最終試験
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そして、トービリの町での二泊目。長めの昼寝を取ったくせに、俺は床に就いた瞬間、意識を捨てていた。
朝起きると、体力は完全に戻っている感じがした。喉もガラガラではない。うん、いい眠りだった。
今日は夜までやることがない。夜に例のシチューをいただくためだけの日だ。そして、まそのまま銀熊亭に泊まるから、まさかの三連泊。真面目に仕事をしてくれている砦の隊員たちには申し訳ない。だけどまあ、言わなければバレないだろうという考えのもと、今ここにいる。
昨日の夕方と同じように、ノックの音。アレクが朝食に誘いに来たのだろうか。お腹いっぱいにしておかないと、禁断症状が出てしまうから。
「エル、起きているか」
意外にも、ノックをしていたのはフェイロンだったようだ。
「どうした?なんかあった?」
いつも通りのダンディーボイスで答える。アレク曰く、喉がガラガラのときの方がいいらしいけど。
「もう明日の夜には砦に着くのだろう?」
「そうだけど」
「ならば、最終試験として、俺と手合わせしないか?」
「え」
フェイロンと一対一で戦うなんて、魔纏の熟練度もそうだけど、体術の力量にも差がありすぎる。正直、やったところで勝ち目なんてないし……
「神仙国で魔纏を教えていたときには、いつもそうしていた」
「そ、そうか。じゃあ、やってみるか」
フェイロンが神仙国に帰ってしまえば、もう直接教えてもらうことはできない。そう考えればいい機会かもしれないと考え直して、最終試験とやらを受けることにした。
「では、朝食後に町の前の平原で」
「わかった」
ただの感傷で決めてしまったけど、別に死ぬわけじゃないし、まあいいいか。……あれ、死なないよね?死ななかったら合格、とかそういう試験じゃないよね?どうしよう、心配になって来た。
「あれ、フェイロンさん。副長官に何か御用ですか?」
「いや、もう済んだ」
「そうですか」
扉越しにアレクとフェイロンの会話が聞こえてきた。直後、扉が叩かれる。
「副長官、朝食食べませんか?ちょうどフェイロンさんもいますし」
「俺もそう思ってたところだ」
俺はアレクに同意を示し、階下の食堂へ向かった。部屋を出る前、この後で必要になりそうな荷物を回収してから。
朝食の間、俺とフェイロンは言葉を交わさなかった。いつもは少なくとも二、三言は話すのだが、俺たちの間に漂う戦闘前の緊張感がそれを許さなかった。
「喧嘩でもしたんですか?」
アレクはしばらく俺とフェイロンを交互に見て、その後神妙に切り出した。
「してないよ」
「していない」
二人とも即答したが、どちらも刺々しい答え方だった。百人に聞けば、九十七人は俺たち二人が喧嘩中だと言うだろう。
「喧嘩しましたよね、わかりますよ」
案の定、アレクには喧嘩をしたと思われてしまったようだ。まあ、無理に訂正する必要もあるまい。最終試験さえ終われば、この緊張感は消滅するはずだから。
はあ、とアレクはため息をついた。何を言っても意味がないと悟り、放っておく態度の表明だと思われる。余計なおせっかいをされるより、よっぽどありがたい。
「先に行ってるよ」
それだけ告げて、俺は一足先に町の入り口に行くことにした。外は曇天であった。食べてすぐに戦うのはしんどいから、軽く腹ごなしでもしておくつもりだ。もちろん、疲れない程度に。
二十分ほどしてから、ようやくフェイロンが来た。まさか、腹ごなしのための運動で俺を疲れさせる作戦か?
「待たせたな」
「俺に恐れをなしたのかと思ったよ」
俺は見え見えの虚勢を張った。
「抜かせ」
フェイロンもそれはわかったようで、軽く口の端を上げた。が、すぐに顔を引き締めて続ける。
「もう少し離れるとしよう。町に影響が出てはいけないからな」
俺は黙って頷いて、フェイロンの後を追った。
三分ほど歩いただろうか。不意にフェイロンが止まった。何も言わなかったが、俺はここを最終試験の場にするのだと理解した。
そこは街道を外れた本当に何もない平原で、草も枯れている。この時間だと、昨日の森の中のように枯れ草は朝露で濡れているから、そこに注意しなければならない。
「さあ、いつでもいい。かかってこい」
フェイロンはこちらに振り返って、最終試験開始を告げた。
いや、待って。魔纏も何もできてないし、ちょっと待って。えーっと、まずは練魔だ。右手に魔力を集める。昨日の実戦のおかげか、練魔は思いのほか素早く済んだ。
「来ないのか?では、俺からいくぞ」
魔纏を準備している間、俺が攻撃を仕掛けないでいると、フェイロンはそんなことを言った。直後、フェイロンは地面を蹴った。
「え、ちょまっ――」
フェイロンはらしくない愚直な突進を見せた。コンパクトに腕を引き、先手必勝の打撃の構え。これなら避けられ……ない!
俺は咄嗟に顔を伏せ、腕をクロスして防御姿勢を取った。痛烈な打撃が、ちょうどクロスさせた腕に当たる。身体が一気に後ろに吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がった。追撃はない。
とりあえず、死んではいないようだ。腕にはジーンと残響のような痛みがあるが、折れてはいない。身体の他の部分も大丈夫だ。
ザッザッと足音が聞こえてきたため、急いで立ち上がる。隊服は泥まみれになっていた。
「驚いた。腕だけに魔纏を施していたのか」
「何だそれ」
フェイロンの言うことに心当たりがなく、つい聞き返してしまった。
「意図的ではなかったのか?運のいいやつだ」
「生まれはいいし、運はいいかもな」
「まあいい。続けるぞ」
フェイロンがそう言ったときには、俺の魔纏も整い、戦闘の態勢は完成していた。フェイロンも構えを取っている。ここからが本当の戦いだ。
「よし。じゃあ、今度は俺からだ」
と宣言したものの、魔纏と体術の達人であるフェイロンに、魔纏を覚えたての窓際軍人である俺が勝てる道理はない。つまり、勝つためには何か姑息な手段が必要だ。
そこで一つ、思いついたことがある。俺はフェイロンとの距離を詰め、小さく腕を引いた。さっきのフェイロンの動きの真似だ。フェイロンは構えを崩さない。俺の打撃なら簡単に受け止められると思っているのだろう。
しかし、真似はここまで。お互いの攻撃圏内に入る直前、俺は打撃を繰り出すと見せかけて、手に握っていた土をバラ撒いた。
動きを真似したことにより、フェイロンの脳内には打撃への対処しかなかったはずだ。そうなれば少なからず虚を突かれるはずだから、そこに攻撃をたたき込む算段だったんだが――
土を撒いた次の瞬間、フェイロンの姿は消えていた。
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