一縷の望み
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「それにしても不思議だな。普通、魔力ってのは空間に拡散していくんじゃないのか?」
温かくなった手を握ったり開いたりしながら、俺はフェイロン師匠に質問した。
「それはお前たちの思い込みだ。しかし、なぜそんな思い込みが広まったのかは知らん」
「ふーん。ま、別にいいか。早く魔纏を教えてくれよ」
考えても無駄なことは考えない。中佐から学んだ態度だ。考えるのが面倒くさいとかそういうわけではない。断じてない。
「それができたら魔纏は簡単だ。その集まってきた魔気が全身を覆うように引き延ばせ」
「ひ、引き延ばす?」
「わかるだろ?魔気を移動させる感覚だ」
「い、移動?」
「手の平に集めたのなら、それを手首、前腕、肘、上腕、肩と広げていくんだ」
「わ、わからねえ……」
ただ手がぷるぷると震えるだけで、何も変化がない。
「わ、わからないだと?そこまでいってできないのか?」
フェイロンも動揺している様子だ。何人も教えてきたフェイロンが動揺するんだから、これは相当な異常事態に違いない。まさか、俺はロウマンド式魔法だけならず、魔纏にも才能がないのか?
いや、まだ諦めちゃいけない。呪龍と戦って思ったんだ。自分の身を自分で守れるくらいには力をつけたいと。そのためにも、ここで食らいつくしかない。
「もうちょっと何か方法はないのか?コツっていうか」
「ないな」
「ないの!?」
「俺は魔纏の祖だが、魔纏の教育者ではないのだ」
「そ、そんな……」
フェイロンに素気無く即答され、俺の希望は絶たれた。神仙国でたくさんの人に魔纏を教えてきたフェイロンにも匙を投げられる始末。俺って何にもできないんだなあ。
「エルさん、ドンマイ」
ポンポンと俺の肩を叩きながら、ラムが言った。ラムは今、ざまあみろと思っているに違いない。
その日は適当な宿に泊まり、早朝には再び竜車の中にいた。今日の夜にはフロレンツに着く予定だ。
「エルさーん、元気出してくださいよー」
今朝出発してから一言もしゃべらない俺を見て、ラムが励ましの言葉を掛けてくる。
「ははは、俺は生まれがいいだけのカスなんだ」
「生まれがいいだけいいじゃないですかー。親のスネをかじって生きなさいよー」
「俺はかじるスネを分け与えてもらえねえんだよ!」
「そ、それはご愁傷さまです……」
俺のスーパーネガティヴパワーが、神経の図太さで右に出る者のいないラムですら押し黙らせる。
長男のジェイ兄はマラキアン家の次期当主、次男のケイ兄は南方前線で活躍する軍人で、長女は魔法の天才。俺だけだ、辺境の砦に閉じこもってスローライフとか言っているやつは。窓際を目指すというのだって、ただの現実逃避だ。情けなくて涙も出ない。
ちょっとだけ魔纏という未知の技に期待すれば、このザマ。ああ、早く砦の副長官室で毎日寝て過ごしたい。何も起きない平穏な砦に骨をうずめたい……
「エルよ、昨夜考えたのだが、初めから腕全体に魔気を集めることはできるか?」
諦めの境地に足を踏み入れようという俺を、フェイロンが引き戻した。
「というと?」
「だから、昨日は手の平に集めてから全身に広げようとしたが、最初から腕全体とかもっと広範囲に魔気を集めていれば、感覚が掴みやすくなるのではないかということだ」
「な、なるほど」
昨日俺ができないのを見て、夜中一人で考えてくれたとか、お前いいやつすぎるだろ!
「魔気を集めるのは得意なようだから、試してみる価値はあるんじゃないか?」
弟子が諦めかけても、見捨てず引き上げてくれる。フェイロン、お前は最高の師匠だ!
「師匠!」
鼻のあたりがツーンとして、何か込み上げるものがある。
「なんだ?」
「ありがとうございまずううう!」
感情を抑えきれず、俺は涙を流しながら感謝を伝えた。
「気持ち悪い顔だな」
フェイロンのその一言で、感涙は一瞬にして枯れた。
「と、とにかく、やってみます」
「そうしろ」
十数時間後――
「肘から先に魔力を集められました!」
腕全体を魔力で満たすことはできなかったが、肘から指先に魔力を溜めることに成功した。昨日とは違い、確かな手ごたえを感じていた。これを続ければ、いずれ全身を魔力で覆うことができるかもしれない。
「よし、今日はそれくらいでいいだろう。まだ旅は長い。焦らずやれ」
「はい、師匠!」
俺とフェイロンとの間には、師弟関係が生まれていた。技の師匠でもあり、もはや人生の師匠とも言えるレベルだ。……それは言い過ぎか。
魔力切れ寸前特有の頭がぼんやりとする感覚が、爽やかな疲労感となって眠気を誘う。そろそろフロレンツに着くみたいだし、それまで――
「……さん、起きてくださーい。エルさん、起きてー!」
首がガクンガクンと揺らされている感覚で目覚める。ラムが両肩を掴んで俺を揺さぶっていた。痛い痛い。目合ってるじゃん。起きてるってわかってるじゃん。やめてよ。
「起きたからもうやめて」
「起きてぇぇぇ、エルさぁぁぁぁん!」
「起きてんだよ」
そう言ってラムの脳天に手刀をかます。
「いてっ」
「着いたのか?」
「あ、はい。着きましたよー。これでお別れですー。寂しいでしょ?」
竜車の席に横たわる俺を見下ろしながら、小首を傾げてラムが言った。
「いや、別に。なんか、お前ってどこにでもいそうだし」
「いつでも心の中にいるってことですかー?」
「もういいもういい、面倒くさい」
ラムを手で追い払いながら竜車を降りる。
「チッ」
舌打ちが聞こえてきた気がするが、今日でお別れだから大目に見てやるか。
「じゃ、私は泊まる先が決まってるので、さようならー!」
片足で器用にクルッと半回転して、その台詞を最後にラムは走って行ってしまった。
「掴みどころのないやつだったな」
ちょうど竜車から降りてきたフェイロンが言った。
「俺もいまいちよくわかってないんだよ。あいつ、何してるんだろ」
「気の赴くままに生きているのは、間違いないでしょうね」
「そうだな」
アレクの言葉に同意し、人混みに紛れていくラムの背中を見送った。
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気づいたら二か月連続更新していました。月日の流れが怖いですね。