食いしん坊
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町に戻るまで、気絶したシルバーベアが起きることはなかった。フェイロン曰く、しばらく何も食べておらず、もともと少し弱っていたのではないかということだ。命を懸けて戦っていた俺からすると、あれで弱っていたとは思いたくないものである。
町に戻ると、町の人々は狂喜乱舞の様相を呈していた。フェイロンが一人で巨大な熊を背負っていることなど気にならないらしい。それほどまでに、シルバーベアは美味いのだということを再認識させられた。
冒険者ギルドの人たちは、まさか本当に狩って来るとは思っていなかったようで、すごく驚いていた。丸ごとの買い取りを提案されたが、断った。銀熊亭に卸さないといけないからな。
その後、俺たちはすぐに銀熊亭へ向かった。その入り口にシルバーベアを置き、受付の人にオーナーを呼んでもらった。待っている間、通りすがりの人の多くは興味津々と様子でこちらを見ていた。
「はえー、よく仕留められましたねえ。先月末ので今年最後だと思っていましたが、まさか年内にまたシルバーベアが食べられるなんて」
やって来たオーナーに事情を説明すると、すごく驚いた様子だった。先月末というのは、俺たちが食べたときのことだろう。とすると、やはりマルヌスは銀熊亭ではシチューを食べていなかったことになる。必要のないことを思い出してしまった。
「は、早く!早く調理してください!あのときのシチューを!」
アレクは興奮状態だった。すっかり食いしん坊キャラが板についたアレクだが、ここまで来ると怖い。
「焦る気持ちはわかるけどねえ。あのシチューは、仕込みやら何やらで時間がかかるんだ。今日中には無理だよ?」
「そ、そんな!?何とかならないんですか!?」
「ならないねえ」
今日は俺たちがこの町に滞在する最後の日である。そのため、必死の形相で食い下がるアレク。しかし、オーナーには取り付く島もない。よほど、あのシチューにはこだわりがあるのだろう。
「ふ、副長官……」
今にも涙が零れそうなほど目を潤ませて、こちらを見るアレク。そういえば、この前シルバーベアのシチューを食べたときにも泣いてたな、こいつ。
ずっとその目で見つめられていると、そのうちかわいそうになってきて、俺も折れるしかなかった。実際のところ、俺も食べたかったし。
「フェイロン、少し遅くなっちゃうけど、明日の夜までここにいていいかな?」
俺は同行者であるフェイロンに了承を求めた。フェイロンが嫌だと言えば、フェイロンのために砦までの馬車なり竜車なりを手配するつもりだった。
「構わん。もう二年以上も旅をしている。今さら一日や二日の誤差、気になりはしない」
「そっか。なら、フェイロンにも食べさせられるな。人生で一番うまいと思うから、楽しみにしといてくれ」
「期待しておこう」
フェイロンは少し頬を緩めた。
「ところで、そこのシルバーベア、血抜きとかしてませんよね?早くしないと、肉が臭くなっちゃいますよ」
俺たちの話がまとまると、オーナーが言った。
「問題ない。このシルバーベアはまだ生きているからな」
応じたのはフェイロンだ。さっきまで背負っていたフェイロンが言うのだから、間違いないだろう。
「生きてる!?危ないじゃないですか!」
「危ない?ただの色のない熊だろう」
い、色のないって。一応、銀色と言われているんだけどね?しかもただの熊扱い。
「ただの熊って、あなたふざけてるの?この前の狩猟では、二人も死者が出たんだよ?」
さすがにオーナーも呆れた様子である。というか、二人も亡くなっていたのか。命を賭してなお、食す価値のある食材ということなのだろう。
「俺の前ではただの熊と変わらない」
フェイロンが断言すると、オーナーは諦めたように言った。
「まあ、必要な処理はこっちでしますから、そんなに言うならトドメを差しておいてくださいよ」
「わかった」
フェイロンは軽く頷くと、跳躍の後、シルバーベアの首筋に打撃を与えた。ちょうど、ミノタウロスにトドメを差した一撃のように。
「……お、おお。すごいな」
そう言ったオーナーの声は震えていた。間近で圧倒的な力を見れば、誰しもがこうなるだろう。戦闘や暴力と無縁な宿屋のオーナーなどは特に。
自分の部屋に戻ると、どっと疲れが押し寄せてきた。魔纏を使って戦ったのも、命を懸けて魔物とタイマンをしたのも初めてだったから、今までに感じたことのないような疲労感がある。全身が凝り固まっているのに、力が入らないという変な感じだ。
昼食もまだだけど、夕食まで寝てしまおうか。どうしようか……
――コンコンコン。扉を叩く音でハッとした。気づかぬうちに寝ていだようだ。部屋が暗い。もう夜か。
「そろそろ、夕食食べませんか?お昼も食べてませんよね?」
扉の向こうからアレクの声が聞こえてきた。返事をしようと思ったが、喉がガラガラでお思うように声が出ない。口を開けて爆睡していたんだろう。恥ずかしい。
「あのー、まだ寝てるんですか?」
俺が返事をしないので、アレクはノックしながら続ける。ベッド脇の水差しから直接水を飲んで、喉を潤した。
「今行くよ」
俺はちょっとザラついた声で答えた。まったく、俺の深みのあるダンディーボイスが台無しだ。
「なんとなくですけど、いつもよりいい声ですね」
アレクは明るい声で言った。俺の褒めるところを探した結果、悪気なく言った言葉なんだろうが、なんかこう、ちょっと傷ついた。ずっと喉ガラガラにしておこうかな。
夕食のメニューは昨日と同じだった。つまり、シルバーベアの肉は一片もなかった。アレクは食が進んでいないようである。
「昼食でやけ食いしちゃって、けっこうお腹いっぱいなんですよね」
「じゃあ、なんで夕食に誘ったんだよ」
「お腹が空いてると、シルバーベアのこと考えてしまうので……」
「禁断症状みたいなの出ちゃってるじゃん」
「ますます期待が高まるな」
俺たちのやり取りを見て、フェイロンは朗らかに笑った。
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