宴
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妙に暑いな。というか、熱い!
あまりの暑さに上体を跳ね起こす。そうか、俺はあのあと気絶して――
そこで目に飛び込んできたのは、猛々しく燃え上がる炎。まさか、作戦が失敗して砦に攻め込まれた?それとも、爆発がこっちまで?
咄嗟に辺りを見渡すと、飲み物や食べ物を手に人々が談笑している。
……うん、間違いない。これは宴だ。今秋の勝利を祝したものだろう。作戦はうまくいったらしい。正面にある炎は整然と丸太が組まれた上に燃えており、人の手によって作られた焚火であることがわかる。
というか、なんで俺は野ざらしで、しかもこんなに焚火に近いところで寝かされてたの?焼いて食う気なの?頑張ったのにひどいじゃない。
「あ、エルさん起きたー」
俺の混乱とは裏腹に、後ろから暢気な声。これはマリアの声だ。こいつが俺を焼こうとしやがったのか!文句の一つでも言ってやろうと振り返る。
そこにあったのは、顔だった。近い、近すぎる。それがマリアのものであると認識するのに、数秒を要するほどに近かった。
俺は上体を起こした格好なのに、なんでマリアの顔が正面にあるんだ?こいつ、こんな小さかったっけ?あ、マリアは屈んでるのか。
そんなこともわからないくらい顔は近く、頭は混乱していた。
顔を離したいのに、離せなかった。言い訳をさせてもらうと、俺は魔力切れで動きが鈍くなっているのだ。それだけだ。マリア、お前が離れろ。
マリアの顔が赤い。これは、えーっと、焚火のせいだ。俺の顔も熱くなってきているが、これも焚火のせいだ。
そろそろ離れないとまずい気がした。何がまずいかは言葉にならないが、とにかく何かだ。心臓の拍動がドクドクとうるさい。この音が自分のものなのか、マリアのものなのかわからないほど、俺たちの距離は近かった。
ここで意を決したようにグイとマリアが顔を前に倒してきた。え、嘘。マリアさん大胆。
躱そうという考えも一瞬よぎったが、女の子の方から来てくれたのだから、受け入れなければ男が廃る。目をつぶり、どっしりと構えよう。さあ、こい!
なんて思っていたら、マリアの顔は俺の顔を素通りし、耳のあたりで止まった。そして一言。
「あの……胸に、鳥のフンついてますよ」
「え?」
視線を下に向けると、たしかにそれはあった。ここで寝ている間に食らってしまったのだろう。
「きゃー、言っちゃった!」
そう言いながら、マリアはすくりと立ち上がって走り去っていった。想定外の出来事に何も言えずしばらく固まってしまう。
遠くの方を見て、焦点も定まらぬままボーっと考える。いやさ、その程度のことさっさと言えよ。無駄にドキドキしただろうが。純情な俺を弄びやがって。
色々考えを巡らせるうちに、だんたんと冷静になってきた。まあ、余計なことを考えてしまったのは俺だ。マリアは悪くない。上司に指摘しにくいことをあえて指摘してくれたのだから、むしろ感謝すべきなのだ。
「うわ、熱いっすねー!」
バカそうな声に思考を中断させられる。バカそうな声って何だよ、と自分でも思う。でも、なんとなくこいつバカそうだなと感じてしまう声だった。声の方を見ると、その主はやはりロックだった。
熱いとか言ってたけど、それって俺とマリアのことか?あ、あれはそんなんじゃないぞ。ただの俺の勘違いというか……
「熱いっすね、焚火。こんなところにいたら焼けちゃいますよ、さっきのアンデッドみたいに」
どうやら熱いというのは、この燃え上がる炎のことを言っていたらしい。俺とマリアのことを見ていたのを誤魔化したたという線もなくはないが、こいつにそんな芸当はできまい。
「せっかくの宴なんです。楽しみましょーや!」
ロックは、なははーと笑いながら肉串を手渡してくる。たしかにロックの言う通りだ。ようやくこれで真の窓際ライフが始まる。それを祝して楽しもうじゃないか!
こっちに酒ありますよー、とロックが俺を先導する。数歩歩くと、突然ロックが振り返った。
「熱いと言えば、副長官とマリアも熱かったすね!」
こいつ、見てやがったのかよ。それ誤解だから、変に広めたりしないでよね?
あと、とロックがまだ何か言いたそうにしている。なんだよ、この際はっきり言っておいてほしいんだが。
「何か言いたいことがあるなら早く言ってくれ」
「あの、服に鳥フンみたいなの付いてますよ」
あ、忘れてた。
服をチャチャっと着替え、宴に再入場。してみたはいいものの、みんな一段落ついたのか、先ほどのような喧騒は鳴りを潜めていた。俺、まだ騒いでないのに!
とりあえずさっきの肉串が美味かったし、お替りしに行こう。辺りを見渡して焼いている場所を探すが、見当たらない。クソッ、匂いはするのにどこにあるかわからない。ロックに聞いておけばよかった。
「副長官、何かお探しですか?」
キョロキョロと肉串を探していたところに後ろから声がかけられる。
「おー、ちょっと肉串を……」
そう言いながら振り返ると、手に肉串をどっさり抱えたアネモネ。その数は優に二十を超えそうだ。別にいいけど、ちょっと取りすぎじゃない?いや、別にいいんだけど。
「肉串がどうかされたのですか?」
「いや、俺も肉串食べたいなーって」
「すみません。私が今持っているので最後みたいです」
……それだと話が違ってくるぞ。一本くらい分けやがれ。
「そんなにたくさんあるんだったら、一本くらい分けてくれない?」
お前も頑張ってくれたのはわかるけど、俺も頑張ったんだしさ、喜びを分かち合うという意味でも一本くらい分けてくれてもいいんじゃないか?
「これ、私のじゃないんです。だから無理です」
「え、じゃあ誰の?」
思わず聞いてしまったが、アネモネが答える前にわかった。みんなの欲しいものを聞いて、アネモネがまとめて取りに行ってくれたって感じなのだろう。そう考えると、これだけ大量の肉串を持っているのも納得できる。
「長官のです。では、長官が待っているので失礼します」
全然違った。というか、なぜ長官?あの人今日何もやってないだろうが!そんなやつに俺の肉串は渡せない――
「こんなところにおったのか!」
煌々と輝く焚火が逆光となり、声の主の顔はよく見えない。しかし、こんなでかい人間はこの砦に一人しかいない……
「ちょ、長官!遅くなって申し訳ありません。こちら、ご所望のものでございます」
突然姿を見せた大男に、アネモネはあたふたしながら持っていた肉串をすべて渡した。この大男こそ、ソーン砦長官のグレイヴ・グレイトだ。
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