例のシチュー
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フロレンツは花の街として有名で、王都に負けるとも劣らず観光人気の高い都市である。観光への力の入れようは王都を凌ぎ、なんと景観美のために城壁は取り払われているほどだ。花の季節であれば夜でも人に溢れているらしいが、今のように冬の盛りではさすがに人もまばらであった。
しかし、人が少ないというのは俺たち三人にとっては好都合で、容易に三人が泊まれる宿を確保できた。特にすることもないため、この日は大人しくさっさと寝た。
真夜中にアレクが殺人事件の知らせを持ってくることもなく、平和に朝を迎えた。王都よりも北に位置するためか、布団から出たときにはここ数日の中で一番寒く感じた。フェイロンがいなければもう少し遅く起きるんだけど、あいつが早起きだから俺もそれに合わせる感じになっている。まあ、師匠に文句は言えないので、早起きあるのみだ。
朝食後には、まだ食べているアレクとフェイロンを宿に残して、俺はさっさとピーちゃんのもとへ行った。自慢でも何でもないが、俺は食べるのが速いのだ。ピーちゃんは睡眠時間がそれほど必要でないとはいえ、寒さのこともあって眠そうだった。
「ピーちゃん、今日もよろしくな」
「ウオォォォ」
ザラザラゴツゴツした首を撫でながらピーちゃんに朝の挨拶をすると、ピーちゃんも返事をしてくれた。なかなか野太い返事である。
「もうピーちゃんじゃなくてウオーちゃんだな」
「ウオォォォォォッ!」
「ごめんごめん、怒るなって」
抗議のつもりなのか、ピーちゃんは一層野太い雄叫びを響かせた。ピーちゃんはピーちゃんという名前が気に入ってるらしい。
どうどう、とピーちゃんを落ち着かせているとき、アレクとフェイロンも姿を見せた。
「厄介なやつもいなくなったことだし、のんびり落ち着いて帰ろうぜ」
「そうですねー」
俺が話しかけると、アレクが言った。間延びした感じがラムみたいだった。
「おい、アレク。なんか話し方がラムに似てきてないか?」
「え、冗談ですよねー?」
「あ、ほら。なんか語尾を伸ばすところとか」
「うわー、嫌だなー」
「だめだこりゃ」
ラム化したアレクが竜車を発進させ、また移動が始まった。
練魔と魔纏の練習をして過ごしていたら、あっという間に夜になって宿に着いた。今日もフェイロンに色々教えてもらったが、何の成果もなくて気分が落ちた一日だった。
――王都を出発して二週間が経った。まだ砦には着いていない。行きよりも少しスローペースである。俺たちは今、あのシルバーベアのシチューを食べた銀熊亭にいる。
「今日はあのシチューないんですか……」
「そう簡単に食べられる代物じゃないって。あのときはラッキーだったんだよ」
夕食の席に着いたアレクがあまりにも落胆した様子なので、俺は慌ててフォローした。
「ベアというと熊だろ?この時期は冬眠しているのではないか?」
なるほど、フェイロンの疑問は最もだ。しかし、それはシルバーベアには当てはまらない。
「シルバーベアは冬眠しないんだ。むしろ冬の方が動きは活発で、雪に紛れて狩りをするためにその体毛が銀色になったという話を聞いたことがある」
「ほう、そうだったか」
フェイロンは興味深げに頷くと、続けてなかなか挑戦的なことを言った。
「そんなに食べたいのなら、狩って来ればいいではないか」
その言葉に、俺は固まってしまう。なにせ、シルバーベアと言うと、冒険者が十人がかりで仕留めるような強敵だからだ。しかも数は少なく、神出鬼没。そう簡単には仕留められない。
「せっかく魔纏が使えるようになったんだ。その力を試してみたくはないか?」
黙ったままの俺にフェイロンが言った。そうだ、俺は昨日ついに魔纏を習得したのだ。その力を使えば、シルバーベアと戦えるかもしれない。
「副長官、狩りましょう!」
アレクの目は燃えていた。飽くなき食への探求心が俺たちを突き動かした。
その日のうちに、一応、地元の冒険者ギルドに顔を出し、狩りの許可を得た。別に得る必要もないけど、あとでいちゃもんをつけられるのも面倒だからね。
さすがに夜に狩りは危ないということで、翌日の狩りに向けて、早めに休むことになった。
――翌日。
「むやみやたらに探したって見つかりっこないだろうけど、どうする?」
「うーん、見つけさえすればフェイロンさんが仕留めてくれそうですけど……」
俺たち三人は、シルバーベアの狩猟を成功させるため、顔を突き合わせて作戦会議をしていた。場所は銀熊亭だ。昼前のこの時間は人も少なく、都合がよかった。
「では、俺が見つけてきてやろう」
「え、どうやって?」
「そんなことできるんですか?」
「あ、ああ」
俺とアレクに同時に質問されたフェイロンは少し困り顔だった。だが、俺たちは本気なんだ。多少前のめりになるのも許してほしい。
「で、どうやって見つけるつもりなんですか?」
アレクは俺よりもはるかに前のめりだ。身を乗り出し、鼻息荒くフェイロンに方法を尋ねた。そんなに食い意地張ってたっけ。いや、普段食に執着がない人間ですら、再び食べたくなるほどあれは美味いのだ。
「簡単だ。走って森を片っ端から見て回ればいい」
「「は?」」
フェイロンの回答は、狂気じみたものだった。
善は急げということで、俺たちは銀熊亭のあるトービリの町から約一キロメトルにある森に来た。
「本当にできるんですか?」
「できるとも。魔纏は身体能力を著しく高める。ゆえに、これくらいの森ならば、一時間もあれば見て回れるだろう」
「そうですか」
ここまで強く言い切られてしまえば、いくら慎重で疑り深いアレクといえど認めるしかなかった。
「行ってくる」
フェイロンはそれだけ言うと、目にも止まらぬ素早さで姿を消した。いつ消えたのかわからない。まるで、呪龍と戦っていたときの中佐のようだ。もしかして、中佐も魔纏の使い手なのか?
――あれから三十分。フェイロンが帰って来た。思っていたよりも早い。
「見つけた。場所はここから二キロメトルほどある。移動しないとも限らないから急ぐぞ」
この言葉を聞くまでは、師匠であるフェイロンにこんな便利屋みたいなことをさせるのを申し訳なく思っていた。しかし、今はもうそんな気持ちは消し飛んでいた。今、俺の心を支配しているのは、圧倒的食欲である。
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