表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/156

ミノタウロスと素手の男

読んでくださってありがとうございます!


 「どうしたんだ?」

 

 「あの人、見たこともない魔法を使っています」

 

 我々に背を向けて立っている男に、見た目の変化はない。火が出たり、風が吹いたりしているわけでもない。では、あの男はいったい何をしているというのか。

 

 「いえ、あれが魔法なのかすらわかりません……」

 

 シルヴィエはそう続けた。ロウマンド式魔法に誰よりも精通しているシルヴィエがわからないということは、もしかするとロウマンド式ではない魔法か?

 

 シルヴィエ曰く、男は何かを仕掛けようとしているらしいが、今のところ男にもミノタウロスにも動き出す気配はない。膠着状態が続いて、一分ほど経っただろうか。観客席からもブーイングらしきものも聞こえ始めた。

 

 それを聞いてかどうかはわからないが、ミノタウロスが何度目かの攻撃を仕掛けるようだ。最初と同じように斧の先端を下に向け、男に向けて突進した。男が俺たちの席側にいるため、ミノタウロスが近づいてくる形になる。大迫力だ。

 

 「あれじゃー、また躱されちゃいますよー」

 

 ラムもすでに男の実力は認めているようで、さっきと同じ攻撃は男に通用しないだろうことを予想していた。

 

 しかし、ミノタウロスもそのことはわかっていたようである。さっきとまるきり同じ攻撃ではなかった。斧を振り上げると見せかけて、そのまま斧を投げ放ったのだ。回転しながら男へ迫る巨大な斧。

 

 ミノタウロスが自ら武器を捨てるとは思っていなかったのか、男もこれまでの余裕の回避とはいかなかった。咄嗟に横に飛んで、転がりながら回避する。そのとき、男の足から何かが飛んでいったように見えた。男の足が切断されたのかと思いもしたが、男がすぐに立ち上がって構えたところを見ると、履いていた靴の一部が斧によって削り取られたようである。危機一髪といったところか。

 

 そして標的を失った斧は、真っ直ぐこっちに飛んでくる――

 

 「え!?こっちに来るじゃん!」

 

 俺が叫ぶと、ラムが真っ先に頭を抱えて伏せたので、俺も真似して伏せる。シルヴィエも同時に伏せた。シルヴィエの隣のアレクも伏せていることだろう。が、衝突音のようなものは一向に聞こえてこない。不審に思って顔を上げても、斧がどこにも見当たらない。

 

 「あ、あの斧どこ行ったんだ?」

 

 「下に落ちているみたいですねー」

 

 身を乗り出して、席の下をのぞき込んだラムが言った。

 

 「結界で止められて、下に落ちたみたいですね」

 

 シルヴィエの推測を聞いて納得する。コロッセウムの結界は、一度発動すると解除するまでは何も通さないようになっているらしい。観戦しに来たことは何度かあるが、こんな経験をしたのは初めてだったので、子供みたいにビビってしまった。

 

 「エルさん、めちゃくちゃビビってましたねー」

 

 口元を歪めて、ラムが煽り口調で言ってくる。普通に腹が立ったので、つい反応してしまった。

 

 「うるせえ!真っ先に伏せてたやつに言われたくないね!」

 

 「危機回避能力が高いだけですー!」

 

 「はあ?実際には結界があって危機じゃなかったもんねー!」

 

 「聞こえませーん!」

 

 聞こえませんというのは、事実上の敗北宣言。つまり、俺の勝ちだ!

 

 「お二人とも、他のお客さんに迷惑ですよ?」 

 

 シルヴィエの忠言によって、二人ともが敗者であることを思い知らされる。俺とラムは口を噤んだ。

 

 「こうなると、男にも勝機がありますかね」

 

 俺たちの口喧嘩に何も関心がない様子で、アレクが冷静な口調で言った。たしかに、あの大斧はミノタウロスに有利に働いていたはずだから、ここから戦局が男に傾いてもおかしくない。

 

 「でも、あれは何をしているんでしょう?」

 

 アレクの言葉につられて試合に目を戻すと、男はミノタウロスに向かって手を振ってから、俺たちの席のほぼ真下にある斧の方を指さす動きを繰り返している。まさか、ミノタウロスに斧を拾わせようとしているのか?

 

 そして、珍しく俺の予想が正解だった。ミノタウロスはすごすごとこちら側に歩み寄って来る。つまり、斧を拾おうとしているのだ。男は妨害する様子も、不意打ちする様子もない。

 

 「あのヤロー!舐めた真似しやがって!」

 

 ラムはそのツインテールが逆立つ勢いでブチ切れている。男がミノタウロスに情けを掛けたことが気に食わないらしい。ミノタウロス自身がその情けを受け入れているのだから、そこまで怒らなくてもいいと思うんだけど、ラムとしてはもっと本気で戦えってことなんだろう。

 

 両者の間に距離が空き、再び膠着状態に陥ると思われたとき。今度もミノタウロスによって、それが破られた。一歩でぐんと加速すると、これまでにない速度で一気に距離を詰める。そして、大上段から斧を振り下ろした。

 

 闘技場の地面が砕かれ、辺りに破片と砂埃が舞う。おそらくだが、これは目くらましの一撃。本命の攻撃はこれからだと思う。現に、砂埃の中で何かが激しく動いているのがわかる。その度に砂埃が舞って、よく見えない。地面を土魔法か何かで固めてほしいもんだな。

 

 徐々に砂埃が晴れていく。これはつまり、砂埃の中で動きがなくなったということだ。どうなったんだろうか。数秒の時間がとても長く感じられる。

 

 「少なくとも、あの人は死んでいませんよ」

 

 砂埃が消える前に、シルヴィエが言った。男が使っている正体不明の魔法を感知しているのだろう。それならば、ミノタウロスはどうなっているのか。また男がすべての攻撃を躱したのだろうか。

 

 だが、やがて視界が鮮明になると、そこには理解しがたい光景があった。男がミノタウロスの斧を、片手で受け止めていたのだ。


感想お待ちしております!

誤字訂正等もあれば、お知らせください。

ブクマ・評価ありがとうございます!励みになります!


次も読むよ、という方がいらっしゃれば、ぜひブックマークや評価をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ