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試合終了

読んでくださってありがとうございます!

 男が自分の背丈よりも大きな斧を片手で受け止めている。ミノタウロスが足を踏ん張っているところからして力を掛けているようだが、男はビクともしない。呪龍が目の前で再生したときくらい意味がわからない光景だった。会場も歓声というより、どよめきに包まれていた。

 

 「ど、どうなってるんですか!?」

 

 ラムも例に漏れず混乱していた。さっきから情緒が不安定だ。しかし、そうなってしまうのにも一定の理解を示せるほど、試合は急展開を迎えていた。斧を受け止めるとかいうそんな荒業ができるということは、もうミノタウロスの攻撃は一切通用しないということだからだ。なんで最初からそうしていなかったのかは謎だけど。

 

 「やっぱり、あれは魔法ですね」

 

 「そう言われても、なかなか理解しがたいんだけどね」

 

 砂埃が晴れてからシルヴィエが喋ったのは、これが初めてだ。それによると、あの男は魔法によって斧を受け止めているという。魔法と言っても、ロウマンド式魔法の火、水、風、土のどの属性にも当てはまらないように見える。

 

 「ええ、ロウマンド式ではありませんから」

 

 「やはりそうか」

 

 シルヴィエの言葉によって、俺の見立てが肯定された。今日の俺は冴えている。予想が的中しまくりだ。

 

 「魔力そのものを身体に纏う魔法のようです」

 

 「なるほどな」

 

 シルヴィエが言っているんだから間違いないだろう。魔力を纏うとどうしてあんなことができるのかはわからないけど。

 

 そこからの試合の展開は圧倒的だった。まず、男はその場から消えた。いや、俺は消えたと錯覚した。実際には、まばたきにも足りないほどの時間でミノタウロスの背後に移動していたのだ。

 

 男を叩き切るべく斧に力を加えていたミノタウロスは、男という支えを失ったことで、前のめりになって体勢を崩す。その背後に移動していた男は、ミノタウロスの膝裏をめがけて肘打ちした。

 

 半人半牛と言っても、骨格は人間に近い。膝の裏から思い切り打撃を食らったことにより、ただでさえ崩れかけていた姿勢は完全に崩壊した。ミノタウロスが前向きに倒れていく。

 

 男は倒れゆくミノタウロスの背中を走り、首元まで迫った。そして、ミノタウロスが完全にうつ伏せになると同時に、男はその拳をもって首筋に痛恨の一撃を放った。試合が終わった。

 

 あまりにあっという間の出来事だったため、観客たちは理解が追いついていなかったようで、会場にはしばらく無音の時間が流れていた。


 横を見るとラムの口が開きっぱなしになっている。顎が外れてしまったのかもしれない。そっとラムの顎に触れると、ラムは顎が外れていることを自覚したのか、顔を歪めた。

 

 「あー、あー!」

 

 ラムはこっちを見て言葉にならない声を上げて、自分の顎を叩いていたので、一思いに顎を元に戻してやった。

 

 「あ、ありがとうございます。初めて顎外れたんですけど、意外と痛いんですねー……」

 

 「俺もその痛みはわかるぞ」

 

 訓練学校時代、顔を殴られた拍子に顎が外れたことを思い出して、身震いした。

 

 ラムの顎が元通りになったころには、観客たちも状況を理解して、コロッセウムが割れるのではないかと思うほどの大歓声が響き渡っていた。ラムも直った顎を早速大きく開けて叫んでいる。俺、シルヴィエ、アレクはその声に、耳を塞いで耐えるだけだった。

 

 「ミノタウロスちゃんが負けちゃったのは残念ですけどー、いい試合が見れましたよー」

 

 コロッセウムから出てからはその辺をウロウロした。日が沈んできたころ、みんな腹が減ったということで、またまたおばちゃんの店に行くことになった。その道すがら、俺たちの先頭を行くラムが振り返って言った。

 

 「そうですね。私としても、新たな魔法の可能性を見ることができて有意義でした」

 

 シルヴィエがラムに答えて言った。シルヴィエの興味は、試合そのものよりも男が使った魔法にあるらしい。

 

 「見るとこそこじゃないと思いますけどー」

 

 「娯楽の楽しみ方なんて、人それぞれでしょう?」

 

 「ミノタウロスちゃんの雄姿を見てほしかったんですよー」

 

 「負けてたじゃないですか」

 

 シルヴィエの一言がラムを撃沈させた。いい試合が見れたとは言っていたが、お気に入りが負けたのは悔しかったのだろう。千切れそうなほど肩を落としている。

 

 「ミノタウロスは死んだわけじゃないし、また試合は見れるんじゃないか?」

 

 俺がそう言うと、ラムはハッとしたような顔をする。

 

 「それもそうですねー!いつかリベンジしてほしいですー!」

 

 もうさっきまでの暗さは掻き消えていた。切り替えの速さは凄まじく、武器は斧じゃなくてーとか、人間みたいに防具をつけるのもアリですかねーとか、一人でブツブツ言いながら次の試合のことを考えていた。

 

 「あんたら、よく飽きないねえ」

 

 おばちゃんの店に着くと、呆れ顔で迎えられた。客商売なんだから、嘘でも笑顔で出迎えた方が得だと思うんだけど。他の客だっているし。

 

 「飽きませんよー、こんなに美味しいんだからー」

 

 ラムが言った。少し演技がクサい。

 

 「アハハ、おだてたって負けてやらないからね!」

 

 「そ、そんなこと考えてないですってー。ねー、エルさん?」

 

 ラムは図星といった様子で、俺に話を振ってくる。どうせ負けるから、俺はおばちゃんとはなるべく言い合いをしないようにしているんだから止めてほしい。

 

 「あ?俺は考えてないぞ。おばちゃんが負けてるところなんて見たことないし」

 

 「坊っちゃんは金持ってるんだからいいだろ!」

 

 「常連客に対して何かあってもいいとは思うけどね」

 

 「考えとくよ」

 

 考える気のない人の「考えとくよ」をいただいた。そんなやり取りの後すぐ、もはやお馴染みとなったミートパイが運ばれてくる。一口いただくと、相変わらず美味い。

 

 「もう、明日お帰りになるのですよね?」

 

 食事中、シルヴィエが唐突に言った。

 

 「明日、大聖堂を見たら帰るよ。見られるかわからないけど」

 

 「今日はどちらにお泊りになりますか?」

 

 「軍本部は潰れちゃったしなー。適当な宿に泊まるよ」

 

 兄には遠回しに死ねと言われたし、家に帰る気にはなれない。

 

 「残念です……」

 

 シルヴィエにシュンとされると弱ってしまうが、帰りたくないものは帰りたくないのだ。

 

 「エルさんは頑固ですねー」

 

 「副長官って、そういうところありますよね」

 

 外野二人にも何か言われている。まあ、たしかに家族といつまでもいざこざを抱えてるってのは、よくないかもな。でも、俺は――

 

 「家には帰らないったら帰らない!」

 

 問題解決を先送りにするのは、俺の得意技なのだ。それがどんな類の問題であろうと。


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