さらば、クソふるさと
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大聖堂の見学を終えて、俺とアレクは中佐へ出立の挨拶をしに行った。中佐には「そうか」と言われただけだったが、それが中佐のスタンダードだとわかっていれば何ら怖がる必要はなかった。
中佐に挨拶しに行ったとき、一つ驚いたことがあった。それは、軍本部がほとんど再建されていたことだ。宮廷魔術師の力を借りることにより、スピード修復を可能にしたらしい。応援の軍人たちは、主にがれき除去などに割かれていた。
その後はまっすぐ王都最北の門まで来た。王都に入ってくるときに使ったのと同じ門だ。これから城壁の外へ出ようという人々が長蛇の列をなしていて、門までは距離がある。俺たちは最後尾に位置していて、王都から出るまではまだまだ時間がかかりそうだ。
「出て行く人もけっこう多いんですねえ」
目の前に伸びる人の列を見て、アレクが愚痴っぽく言った。これから長い間並ぶことに辟易としているのかもしれない。
「あれはたぶん、例のジーズ教の人たちだろ?」
「そういうことですか」
「俺が砦へ行くときはこんなにいなかったからな」
「入って来たときみたいにスルーできないんですか?」
俺の予想通り、アレクは眼前の大行列を嫌がっているようだった。
「できなくはないだろうけど、そんなに急いでもしょうがないだろ」
「帰って仕事したくないだけなんじゃ?」
「いや、帰ってもろくに仕事ないし」
「最低ですね」
「上司にそんな口きくんじゃねえ」
「こんなこと、副長官以外には言いませんよ」
副長官以外には言いませんよ、って文脈によってはときめく台詞なんだけどなあ。この文脈では、まったくときめかない。
「失礼だが、ソーン砦の者か?」
アレクとの会話が途切れたちょうどそのとき、そんな声が聞こえてきた。誰が話しかけてきているのか扉の窓から探しても、人影は見当たらない。それにしても、なんで俺たちがソーン砦の人間だとわかったんだろう。
「そうですけど、何か御用ですか?」
「乗せてくれないか?」
「ちょっと、副長官に聞いてみないと……」
どうやら、声の主は御者台にいるアレクに話しかけているらしかった。
「副長官、この竜車に乗りたいという方がいるんですけど」
アレクは律儀に俺に確認してきた。そんなのその場で断ってくれていいのに。
「声からしておじさんでしょ?やだなあ」
「まだギリギリお兄さんだと思うんだが、この国では違うのか?」
御者台の方からその男がそんな台詞とともに、竜車の中を覗き込んできた。黒髪に黒い瞳、少し焼けた肌をしていた。髪や肌のツヤからして、たしかに若そうではある。俺と同い年くらいだろうか。どっかで見たようなやつだ。
しばしの沈黙の後、竜車のドアがノックされた。男はまだこちらを覗き込んでいるから、あの男とは別の人間だ。
「はい、どなた様?」
少し乱暴に扉を開けた。
「す、すみません。お取込み中でしたか?」
竜車の外にはシルヴィエが立っていた。俺が勢いよく扉を開けてしまったため、少し驚いていた。
「あ、ああ、いや。大丈夫だよ。いきなり開けてごめん。どうかした?」
「いえ、もう出てしまうと聞いたもので、ご挨拶を」
「そうか、わざわざ悪いね」
わざわざこんなところまで見送りに来てくれるとは、出来過ぎた妹である。両親や兄たちも見習ってほしい。いや、別に見送りに来てほしいとかじゃないけど。
「また帰ってきてくださいね?」
「シルヴィエに会いに帰ってこよう」
王都には他に用事もないし、そう答えるほかなかった。
「楽しみにしています!」
「おう」
「それでお兄様。そこにいる男を竜車に乗せるのですか?」
シルヴィエは少し声を潜めて言った。
「え、そのつもりはないけど」
「できれば、乗せていただけませんか?」
なんてこった。俺がこの男を見捨てるだろうことを予期し、かわいそうなこの男を救ってくれということか。シルヴィエはなんて優しい子なんだろう。見ず知らずの男にまでそんな慈悲を――
「あの男が闘技場でミノタウロスと戦っていたときに使っていた魔法について、聞き出してほしいんです」
「え?」
全然優しさとかではなかった。ただの好奇心によるものだったらしい。いや、そういうところも好きだよ、うん。
というか、あいつってあの素手の男だったんだ。どっかで見たことはあると思ったけど。
「ダメ、でしょうか?」
いつまでもちゃんとした返事をしない俺に、シルヴィエはダメ押しを仕掛けてきた。俺は竜車の中で座っていて、シルヴィエは外に立っている。それによって生まれた高低差は、シルヴィエのかわいらしい上目遣いを生み出していた。そしてその上目遣いは、俺の面倒くさいという感情を氷解させるのに十分だった。
「アレク、その男を乗せてやれ」
「いいんですか?」
「ああ」
男は乗りこむなり、ジン・フェイロンと名乗った。フェイロンの方が名前らしい。奇妙な魔法の使い手であることや聞き馴染みのない名前から何となくわかっていたが、やはりこの国の人間ではなく、スイートランドよりもさらに東にある神仙国の者だという。
この国に来た理由は、武者修行。神仙国を出て、歩いて二年かけてここまで辿り着いたらしい。普通なら嘘だと言いたくなるが、コロッセウムでのあの試合を思い出すとそんなことは言えなくなる。
神仙国から我が国に入るには、相当な遠回りをしない限り、ソーン砦を通らならければならない。このフェイロンもソーン砦を通って来たのだろう。だからこの隊服に見覚えがあって、御者台にいるアレクに乗せてくれと頼んできたのだ。
「では、お気をつけて。アレクさんも」
とうとう俺たちに順番が回ってくると、シルヴィエは俺たちをそうして送り出してくれた。
「行ってくるよ」
「ありがとうございます」
俺とアレクはそれぞれ言葉を返した。激動の数日が嘘のように静かな別れだった。
「次に帰って来たとき、お話を聞かせてくださいね」
「任せとけ」
本当に竜車が出る間近、シルヴィエが言った。お話とは、フェイロンが使う魔法の話のことだろう。フェイロンから魔法のことを聞き出すとなると、これは帰りの旅路も退屈しなさそうである。
「じゃあな」
俺はクソふるさとに別れを告げた。
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