俺の師匠
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だけどまあ、これも想定内だ。フェイロンの移動先は見当がついている。俺の真後ろに違いない。ミノタウロスにトドメを差したときも、シルバーベアの動きを止めるときにも、フェイロンは対象の後ろに回り込んでいた。その動きの素早さを任せた、最も効果的な位置取りなのだろう。
その確信めいた推測を頼りに、俺は右手の平を後ろに向け、魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。魔法陣というのは、シルヴィエから授かっていた魔法陣式の魔法発動装置である。それを朝食前に部屋から回収し、手袋の中に仕込んでおいたのだ。魔法陣は紙のようなものに刻まれているため、折りたたんで容易に手袋の中に仕舞えた。
直後、目の前に広がる平原に、自分の影が生まれた。曇り空では見られない濃い影だった。それはすなわち、自分の背後に強烈な光源が発生したことを意味する。そしてほぼ同時に、背中が激しい熱波に襲われた。顔まで熱くなる。魔法によって生み出された火魔法が光と熱をもたらしたのだ。
フェイロンからの追撃はない。火球程度の魔法でフェイロンがダウンしているはずもないが、多少のダメージは負わせられたはずだ。むしろ、そうであってほしい。
これから追撃がないとも限らないので、すぐに振り返ると――
「え、何これ……」
空を覆う雲よりも濃密な灰色の煙。視界のほとんどがそれで支配されていた。風によって徐々に煙が流され、拡散していく。視界は明瞭になるにつれて、焦土と化した平原が露わになる。もしかして、いや、もしかしなくても俺が使った魔法陣兵器によってもたらされた結果だろう。
「し、死んでないよな?」
惨憺たる光景に、次第に鼓動が早まるのを感じた。煙によっていまだにフェイロンの姿は見えない。フェイロンが死ぬわけもないと思いつつ、死んでしまったのではないかと心に不安が絡みつく。
そのときだった。急激に視界が明瞭になった。
「どうしたんですか!?大丈夫ですか!?」
アレクの声だ。遠くの方から聞こえてくる。アレクが魔法で煙を散らしてくれたのだろう。だが、俺はフェイロンを探すことで精一杯で、アレクの問いかけに答える余裕はなかった。
さしたる苦労もなくフェイロンは見つかった。が、変わり果てた姿をしていた。服が焼け落ち、空の下に生まれたままの姿を晒していたのだ。その上、恰好は仁王立ち。まずい、これをアレクが見たらまずい!
急いでフェイロンのもとに駆け寄る。この緊急事態ならば、さすがのフェイロンも戦いを中断してくれるだろう。
「おい、フェイロン。逃げよう。アレクが来る。そんな恰好を見られたらまずいぞ」
「……」
「黙ってるなって!何とか言えよ!」
「……」
そこで俺は気がついた。フェイロンは白目を剝いていた。
「え、死んでる?……いや、気絶か」
胸に手をやると、たしかにその拍動を感じ取ることができた。生きてはいるようだ。よって、俺はフェイロンが気絶しているのだと結論付けた。
「好都合だな」
気絶しているならば、いちいち状況説明しないでもフェイロンを連れていけるため、むしろ好都合だった。俺は魔力切れが近い感覚に襲われながらも魔纏を維持し、全裸のフェイロンを肩に担いでその場を去った。
「どなたかいませんかー!?」
そんなアレクの叫び声を背に、俺は宿に逃げ帰った。アレクに俺たちの存在を気取られることはなかったはずだ。
銀熊亭は町の一番大きな通りに面していて人目に付きやすい。しかし、正面入り口と窓以外に入る場所がないので、人の流れが途切れたところを見計らって、開いていた窓から侵入した。人一人を抱えたまま、レンガの壁を上ることができるとは、さすが魔纏だ。
フェイロンをフェイロンの部屋のベッドに寝かせ、俺は俺の部屋に戻った。
「あ、危ないところだった。誰にも見られてないよな?」
仮に見られていれば、不審な男が全裸の男を担いで逃げているという、犯罪の香りしかしない光景だったはずだ。特に、銀熊亭の壁をよじ登っているところとか、人を担いでいなくても犯罪になるかもれない。
数分後、ドンドンドンといつもより強く扉をたたく音がした。ほぼ間違いなくアレクだろう。
「副長官、いないんですか!?」
「え、どうかした?」
予想通り、アレクだった。いかにも先ほどまで寝ていました風のとぼけた声で返事をした。
「さっきもノックしたんですけど、寝てたんですか?」
「お、おう」
「食べてすぐ寝るってどうなんですかね。ってそうじゃなくて、なんかさっき、ちょっと離れた平原でものすごい煙が上がってたんですよ!何かの魔法によるものかもしれません!」
「……そうなんだ」
「なんでそんな冷静なんですか!」
やべ、あまりにも興味ない感じの返答をしてしまった。それは俺がやりましたとも言えないし、どう答えるべきか。
俺が答えあぐねていると、アレクの方から口を開いた。
「まあ、怪しい人影とかはいなかったみたいですけど、警戒しておくに越したことはないですから、一応伝えておきましたよ」
「そうか、ありがとう」
ふう、バレていなかったみたいだ。
「魔物とか、盗賊団みたいなのが攻めてきて、シルバーベアのシチューがお預けになったらたまりませんからね!」
「そ、そうだな」
警戒する理由が、町が襲われるとか、俺たちの身が危ないとかではなく、シチュー。アレクよ、自分が軍人だということを忘れてはいなかね……?まあ、俺も人のこと言えないんだけどさ。
アレクが行ってしまうと、酩酊感にも似た魔力切れの疲労に襲われる。これに身を任せて、寝てしまおう。次に起きたときには、きっとシルバーベアのシチューが待っているはずだ。
そうして、意識が半分飛びかけていたときだった。
「俺だ。話がある」
扉の向こうから、フェイロンの声が聞こえてきた。この短時間に忘れてたけど、フェイロンを全裸でベッドに寝かせておいたんだった。どうしよう、怒られるかな。
「な、何?」
「俺じゃなかったら死んでいたぞ」
「俺もあんなになるなんて知らなかったんだよ。ごめん」
言い訳がましいのはわかっているが、本当にただの火球が出てくるだけだと思っていたのだ。あんな大地を焼き払うような大魔法が繰り出されるとは思いもよらなかった。まあ、よく考えれば、シルヴィエがそんな低威力の兵器を作るわけないか……
「別にいい。動きを読まれていた俺の失態だ。……いや、違うか。お前が俺を上回ったのだ。誇れ」
何たる度量の広さ。まさに武人である。
「ありがとう、師匠」
「ふん。今日で免許皆伝だ」
いい歳して、不覚にもジーンと来てしまった。フェイロンは一生俺の師匠だ。
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