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森の熊さん

読んでくださってありがとうございます!

 「行きましょう!早く狩らないと、今日のうちに調理できませんよ!」

 

 完全に食いしん坊キャラへ転身したアレクが、興奮した様子で捲し立てた。たしかに、狩猟を成功させたとしても血抜きや解体とかに時間を使うだろうし、急いだほうがよさそうだ。

 

 シチューが食べたいからと言う理由だけで同じ町に二泊するなんて、軍人らしからぬ暴挙だが、俺たちは完全に食べ物に目が眩んでいた。砦のみんな、俺たちだけ仕事をサボって、美味いもん食べてごめん!

 

 「では、走るぞ」

 

 「「はい!」」

 

 俺とアレクは息ぴったりにフェイロンに返事をし、森の中へ入った。

 

 季節がらもあってか、森の中はとても静かだった。聞こえてくる音と言えば、木の枝を踏みつけたときに鳴る乾いた音と俺たちの呼吸音くらいのものだ。

 

 よく似た光景が続いているのに、フェイロンは迷わずに木々の間をすり抜けていく。アレクは驚くほどの健脚ぶりを発揮しており、フェイロンのすぐあとについている。そうなると、当然俺が一番後ろだ。二人とも速いって。

 

 十分もしないうちに、フェイロンが急に立ち止まった。勢い余ってアレクはフェイロンにぶつかる。そして俺はアレクにぶつかる。止まるときは止まるって言ってくれよ。

 

 「逃げるのを心配していたが、そんな必要はなかったらしい。向こうからお出ましだ」

 

 「え?」

 

 「来るぞ」

 

 フェイロンが言うと、ミシミシッとかバリバリッとか、それまで静かだった森に聞き慣れない音がこだまする。音の出所はさほど遠くない。

 

 視界の右奥に、キラキラとガラス片か何かが光ったような気がした。ちょうどその辺りからまたバリバリと音が聞こえてきて、木が半ばから折れた。そして、折れた幹を掻き分けて、それは現れた。


 まだ早朝の薄暗い森で、わずかな光を反射する銀毛。間違いない、シルバーベアだ。後ろ脚で立ち上がって、こちらを見てるのがわかる。完全に品定めをしている目だ。体長は普通の熊の二倍くらいありそうだ。まあ、普通の熊を見たことないけど。

 

 「どうやら俺たちを逆に狩りに来たらしいな。かなり腹が減っていると見える」

 

 フェイロンは暢気にシルバーベアの様子を解説していた。

 

 「おい、なんで魔纏を使っていない」

 

 「あ、そうだった」

 

 フェイロンからのツッコミを受けて、練魔を始める。まずは魔力を維持して――

 

 「何ボケっとしてるんですか!来ますよ!」

 

 アレクの声で我に返る。見ると、シルバーベアがもうこちらへ数歩というところまで迫っていた。え、死――

 

 シルバーベアは両腕を挙げた状態で不自然に止まった。


「魔纏が整うまでは、俺が抑えておこう。そこからはお前の戦いだ、エル」

 

 シルバーベアの後ろからそんな声が聞こえてくる。おそらく、フェイロンはシルバーベアの後ろに回り込み、毛皮を掴むなりして動きを止めているんだろう。魔纏、恐るべし。

 

 「この状態なら、自分でも倒せそうですね」

 

 ジタバタと暴れるだけで、こちらに一切近づくことのできないシルバーベアを見て、退屈そうにアレクが漏らした。事実、魔法で目を狙うとかすれば、アレクでも倒せそうではある。

 

 「アレク、手を出さないでくれ。これはエルの戦いだ」

 

 「わかってますよ」

 

 だが、あくまでも今回は俺の魔纏を試す場だ。フェイロンは、アレクに手を出させる気はないらしい。

 

 「もちろん、エルが死ねば次はお前が戦うことになるがな」

 

 「おい、縁起でもないこと言わないでくれ」

 

 フェイロンの爆弾発言に釘を刺しつつ、俺は練魔に集中する。フェイロンがしくじることなんてないだろうから、安心して目を閉じて魔力を集中させた右手に集中する。

 

 ――やがて、右手が熱を帯びてくる。練魔が完了した知らせだ。これを全身へと広げて、魔力で身体を活性化させることができれば、魔纏の完成だ。なかなか気を遣う作業であるため、慎重に実行していく。

 

 二、三分が経っただろうか。初めて魔纏に成功したときのような全能感を覚えた。

 

 「よし、たぶんできた」

 

 「うむ、たしかにできている。では、三つ数えたらこいつを離す。――三、二、一」

 

 魔纏の完成を伝えると、フェイロンは俺の意思を確認することなく、カウントを始めた。そして、シルバーベアが解き放たれる。

 

 すでにアレクは離れた場所に避難しており、フェイロンもそこへ退いて行った。要するに、ここからは俺とこの森の熊さんのタイマンというわけだ。

 

 熊の恐ろしいところと言えばその圧倒的パワーだと思われがちだが、その速さも驚異的である。走ったときの最高時速は六十キロメトルにも及ぶという。

 

 しかも、この熊はただの熊ではない。魔獣と称されるシルバーベアである。その力はもちろん、早さも並の熊を遥かに凌駕する。

 

 そんな恐ろしい生物と対面すれば――

 

 「怖ッ!」

 

 あまりの恐怖に俺は逃げ出した。魔纏は身体を強化してくれても、心は強化してくれないのだ。無理無理無理無理。あんな大迫力の熊さんを前にしたら、本能が「逃走しろ」とうるさくて戦いどころではない。

 

 「おい、何してる!戦え!」

 

 「無理!怖い!」

 

 フェイロンから檄が飛ばされるが、俺は逃走を止められない。

 

 「よく考えてみろ!これだけ足場が不安定な森の中で、人間よりも圧倒的に速い熊に追いつかれずに走っているんだぞ!身体能力が向上している証拠だ!自分と魔纏を信じろ!」

 

 かなり遠くの方から、フェイロンのそんな叫び声が聞こえてきた。そこで走りながら振り返ると、たしかにシルバーベアが俺に追いつく気配はない。むしろ、距離が開いているまである。

 

 「ここまで怖がることはなかったか」

 

 ようやく自分の身体能力が向上していることを自覚し、シルバーベアを迎え撃つ覚悟ができた。相手は自分の数倍の大きさだが、怯え過ぎず、適度に警戒するくらいでいいのだ。

 

 「よぉし、かかってこい。熊さん」

 

 立ち止まった俺を獲物としてしか見ていないだろうシルバーベアに、宣戦布告をした。


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