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一夜明けて

読んでくださってありがとうございます。


話の区切り方が難しいです。

 長官は受け取った肉串を数秒で食べ尽くした。量もさることながら、串に刺さった肉をあんなに器用に食べられることがすごい。俺にもくださいと言う隙はなかった。というか、身長が二メトルにも届こうかという巨躯を誇る上司に、そんなことを言う度胸など俺にはない。


 「お前の活躍、聞いたぞ!」

 

 食べ終わると、長官は俺に話しかけてきた。息が酒臭い。確実に酔っている。酔った上司の相手ほど面倒なことはない。窓際部署に来てもこんなことしないといけないんだな……


 「副長官としての務めを果たしたまでです」

 

 「うむ、ご苦労!」


 「あ、はい」


 長官のあなたが役に立たないから副長官である俺が代わりに頑張りましたよ、という皮肉のつもりで言ったんだが、まったく伝わっていない様子だった。


 「ではな!」

 

 そう言うと、長官はガーッハッハと大笑いしながら去って行った。残ったのは、長官が食い散らかした肉串の串とアネモネ。串とアネモネを同列に並べてしまうのは失礼だな、すまん。

 

 「長官、行っちまったぞ」

 

 なんとなく気まずかったので、アネモネがここを去るように促してみる。

 

 「貴族らしからぬ言葉遣いですね」

 

 「俺はお堅い貴族じゃなくて柔らかい貴族だからな」

 

 「また調子のいいことを……」

 

 自分で言っておいて意味がわからなかったが、アネモネは何か感じ取ってくれたらしい。

 

 「でも、今回のことで多少は見直しましたよ」

 

 「え?」

 

 「意外と砦のことを考えていたんですね」

 

 「ま、まあな」

 

 考えていたのは保身のことです、なんて正直には言えない。ありがたい方向に勘違いしてくれているのだから、別に正直に言う必要もないか。


 いやー、でもこれで俺が左遷されるようなこともなくなっただろうな。俺を目の敵にしていたアネモネが俺のことを評価してくれているわけだし、もはや俺に障害はない。心行くまで窓際ライフを満喫しようではないか――

 

 ただ、とアネモネは急に声を低くして言った。

 

 「見張りはちゃんとやってくださいね?」

 

 アネモネは笑みを浮かべて言った。しかし、なぜだか俺の体は蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまい、コクコクと縦に頷くことしかできなかった。これが逆パワハラか。

 

 そうしてアネモネも去り、残されたのは串だけ。ゴミはゴミ箱に捨ててほしいものではあるが、串は木でできているし、自然に還したという見方もできるのかもしれない。

 

 俺はしゃがみ込んでその数を数えた。およそ貴族のすることではない、卑しい行動だ。アネモネには言葉が貴族らしくないと言われ、今では貴族らしくない行動をしている。貴族とは何なのかを考えさせられてしまう。


 だが、長官への肉串の恨みを忘れないためにも、俺はそれをする必要があった。

 

 二十八本もあった。俺も食べたかった。

 

 

 

 翌朝。砦に昨晩の浮かれた空気はすでになく、隊員たちは集中して仕事に取り組んでいる。俺は見張りのために砦の上にいた。砦から見える景色は、昨日以前とほとんど変わっていない。草原が禿げてしまったことを除けばだが。

 

 振り返ってみると、十万の敵相手に全員無事。倒れた魔術師たちは、俺やアネモネも含め昨晩時点で全員復活した。砦への被害もなし。完璧な戦果だ。

 

 しかし戦果が完璧とはいえ、戦い自体はギリギリだった。魔術師隊は、あと三十秒は持たなかったかもしれないと言っていた。一部の隊員に負担がかかるのは、職場としてよくないよな。どうにかならないものだろうか。でも、魔術師への過負荷は今に始まったことじゃない。俺が頭を悩ませたところで解決できる問題じゃなさそうだな。

 

 「それにしても、副長官にあんな魔法が使えたとは驚きっした!」

 

 横からロックの声。今日はロックと見張りだ。小さな火球を飛ばしただけなんだが、そんなに褒められると少し嬉しい。本当に少しだからね?

 

 「まあ、俺はでっかい爆発を期待してたんすけどねー」

 

 おいおい、十万のアンデッドを吹き飛ばす爆発で物足りないなんて、危険なやつだな。俺なんて気絶してて爆発自体見てないんだからわがまま言うな。だが、どうせ見るなら爆発はでかい方がいいというのは同意見だ。


 「次があれば、ドでかいのを見せてやろう」

 

 「期待しときやす!」

 

 あんなことがあった次の日になんと不謹慎な会話だろうか。ただ、こんな話ができるのも命があってこそ。今日くらい許してほしい。

 

 

 

 アンデッドによる侵攻の翌日、時刻は夕方。マラキアン邸には、喜色満面の少女がいた。肩口まで伸びた銀髪に青い瞳は、見る者を魅了する。彼女はシルヴィエ・マラキアン。マラキアン家の長女であり、現在は王立第一学園に通っている。齢十七にして、魔法の腕に関しては王国でもトップクラス。卒業後は、王立大学への進学が決まっている。

 

 マラキアン家は代々、ロウマンド王国の他貴族と比べて魔法適正があまり高くなかった。そこで、現当主エース・マラキアンは、北方の旧ブリカ帝国貴族の血を引く女性を妻とした。旧ブリカ帝国貴族の多くは大魔術師マーリンの末裔であり、高い魔法適性を持つ。その力を取り込もうとしたのだ。

 

 結果、末っ子のシルヴィエだけが、極めて高い魔法適正を得た。そんな魔法の才能を持つ彼女に、ロウマンド式の魔法教育が施されたとき、最強の魔術師が誕生するというのは想像に易い。


 しかし、その天才性は彼女を孤独にした。彼女自身に、何か人格的問題があったわけではない。むしろ、多くの人々から強烈な嫉妬の対象とされてなお、その純真さを失ってはいなかった。だが最近は、唯一の心の拠り所であった兄が異動で遠くに行き、沈んだ様子であった。


 そんな少女が今、顔に満面の笑みを浮かべ、今にも踊りだしそうなほどである。そして彼女は、笑顔のまま呟いた。


 「やっぱり、お兄様は天才だわ」

 

 その手には、昨日のソーン砦での戦いを速報で知らせる新聞が握られていた。

 

 「明日にはみんなに知らせなくちゃね」


 執事やメイドたちも、ここ一か月は見ることのできなかったシルヴィエの笑みを見て、安心したように笑っていた。シルヴィエの両親も同様だった。


 今このマラキアン邸で笑っていないのは、エルの兄だけである。エルの兄、ジェイ・マラキアンは、忌々しそうに顔を歪めていた。

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