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事なきを得る

読んでくださってありがとうございます!

 マリアは事件の説明をしてくれたが、いまいち要領を得なかったので、結局アネモネを呼んで来てもらった。

 

 数分後にやって来たのは、紫紺の艶髪を腰辺りまで伸ばしたクールビューティー、アネモネだ。この砦でどうやったらそのツヤツヤな髪の毛がキープできるのか教えてほしい。

 

 「おかえりなさいませ、副長官」

 

 丁寧なお辞儀とともに、丁寧な言葉。そうそう、これが副長官、すなわち少尉クラスへの普通の対応なんだよ。だが、今までは変なのばかりだったせいで、逆にムズムズする。それと、今後こんなに畏まられても息苦しいので、その旨を伝える。

 

 「そんなに畏まらなくていいよ」

 

 自分で言っておいてなんだが、いい上司っぽい。

 

 「その左胸の勲章に対して敬意を表しただけです」

 

 「あっそ」

 

 帰ってきたその日くらい俺に花を持たせてくれてもいいのに。誰にも尊敬されていない俺って。何だか視界がボヤボヤしてきた。

 

 「――もしかして、雨とか降って来た?」

 

 「雨なんて降って……」

 

 「あ、うん。知ってる」

 

 目に溜まっていた水分がスッと引いた。雨が降っていないのは知っている。日が沈み始めて辺りは暗くなってきているが、空に雲は一つもないことは、屋根のない中庭では容易に確認できる。雨が降っているとすれば、俺の心の中だけだ。

 

 「それで、どうのようなご用件ですか?宴の開始にはまだ少しかかりますよ?準備はあと少しで終わると思いますけど、長官がまだ起きてませんから」

 

 俺が黙っていると、アネモネが用件を聞いてくる。そして、俺が聞いてきそうなことを予測し、それを教えてくれる。しかし残念なことに、アネモネの予想はハズレだ。


 俺は宴の開始時間を聞きたいくらいで、わざわざアネモネを呼んだりしない。そもそも、そこまで宴を楽しみにしているわけでもない。というか、長官が起きてないから始まらないって何だよ。そんで、もう日没なのにまだ起きてないのかよ。ツッコむところ多すぎて疲れたわ。

 

 「えっと、全然違う。事件のことを聞きたいんだけど」

 

 俺は数多のツッコミどころを強靭な精神力でスルーし、話を前に進める。

 

 「あ、そちらでしたか。それでしたら、少し長い話になるかもしれません」

 

 アネモネは顔をお仕事モードのキリッとしたものに切り替え、事件の概要を説明してくれた。

 

 その事件とやらで起きていることは、ティラの町の近くで馬を始めとする動物の死体がよく見つかること、ティラの町の住民に体調不良が相次いでいることの二つだという。マリアの説明ではこれっぽっちも理解できなかったが、アネモネの説明ではすんなりと理解することができた。

 

 ティラの町の住民からの要請により、昨日から本格的に調査を開始したらしい。今日の調査では、想定されていたよりも広範囲に同様の被害が出ていることがわかったとのことだ。


 ここまで聞いてわかったことがある。それは、ティラの町に大量の国境警備隊員たちがいた理由だ。宴の準備係と事件の調査係の両方がいたために、あれだけの隊員を見かけることになったのだろう。

 

 さて、たしかに説明された内容は穏やかなことではないが、王都周辺であったような連続殺人事件ではないようである。さすがにあんなことがここでも起こるとは思いたくはないけど、警戒するに越したことはない。

 

 「平穏だったソーン砦で、こんなことが起こるなんて異常です。副長官が来てからですよ。アンデッドが攻めてきたり、こんな事件が起きたり」

 

 簡潔な説明を終えると、アネモネは忌々しそうに言った。その点では俺も被害者なんだよな。窓際部署だと聞いて異動して来てみれば、立て続けに色々な問題が発生して、その対処に追われて。今のところ、めちゃくちゃブラックだからな?

 

 「というのは、ただの愚痴です。副長官のせいではないのはわかっています。むしろ、アンデッド侵攻の際にはご尽力いただきましたしね」

 

 俺の反論を待たず、アネモネは続けた。ふむ、俺は器が大きいから愚痴の一つや二つは許しちゃうぞ。

 

 「まあ、わかってるならいいんだ」

 

 「話を聞いて、何かわかったことはありますか?」

 

 アネモネは真面目腐った顔で言う。まるで、俺が事件解決の達人であるかのように。だが、当然俺は事件解決の達人ではないため、話を聞いただけでわかることなんてない。

 

 「聞きましたよ。王から依頼されて連続殺人事件を解決したと。マルヌスさんが偽物だと連絡を受けたときには、こっちも大騒ぎでしたよ。しかも、中佐との協力にて呪龍を撃破したとか」

 

 うーん、言っていることは間違ってはいないが、合っているとも言い難い。事件解決には、シルヴィエ、中佐、アレク、ラム、その他一般軍人や一般冒険者が関わっている。呪龍の討伐に関しては、ほとんどシルヴィエと宮廷魔術師たちの活躍だ。


 俺の功績自体は大したことないのである。それなのに勲章までもらってしまった。俺にブラック労働をさせようという謎の勢力が、俺の評価を無駄に挙げようとしているのではないか、とあり得ない妄想をしてしまうほどだ。


 つまるところ、俺自身はポンコツであり、話を聞いたくらいで事件解決に結びつくような示唆を生み出すことなどできない。だがしかし、それを自分の口で言うには、俺のプライドは大きすぎた。


 「アンデッドが攻めてきたときも、エルさん大活躍だったじゃないですか!」


 「そうですよ。あのときみたいに、何か策を考えてください」


 マリアが余計なことを言ったせいで、アネモネがそれに乗じて俺に策を要求してくる。あー、どうしよう。砦に帰って来て一時間も経ってないのに、なんでこんなに追い詰められてるんだよ。


 「色々な可能性が考えられるから、もうちょっと話を聞いてみないと……」


 あまり不自然な沈黙を続けるわけにもいかないので、俺は適当な回答で場をつなぐことにした。


 正直、これはイチかバチかの答えだ。多くの場合、こんな答え方をすると、何も意見を言えない無能とみなされる。だから、基本的にはこうした答え方はしないに限る。実際、こういうことを言うやつは「色々な可能性」とか言っておきながら、一つか二つの可能性しか提示できない。


 しかし、今は俺を持ち上げる空気感ができている。こういうときには、むしろ思慮深さや慎重さを印象付けることになり得る。俺の作戦が上手くいけば――

 

 「副長官、宴の準備完了いたしました!」

 

 突然、見知らぬ隊員が駆け寄って来て、敬礼をしながら報告してきた。俺は急なことに上手く反応できなかったが、代わりにアネモネが応答した。

 

 「長官はお目覚めになったのかしら?」

 

 「いいえ、そちらはまだです」

 

 「そう。じゃあ、私が起こしてくるわ」

 

 それからアネモネはこちらに向き直って続けた。

 

 「続きは、お食事をいただきながらにでもしましょう」

 

 思っていた形とは違ったが、事なきを得たようだ。

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