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一難去ってさらに二難

読んでくださってありがとうございます!

 「上手く逃げましたね」

 

 アネモネが俺たちのところを去ってから、アレクが俺の顔を覗き込んで言った。

 

 「何のことだ?」

 

 俺は惚けておいたが、アレクはこちらを見透かすような笑みを浮かべていた。さすがに一か月も行動を共にしていると、俺がポンコツだとわかるらしい。

 

 「そんなに言うんだったら、何かアイデアくれよ。アネモネ怖いんだよ」

 

 マルヌスをおびき寄せる作戦を思いついたのはアレクだったし、意外と俺に妙案をもたらしてくれるかもしれない。そう考え、コソッとアレクに耳打ちした。

 

 「んっ、耳、くすぐったいです」

 

 「おい、変な声出すなよ」

 

 「ふっ、からかい甲斐がありますね」

 

 口元に手を当てて、プークスクスと追い打ちを掛けてくるアレク。よし、いい機会だ。俺が上官であることを思い出させてやろうじゃないか。

 

 「上官をからかうんじゃない」

 

 「いてっ」

 

 脳天チョップによって、アレクへと制裁を与えた。

 

 「あ、エルさんひどーい!」

 

 ぷんぷん、とか口で言ってマリアが怒っている。ちょうどアレクにチョップしたところを見られてしまったようだ。

 

 「女の子に暴力はダメですよ!」

 

 続くマリアの言葉を聞いて、アレクから笑みが消えた。

 

 「じ、自分は男ですよ?」

 

 だが、さすがはアレク。すぐに人のよさそうな笑みを顔に貼り付け、どうにか取り繕おうとする。まさか、マリアがアレクのことを調べて男だと突き止めた訳でもあるまい。こんなぽわぽわしてるやつ、アレクなら簡単に煙に巻けるはずだ。

 

 「え、嘘!?女の子の匂いがしたもん!絶対女の子でしょ!」

 

 アレクの弁明を聞いても、マリアは頑として譲らなかった。ここまで強硬な主張をするマリアの根拠は匂い。女の子の匂いって何だよ。匂いで人間を判別するって、犬か何かかな?

 

 アレクはマリアの勢いに押され、右足を一歩引いた。まずいな。理路整然としたタイプのアレクは、ポンコツマリアが苦手らしい。どれ、ここは俺が一肌脱いでやろうじゃないか。

 

 さっきアレクにやったように、マリアの耳元へ口を近づける。驚いたのか、マリアは少し身震いした。

 

 「アレクの胸を見てみろ。あんなに平らな胸をした女の子がいるか?」

 

 「はっ。言われてみれば……」

 

 マリアは普通に口に出して答えた。アレクに聞かれたら困るから止めてほしいんだけど。

 

 「でも、やっぱり女の子の匂いがするんですよねえ」

 

 くっ、これじゃまだ弱いか。何か、何か強烈で有無を言わさず説得できることを考えなければ。

 

 「――じゃあ、あれだ。えーっと、胸がないのがコンプレックスだから、男として振る舞ってるんだよ」

 

 「な、なんと!そんな悲しい事実があったんですね……」

 

 マリアは自分の胸とアレクの胸を交互に見比べた。そして、その小動物のようなクリクリした目を潤ませる。こんな嘘丸出しの言葉を本気で信じてしまうとは、さすがマリアだ。

 

 「そうなんだよ。だから、絶対に他の人には、アレクが女の子だとか言っちゃダメだぞ?」

 

 「はい、わかりました!」

 

 マリアは実に真剣な表情で俺とアレクに敬礼をしてから、この場を後にした。よし、どうにかマリアを説得できたみたいだ。

 

 「あの、副長官。何を吹き込んだんですか?悲しい事実とか聞こえてきましたけど」

 

 マリアの声がダダ漏れだったせいで、アレクにジト目を向けられる。しかし、俺が言った肝心な部分は聞かれていない。どうとでも誤魔化せる。

 

 「匂いで人を判別する能力は間違っているから、もう使うなって言っておいた」

 

 「それが悲しい事実ですか?」

 

 「あー、うん。匂いで判別できることが自慢だったらしいから、それが間違っていると知って悲しかったんじゃないか?たぶん」

 

 「ふーん。なんか釈然としませんけど、まあいいです」

 

 アレクは細めていた目を元に戻した。ふう、とりあえず当面の窮地からは脱したらしい。

 

 「それにしても、まだ長官は起きないのかね」

 

 この話題が続くと困るので、強引に話を変える。

 

 「いや、噂をすれば何とやら、ですよ」

 

 アレクがそう言うと、どこからともなくガシャコン、ガシャコンと金属同士がぶつかる音が聞こえてきた。規則的に繰り返されるその音は、徐々に近づいて来る。そして、その音を生み出していた張本人の姿が見えた。ここから左手に見える中庭への入口に立っている。

 

 今日も今日とて、その巨躯を装飾過多な鎧に包んだ男。ソーン砦長官、グレイブ・グレートである。長官が現れると、宴の会場である中庭は拍手に包まれた。俺以上にちゃらんぽらんな軍人であるが、この砦では不思議と慕われている。

 

 ここから長官が立っている場所までは十メトル以上の距離。しかし、スーッと息を吸い込む音が聞こえた。そして――

 

 「ここに、宴の開催を宣言するッーー!」

 

 ビリビリと耳が痺れるような大音量。中庭にある木に身を潜めていた小鳥たちが飛び去った。直後、数人の魔術師の火魔法によって、焚き火台に火が灯される。松明などから火を取るのとは違い、一気に燃え上がった。前回の宴のときにもあったやつだ。

 

 冷静に考えて、轟々と音を立てて燃えるこんな巨大な火元を、砦の中に置くってどうなんだろう。どこかに燃え移ったりしたら大変じゃないか?

 

 「これはまた、ずいぶん派手だな」

 

 俺たちのいざこざに巻き込まれないよう、木陰にいたフェイロンが戻ってきていた。客人なのに、そんなところにいてもらって申し訳ない。

 

 「これがあの長官のスタイルらしい」

 

 「長官とは、あの大男か?」

 

 フェイロンが指を差した先には、たしかに長官。あれだけ堂々とした開催宣言をしていれば、誰でもこの砦の長官を言い当てられるだろう。あの開催宣言って、この前の宴のときにもしてたのかな?俺が焚き火の前で寝かされていたのに、あんな能天気にされていたと思うと腹が立ってくるな。

 

 「ん?こっちに来るみたいだぞ」

 

 またガシャコン、ガシャコンと鎧を鳴らして近づいて来る。そして、俺たちの前に立った。いや、俺の正面からは少し左にズレている。俺の右にいるアレクからは完全に外れているし、フェイロンの前に立っているのか。

 

 「お前、砦の者じゃないな?」

 

 そう言って、長官はフェイロンを睨みつけるように見下ろした。フェイロンも斜め上を向いて睨み返しているような気がする。剣呑な雰囲気。


 あっれー、どうしよう。やっぱり部外者を立ち入らせちゃったらまずかったかな……


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