大聖堂リベンジ
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明かりになるものは簡素なロウソクランプしかなく、それを点けたところで心許ない。それでも、この部屋の全容を把握するのには十分だった。ロウソクランプの他には、丸テーブル一台、背もたれのない椅子二脚、ベッド一床が置いてあるだけの簡単な部屋だったからだ。
「副長官がベッド使ってください。私は床で寝るので」
部屋にベッドが一つしかないことが明らかになると、アレクが言った。だが、女の子を寒い冬の床で寝かせるわけにはいかない。それをそのまま言うのは何となく憚られたので、適当な理由をでっち上げる。
「いや、お前が使えよ。俺がベッド使ったら、部下に床で寝るのを強要したみたいじゃん」
「そんな理由なんですか?」
こいつ、鋭いな。もしかしてバレた?目論見が看破されたかもしれないと思うと、少し恥ずかしくなってムキになってしまった。
「そんな理由って、何が言いたいんだよ」
「女の子にベッドを使わせてくれるのかなって」
「あー、全然考えてなかったわ、そんなこと」
俺は内心バックバクだったが、余裕を演出した。対してアレクはニヤニヤしている。これは、遊ばれているのか?
「そういうこと考えられないって、意外と女性慣れしていないんですね」
「ち、ちげーし!慣れてるし!」
「じゃあ、二人でベッドを半分ずつ使いましょうか」
「え?」
「慣れてるんですよね?」
結局、一人用ベッドに二人で入った。ベッドは左側が壁に付くように設置されていたので、俺は壁を向いて横になった。アレクは俺の背中側にいることになる。たぶん、背中合わせだ。
一緒にベッドに入ることが決まってからもひと悶着あったのだが、それを思い出すと大変なので、頭からなんとか排除する。
お互い半日歩きっぱなしで、風呂にも入っていない。いくら冬だと言ったって、汗をかいていないわけないだろう。しかし、アレクの方からそういう類の匂いはしない。
そうなると、俄然自分の匂いが気になってくる。俺は大丈夫だろうか、とスンスン鼻を鳴らしていたら、アレクからうるさいと注意されてしまった。
しばらくしてアレクの寝息が聞こえてきて、自分の匂いを気にしなくてもよくなると、俺も眠気に身を任せることができた。
翌朝早く、俺はアレクが目覚めるよりも先にベッドから降りていた。王都までの旅路では、いつもアレクの方が早起きだったが、今日は珍しく逆だった。眠りが浅かったのかもしれない。
朝食は二人揃っておばちゃんの店で食べた。開店前だというのに、出来立てを出してくれた。割引はしてくれないが、こういうことはしてくれるらしい。早朝からミートパイをちょっと重いが、味のよさのおかげで難なく食べられた。王都滞在五日目だが、寝込んだ一日を除いて、毎日食べている気がする。短期間に大量に食べ過ぎてて、ちょっと記憶が曖昧だけど。
「この時間ならまだ大聖堂に人はいないはずだし、さっさと見て来よう」
「それがいいですね」
このやり取りを最後に、無言で付け合わせのスープを流し込み、店を出た。もちろん、おばちゃんにごちそうさまを言ってからだ。そうじゃないと、怒られちゃうからな。
店からピーちゃんのいるところは近いので、ピーちゃんに乗せてもらうことにした。これで大聖堂を見たらすぐに帰れる。朝早いせいでピーちゃんの動きはノロかったが、歩くよりは速い。
「昨日とは大違いですね」
広場付近になると、御者台にいるアレクが言った。俺からはまだ見えないが、アレクが言うんだからそうなんだろう。
「あのお祭り騒ぎも終わって、まだ朝早いしな」
「こんな時間から入れるんですか?」
「一般開放みたいなのは七時だったと思うな、たしか」
「じゃあ、少し待たないとですね」
「金を積めば入れてくれるんじゃないか?」
「そういうの、よくないと思います」
「す、すまん」
秘密が多い割に、確固たる倫理観を持つ部下に止められ、ちゃんと大聖堂が開くのを待つことにした。まあ、待つと言っても、二十分くらいで別に苦ではない。何よりも、昨日とは違って大聖堂内に入れるのだから。
「一応、何時に開くか聞いてきますね」
御者台から降り、アレクが正門前にいる警備に聞きに行った。数十秒後、竜車の扉がノックされる。アレクだ。
「もう入っていいみたいです。神は寛容だとか何とか」
「ほーん、さすがはジーズ神だな」
「言い方に悪意を感じますね」
俺たち以外に誰も観光客のいない大聖堂は、冬の早朝の空気も相まって、顔が引きつってしまうほど静謐な空気に満ちている。その空気に当てられ、二人とも三分以上は入り口付近に立ち尽くして黙ったままだった。
「大声出しちゃダメだぞ、摘まみだされるから」
ようやく慣れてきた俺は、アレクに耳打ちした。
「なんだか実感の籠った言葉ですね」
こいつ、やっぱり鋭いな。
「……正解だ。兄と喧嘩して二人して摘まみだされたことがある」
「そうでしたか」
小声で話しながら、奥へと進んでいく。
壁にはよくわからない巨大天使像がいくつも埋め込まれており、高い天井はこれまたよくわからない幾何学模様が連続している。どの柱にも漏れなく精緻な彫刻が施されており、細部への妥協といったものは一切見られない。建築への執念を感じる作りになっている。この王都において、唯一王宮を凌ぐ建築物ではないだろうか。まあ、建築された年代の違いとかもあるかもしれないけど。
やがて俺たちは、大聖堂の中央部、半球状になった屋根の下に来た。ドーム型のこの部分は、大聖堂の象徴的存在である。ここは天井とはまた違ったデザインが施されている。しかし、残念ながら俺にはそれが何を意味するのかまったくわからない。シルヴィエと一緒に来ていれば、何か解説してくれたかもしれないと思うと、アレクには少し申し訳なく思う。
奥の方にある祭壇と司教座は、この大聖堂内でも屈指の複雑な機構を呈しており、何がなんだかわからない。でも、アレクが鼻息荒く興奮した様子で見ていたので、俺はそれで満足だ。
「他のところも見ていいですかね?」
入ってすぐの大空間をひとしきり見終わると、アレクが言った。
その後、俺たちは隅々の小部屋まで探索した。俺も見たことのない場所まで見れて、俺自身も満足のいく見学だった。途中からは他の観光客も入ってきて大聖堂の厳かさは緩和され、俺たちも軽い談笑をしながら見ることができた。
「副長官、お付き合いいただきありがとうございました!」
大聖堂を出るときには、アレクは非常に満足気な表情をしていた。俺もその顔を見て、頬が緩んでしまう。
「副長官」
少し居住まいを正してアレクが言った。緊張しているのか、唇を固く結んでいる。何その雰囲気、こっちまでちょっと緊張しちゃうんだけど。
「なんだ?」
俺は努めて冷静に答えた。こういうときは、相手が言いやすい空気を演出しなければならないから――
「ちょっと顔が気持ち悪いです」
年の瀬を感じさせる、冷たい風が吹いた。
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