またも宴に参加できず
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「こ、こちらは、ジン・フェイロン。私の客人です」
俺は二人の間に割って入り、仲裁を試みる。こんなところで喧嘩されたら迷惑だし、何より俺の立場が危うい。部外者を国防の要衝に引き入れたとして反逆罪みたいなことになったら、窓際云々どころの話ではない。命懸けで国外逃亡をすることになる。
「知ったことではない!」
「ひいい、ごめんなさいごめんなさい」
しかし、長官にすごい剣幕で一蹴される。至近距離の大男の圧力は凄まじく、反射的に謝罪が飛び出した。アネモネの話を躱し、マリアからの追及を躱し、もう安泰だと思っていたのに、何でこんなことになったんだ。
よし、とりあえず、フェイロンを摘まみ出すフリをして、ティラの町まで送り届けよう。第一に長官から距離を取ることが望まれる。さて、何て言い出そう――
「この男が砦の者だろうが、そうでなかろうが、ワシの知ったことではない。この宴には誰でも参加できるのだから。楽しんでいくといい!アーハッハッハ!」
……え、誰でも参加していいの?てっきりフェイロンを追い出そうとしているのかと思ったんだけど。威圧感がすごいから勘違いしちゃったじゃん。
「さすがは長官。部外者でも宴を楽しめるように、その旨を直接伝えたのですね」
「その通りだ!」
長官の後ろに控えていたアネモネが、すかさず長官をヨイショする。お前、そんなこともできたのか。仕事も完璧で、上司を気持ちよくさせられるとか、軍での出世間違いなしだな。それがいいことかどうかはさておいて。
長官は雷のような笑い声とガシャガシャ音を撒き散らしながら、俺たちの元を離れて行った。その行く末を見守っていると、いつの間にか焚き火台付近に用意されていた豪華な椅子にどっかりと腰を下ろした。そんなのどこに売ってるの?まさか作ったの?
「さて、先ほどの話の続きをしましょうか」
長官が着席するのを見届けてから、アネモネが切り出した。アネモネが長官について行かないのを不思議に思っていたが、さっきの事件の話の続きをするためのようだ。あの後も色々あったせいで、事件についての考察はまったくできていない。
「まだ話していないこともありますし、軽い食事を取りながらどうですか?」
「あー、うん。もともとそういう話だったし、それでいいよ」
全然よくはないのだが、断ることもできなかった。
「では、副長官。自分はフェイロンさんと宴を楽しんでまいりますので、失礼いたします!」
アレクは面倒事を俺に押しつけ、フェイロンとともに宴の人混みへと飲み込まれていった。くそ、おかしい。この前の宴だってろくに楽しめなかったのに、また俺は宴を楽しめないのか?
「では、私たちはあちらで」
アネモネが手で示した先は、砦の二階。方向的に、おそらく会議室だろう。宴の会場である中庭は一階部分に相当するため、もう完全に宴からは離脱する格好になる。しかし、断る勇気のない俺は情けない返事をして、アネモネの後を追った。
中庭は二階からも見える。会議室に入る直前、俺は中庭で異彩を放つ豪華な長官の席を盗み見た。長官は、大笑いして酒を飲み、肉を食らい、また酒を飲むという欲望の限りを尽くしていた。隊員たちの楽しそうな声に耳を焼かれる思いで、うな垂れて残業が待つ会議室へと足を踏み入れた。
会議室はアーティファクトによって完全防音が実現されている。ひとたびそこに入ってしまえば、外界とは完全に隔離されたような錯覚に陥る。ちなみに軍本部の尋問室は、さらに高度なアーティファクトで隔離されているらしい。
当然のことながら、宴の喧騒は聞こえなくなっていた。宴への未練を断ち切るため、一つ息を吐き、顔を上げる。そのとき、俺は目に入ってきたものに意表を突かれた。少なくとも、会議室にはそぐわないものが置いてあった。
「なにこれ」
「どれですか?」
アネモネは俺の言ったことにピンと来ていないようである。二十人は座れそうな長方形の巨大テーブルに、きれいに並べられたこれらが見えていないはずもないのだが。
「これだよ、これ」
俺がテーブルの上の大量の料理を指さして言うと、得心がいったとばかりにアネモネは手を打った。
「食事を取りながらって言ったじゃないですか。それに、私だって宴気分を味わいたいですし」
なるほど、自分が食べたいから食べ物をここに用意させた、と。嘘でも俺のために用意してくれたとか言ってくれれば、ときめいたのになあ。長官以外にそういう気を回すことはないようである。真面目なアネモネが、適当な長官に献身的な理由が本当にわからない。
「こうして準備も整ったことですし、事件解決への道を模索しましょう」
アネモネは、俺を俗に言うお誕生日席に座らせると、自分は俺の右手に席を陣取った。そして、俺よりも先に骨付き肉へと手を伸ばしていた。この砦の女性隊員たちは、食欲旺盛だなあ。それだけ仕事を頑張ってくれているのだと思う。
俺は前回食べられなかった肉串を手元にある皿に乗せ、傾聴態勢に入った。
「まずは、動物の死体が多数見つかっているという点について補足なのですが」
開口一番、気が滅入るようなことを言ってくるアネモネ。そういう話題は食事が一段落してからにしてほしかった。とはいえ、もう始まってしまったものはしょうがない。俺は続きを促した。
「で、補足って何よ?」
「実は、どれもお腹を裂かれているんですよ」
「裂かれてる!?」
思わず声を荒らげてしまった。裂かれていると言えば、王都の連続殺人事件の被害者たちが思い出される。
「念のために聞くけど、血が吸い取られて干からびたような感じの死体じゃないだろうな?」
俺はそのことを聞かずにはいられなかった。自分で言っているうちにあの奇怪な死体が脳裏をよぎり、食欲が一気に減退する感覚があった。
「大きな声を出さないでください。耳が痛いです」
「ああ、悪い」
俺が謝ると、アネモネは小さく頷いた。どっちが上司かわからない。
「死体の様子ですけど、ただお腹を裂かれているだけです。副長官がおっしゃったような異常性はありません」
「おお、そうか」
アネモネの返事を聞いて、少し安堵してしまう部分があった。もちろん、動物たちのことを思えば居たたまれない気持ちにはなる。しかし、あの凄惨な事件が繰り返されているわけではないらしいことがわかると、ホッするのを止められなかった。
「そしてあとは、住民の体調不良だっけ?これまでにもそういうことはあったのか?」
「ありませんでした。原因がわからないんですよ。ですから、先ほどおっしゃっていた色々な可能性というものを教えていただきたいのです」
真剣な表情で言うアネモネを前に、俺は目を逸らして誤魔化すように串から肉を外した。
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