ち上がって後ろを向いた。

 

 「料理に毒物が仕込まれているぞ。それも、とびきりタチの悪いやつがな」

 

 扉の前に立つフェイロンが言った。怒気のようなものが含まれている声だった。顔には深い皺が刻まれ、ただならぬ様子である。

 

 「もう少し、詳しく説明してくれないか?」

 

 俺はフェイロンを落ち着ける意味合いでも、努めて冷静に聞いた。

 

 「俺の国でも壊滅的な被害をもたらしたことのある毒が、正確に言えば植物だが、それが料理の中に入っていた」

 

 「ちょ、ちょっと待って。そんなものが宴の料理の中に!?どうしてあなたはそれに気づいたの!?それはどのようなものなの!?隊員に被害は!?」

 

 それを聞くと、アネモネが捲し立てた。俺からアネモネの顔は見えないが、動揺によって顔を歪めているに違いない。

 

 「質問が多いな」

 

 「あ、ごめんなさい」

 

 アネモネの鬼気迫る様子を見て落ち着きを取り戻したのか、フェイロンはボソッと言った。アネモネ自身もハッとしたようで、すぐに謝った。客人に見せていい態度ではないと気づいたのだろう。フェイロンはさして気にすることもなく、話を続けた。

 

 「まあ、いい。最初の質問から順に答えていこう。一つ目、知らん。二つ目、大量に見てきたからだ。三つ目、豆みたいな見た目の植物に含まれている。四つ目、中庭にいた者に被害はない。厨房とかがあるなら、そこにいるやつらは知らん」

 

 「なるほど。優先すべきは……厨房の確認ね」

 

 フェイロンってすごいな。一度にあんなに質問をされて、すべてに回答できるなんて。俺よりよっぽど軍人に向いている。そして、アネモネも次なる行動を即座に導き出す。その間俺が何をしていたかというと、食べかけの肉串を眺めていただけだ。

 

 「副長官、行きましょう!」

 

 「え?」

 

 まともな返事をする間もなく、腕を取られる。アネモネさん、男前すぎる。とはいえ、ずっと腕を取られているのも格好悪いので、ちゃんと自分で走って厨房へ。

 

 厨房は一階。途中、アネモネはすれ違った隊員に高速で指示を飛ばしていた。長官より長官してるし、副長官より副長官をしている。というか、長官は何をしているの?

 

 後ろを見ると、フェイロンもついてきていた。そういえば、アレクと一緒にいたはずだけど、アレクはどこに行ったんだろう。まあ、宴を楽しむとか言っていたし、酒でも飲んで潰れているのかもしれない。

 

 一分ほどで厨房着。料理器具や食材で物は多いが、整頓されているという印象を受けた。砦の他の場所と違い、壁が白く塗装されているのも、そうした印象を与えるのに一役買っているのかもしれない。いや、違うな。人が一人もいないことが、冷たく無機質で整頓された印象を与えているのだ。こんな宴のときに、調理担当の隊員が一人もいないなんておかしい。

 

 「あ、あなたたち!大丈夫!?」

 

 俺より先に厨房に踏み入ったアネモネが悲鳴にも近い声を上げた。俺とフェイロンは顔を見合わせ、アネモネのすぐ後ろまで近づく。

 

 「どうした?」

 

 アネモネに後ろから声を掛ける。返ってきたアネモネの声は震えていた。

 

 「調理担当たちが倒れています……」

 

 「くそッ、遅かったか……」

 

 アネモネの奥には、数人の倒れた人影が見えた。アネモネの悲痛な声からして、彼らはもう――

 

 「大丈夫だ。一回の摂取くらいでは、死にはしない」

 

 勝手知ったる様子で、フェイロンは腕を組んで言った。

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