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熊猟

読んでくださってありがとうございます!

 シルバーベアの脅威はとにかくそのパワーとスピード。特殊な攻撃はないと思うが、ただ腕を叩きつけられたり、爪で引っかかれたり、噛みつかれたりするだけで命に関わる。というか、普通はたぶん死ぬ。

 

 魔纏を使っての戦闘は初めてだから、攻撃を食らったときにどれだけのダメージになるのかは想像がつかない。いや、魔纏を使ってない状態でもこんな素手で戦ったことなんてほとんどなかった。え、大丈夫かな。

 

 そんなことが頭をグルグル回っている間に、シルバーベアは間近に迫っていた。まずは相手の攻撃を見極めるところからだ。

 

 振り下ろされるシルバーベアの極太の腕を、横に跳んで躱す。攻撃はちゃんと見えたし、余裕もあった。フェイロンのように体術を心得ているわけではないので、不格好だけどそんなことは気にしていられない。

 

 「一度攻撃を受けてみろ」

 

 いつの間にか近くまで来ていたフェイロンから指示が飛ぶ。

 

 「死んだりしない!?」

 

 「死なん。俺が斧を受け止めたのを見ただろう」

 

 「いや、お前は熟練者だからであって」

 

 「それもある。が、あのミノタウロスよりはこの熊の方が弱い」

 

 「俺もお前より弱いんだけど!?」

 

 「魔纏があれば大丈夫だ。早くしないと、魔纏の効果が切れるぞ」

 

 「効果が切れるとか初耳なんだけど!?」

 

 フェイロンと話している間にも、シルバーベアは攻撃を止めない。逆か。シルバーベアが攻撃をしてきている間にも、フェイロンは話を止めない。俺の処理能力ではギリギリだ。こいつ、わざと俺に負担を掛けているんじゃなかろうか。

 

 それからも会話と回避を続けていたときだった。朝露で濡れた枯れ草を踏んで、足が滑った。右足が左前へと流れていく。まずい、と思ったときにはすでに身体が宙に浮いていた。横目でシルバーベアが距離を詰めてくるのが見えたが、空中でできることは何もない。

 

 死ぬ。ただそう思った。俺の身体が地面につく寸前、シルバーベアは、掬い上げるように腕を振り抜いた。

 

 ――衝撃。身体が吹っ飛んでいるのがわかる。それはつまり、俺が生きていることを意味する。え、生きてる!?

 

 その後、木に激突して俺は止まった。痛くない。立ち上がって身体を点検してみても、怪我はなさそうである。衝撃を感じた脚の部分は隊服が裂けているから、攻撃自体はしっかり食らっていたのがわかる。

 

 「魔纏スゲー!」

 

 俺は人生で最高に興奮していた。自分がこんな力を身に付けられるとは思ってもみなかったからだ。自分でも調子に乗っているのがわかる。二十二歳が十二歳のようにはしゃいでいた。

 

 「かかってこいや!」

 

 急に威勢のよくなった俺に戸惑うことなく、シルバーベアは突進してきた。攻撃を食らっても大丈夫だとわかると、にわかに心に余裕ができた。心なしか突進もゆっくりに見える。

 

 俺に頭からかぶりつこうとしているのか、大きく開いた口が眼前に迫る。スレスレでそれを躱すと、耳の真横でガチンと宙を噛み砕く音が聞こえた。さすがにあの巨大な牙でやられたら、無事じゃすまなそうな気がする。

 

 俺は試しに、シルバーベアに一撃を入れてみた。喉元に全身全霊の力で普通のパンチ。何も特別な訓練を受けていないド素人のパンチである。

 

 さすがにシルバーベアの硬い毛皮を貫通するみたいなことは起こらなかったが、シルバーベアはその巨体を地面に投げ出した。そして、ピクリとも動かなくなる。

 

 「え、死んだ?」

 

 俺がぽつりと言うと、フェイロンがシルバーベアに近寄って行った。

 

 「死んでない。気絶しているだけだ。これなら肉の鮮度も落ちないし、理想的な仕留め方だな」

 

 「い、一撃で?」

 

 「それが魔纏の力だ。しかし、さっきの攻撃がこの熊に耐えられていたら、お前の命は危うかったぞ」

 

 「何でだよ、攻撃は避けられてたし、食らっても何ともなかったのに」

 

 「もう魔纏が切れている」

 

 「嘘……」

 

 フェイロンの言葉を聞いて、サーッと血の気が引いた。もしシルバーベアに攻撃を耐えられていたら、そのままカウンターを食らってあの世行きだったわけだ。怖すぎる。もう、誰とも戦いたくない……俺は平和を愛しているから。

 

 「自分の魔気の容量について、理解を深めておくことだな」

 

 フェイロンの声は聞こえていたが、リアルな死を想像してしまって、俺は返事ができなかった。

 

 「まあ、なんだ。初めてにしては上出来だ」

 

 「あ、ありがとう」

 

 喋らない俺を見て落ち込んでいると思ったのか、フェイロンは軽く褒めてくれた。

 

 「こんなところにいたんですか。ずいぶん遠くまで行ってたんですね」

 

 息を切らしてアレクが追いついてきた。シルバーベアと戦っているうちに、森の奥の方へと来ていたらしい。

 

 「この熊がいつ起きるかもわからないし、さっさと町に戻るぞ」

 

 フェイロンはそう言いながら、巨大なシルバーベアを背負った。異常な光景だ。

 

 「でも、町がどっちかわかんねえな」

 

 「案ずるな。森の地形は頭に入っている」

 

 俺は一瞬冗談かと思ったが、フェイロンが至極真面目な表情だったため、軽く混乱してしまった。……めちゃくちゃ強いうえに、記憶力までいいの?

 

 「何それ。反則だろ」

 

 「何がだ」

 

 「いや、こっちの話」

 

 「そうか。――ついてこい」

 

 言われるがままフェイロンの後をついていくと、たしかに入って来た場所に出た。びっくりしすぎて顎が外れるかと思った。何かリアクションをしなければならないと思い、どうにか言葉を絞り出す。

 

 「お前、すごいな」

 

 「山で暮らしていたからな。森は得意だ」

 

 「へ、へー」

 

 山で暮らしていたからといって、初めての森の風景を覚えられるものだろうか。俺には一生かかってもできなさそうな芸当だ。

 

 そういえば、アレクが合流して一言二言喋ったと思ったら、それきり黙ったままだ。どうしたのかと振り返ってアレクを見ると、よだれを垂らしてシルバーベアを見つめていた。この熊熊しい状態のシルバーベアを見てよだれが垂れてきちゃうとは、アレクのことが少し心配になった。

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