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部屋は一つ

読んでくださってありがとうございます!

 四人の集まりは解散し、俺とアレクは宿屋を探して王都をぶらついていた。

 

 「本当に家に帰らなくてよかったんですか?」

 

 「ああ、いいのいいの」

 

 アレクは俺の家のことを気にしてくれている。実際に俺が実家でよく思われていないのを目の当たりにしたからだと思う。

 

 「私も訳アリですからね、あんまり言えませんけど」

 

 アレクは自嘲気味に言った。あのとき以来、俺しかいないときには、一人称が私になっている。私だろうが、自分だろうが、別にどっちでもいいから気にしないけど。

 

 「訳アリってどんな?」

 

 気になってはいたので、きっかけができたのをいいことに軽く探りを入れてみる。

 

 「ふふ、秘密ですよ。まだね」

 

 こうしていたずらっぽく笑うアレクは、女の子にしか見えない。普段はしっかり男なのに、不思議なやつだ。そして、俺はいとも容易くあしらわれてしまった。

 

 「――で、それはいいとして。宿どうするんですか?もう二時間はウロウロしてるじゃないですか」

 

 アレクは急に現実を突きつけて来る。そう、アレクの言う通り、俺たちはこの広い王都を二時間以上彷徨っている。宿が見つからないからだ。

 

 「さっきの宿屋の受付の人が言っていたことが本当なら、宿を見つけるのは骨ですよ」

 

 「だよなあ……」

 

 さっきの宿屋の受付の人が言っていたこととは、王都近辺から大聖堂へ来た人たちが宿に泊まっているという話のことだ。呪龍討伐を祝して、大聖堂に来たついでに観光していこうという魂胆らしい。

 

 さらに、軍本部復旧のために応援が駆けつけていて、その人員も宿屋を利用しているという話も聞いた。中佐は俺たちに観光してもいいと言ってくれたけど、それを聞くとちょっと申し訳なくなる。

 

 「このまま見つからなかったらどうするんですか?」

 

 アレクの心配も最もだ。しかし、まだこの広い王都にはいくつも宿屋残っている。

 

 「あそこへ行ってみよう」

 

 やって来たのは、コロッセウムから東へ数百メトルにある大きな建物。軍本部にも負けるとも劣らない大きさで、外観の装飾だけなら王宮にも負けない。とにかく派手に豪華にしようという考えが透けて見える、趣も何もない建物だ。

 

 「この建物なんですか?王族の別宅とか?」

 

 「違う。宿だ」

 

 「宿!?」

 

 まだ人の多い通りでアレクは大声を出した。集まる注目に身を縮こまらせている。

 

 「ほ、本当に言ってるんですか?」

 

 「本当だとも。あまりにも高いから、今まで選択肢から外していたけど」

 

 「高いって、どれくらい……?」

 

 「砦の一般隊員の給料で言えば、三か月分だな。一人部屋、一泊、食事なしでだ」

 

 「な、ぼったくりじゃないですか!そんなにお金持ってませんよ!」

 

 「だから今まで来てなかったんだろ。部屋が空いていれば奢ってやるよ。家の金で」

 

 「実家嫌いのくせに、実家の力使いまくりじゃないですか」

 

 「うるせえな、利用できるもんは利用するんだよ。それが悪魔だろうとな」

 

 「副長官が悪魔なんじゃ……」

 

 「行くぞ」

 

 アレクからの悪口は無視し、目の前のギラギラした宿へ入る。そして数分後、俺たちはまた寒空の下にいた。

 

 「あー!ここも空いてねえのかよ!」

 

 「空いてなかったのは仕方ないとして、あの受付の人、嫌な感じでしたね」

 

 アレクは受付の態度に腹を立てているようだった。部屋は空いているかと尋ねた際の最初の答えが、貧乏人は帰れ、だったのだから仕方ないだろう。こんな灰色の隊服に袖を通しているときにはみすぼらしく見えるものだが、さすがにひどい。

 

 「しかも、泊っているのはほとんどジーズ教徒のお偉いさんだと言ってたじゃないですか」

 

 「何を持ってして清貧って言うんだろうな」

 

 「本当ですよ!」

 

 アレクがこんなにプンスカしているのは珍しい。少なくとも、一か月弱行動を共にしてきて初めてのことだと思う。

 

 「それで、また振出しに戻っちゃいましたけど、まだ当てはあるんですか?」

 

 それでもアレクは気を取り直して、頭を宿探しモードに切り替えてくれた。

 

 「うーん、宿自体は他にもあるけど、こんなぼったくり宿まで埋まってるとなると……」

 

 正直、金で問題を解決するつもりだったのだが、金でもどうにもならなそうである。いや、そこら辺の宿に金を積めば、宿泊者を追い出すことくらいは可能か。

 

 「えー、このままじゃ、凍え死んじゃいますよ」

 

 アレクは手に息を吹きかけ、擦り合わせながら言った。もう日が沈んでからだいぶ経つし、寒さが厳しくなってきたのは確かだ。

 

 「もう、奥の手を使うしかないな」

 

 「奥の手?」

 

 「できれば使いたくなかったがな……」

 

 本当に使いたくなかった手段であるため、自然と声が暗くなってしまう。

 

 「な、何をする気ですか?」

 

 そんな俺の様子を見てか、アレクもどこか深刻そうに聞いてくる。

 

 「まあ、行けばわかる」

 

 俺はそれだけ答えて、また歩き出した。そこに着くまでは、またかなり歩くことになる。

 

 「え、まさか、ここですか?」

 

 「ああ、残念ながらここだとも」

 

 目的の建物に着いたとき、アレクは困惑した様子で言った。それに対して、俺は苦々しく答えるしかない。建物の入り口の扉を開けると、そこにいたのはおばちゃん。

 

 「あれえ、また来たのかい?もう閉めるつもりだったんだけど」

 

 「ちょっと、頼みごとがあってね」

 

 「言ってみな」

 

 「泊めてくれない?」

 

 俺からの頼みに、おばちゃんは一瞬固まってしまった。が、すぐにいつもの朗らかさを取り戻した。

 

 「あはははは!さては坊っちゃん、お家に帰りたくないんだね?いいよ、泊めてやるよ」

 

 「本当か!?ありがとう!」

 

 恥を忍んでここへ来たかいがあった。おばちゃん、これからも贔屓にさせてもらうよ!

 

 「部屋は一部屋しかないけど、そちらも軍人さんで、男だし、別にいいよね?」

 

 「「え」」

 

 おばちゃんの衝撃発言に、俺とアレクは茫然としてしまう。おばちゃんはそんな隙だらけの俺たちの後襟を掴み、そのまま階段をドシドシと登り、俺たちを部屋にぶち込んだ。

 

 「じゃ、また明日な!」

 

 俺たちが何も言う間もなく、扉はバシンッと派手に閉められる。

 

 「副長官、どうします?」

 

 「う、うーん……」

 

 月明りしかないほの暗い部屋で、俺たちはしばし見つめ合うだけだった。


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