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試合開始

読んでくださってありがとうございます!

 男は手に武器を持っていなかった。拳に何かを装着しているわけでもなさそうである。完全なる素手だ。

 

 「えー、ミノタウロスちゃんを舐めすぎですよー」

 

 ラムはあの男――アナウンスされた名前はよく聞き取れなかった――が気に食わないらしい。たしかに、無敗のミノタウロスに挑むのに武器なしというのは、ミノタウロスを舐めている思われても仕方がない。

 

 「あ、来るみたいですよ!」

 

 アレクが興奮したように言った。会場から大歓声が上がる。対戦者の男が出てきたときとは、比べ物にならない声量だ。この巨大なコロッセウムが揺れているかと錯覚してしまう。

 

 そんな大歓声に紛れて、足音が聞こえてきた。今ちょうど、俺たちの真下を通過しているのがわかる。どうやら、俺たちの真下にある入場口から出て来るらしい。そして、その姿が露になっていく。

 

 俺たちのいる席からは、まず角が見えた。次に頭、肩……と上から順に見えていく。赤みがかった獣毛の一本一本までが見えるほど近い。全身が見えるようになったが、ミノタウロスは膝を少し曲げ、猫背だった。まあ、牛が猫っておかしな話だけど。


 少し進んでからミノタウロスが身体を伸ばすと、角の先端がちょうど俺たちの目線に来るくらいの高さになった。このVIP席って、高さ五メトルくらいはあるよな?ミノタウロスでっけえ……

 

 「ンモオオオオオオォォォ!」

 

 ミノタウロスが手に持つ大斧を天に突き上げ、咆哮を上げた。あまりの大音量に、手で耳を塞ぐ。獣的な咆哮であったが、動作は人間的であり、理知すら感じさせた。男とミノタウロスの間にはまだ距離があるが、このミノタウロスの迫力は彼にも十分伝わっていることだろう。咆哮に合わせて、男は両腕を胸の前に構えて戦闘態勢を作った。

 

 それを見たミノタウロスが男に突進することによって、試合が始まった。一人と一体の距離がみるみる詰まっていく。男は動かない。ミノタウロスの一撃を受ける姿勢に見える。両社の距離が詰まるにつれて、その絶望的な体格差が明らかになっていく。だが、あの男を見ていると、その挑戦が不思議と無謀なものには感じられなかった。

 

 ミノタウロスが斧の先端を下げる。振り上げ攻撃を仕掛けるつもりか。ミノタウロスの体格から考えて、大斧は全長約三メトルもの長さがある。それが届く距離まで近づけば、すぐに攻撃に転じるはずだ。

 

 大歓声に包まれるコロッセウムの中、俺は固唾を飲んで両者の戦いを見守っていた。ミノタウロスが駆け出して、五、六秒経ったときだった。両者を通じて最初の一撃が繰り出された。それは予想通り、ミノタウロスによる斧の振り上げだった。

 

 高速で斧が右下から左上に、砂を巻き上げながら振り上げられる。が、振り上げ切られる前にその斧は翻り、左から右へ横振りされた。しかし、ミノタウロスは当たりの感触がなかったようだ。その巨躯に似合わぬ素早いバックステップで、今は砂埃で姿の見えない男からの反撃に備えた。力だけに頼らない、堅実な立ち回りである。

 

 砂埃はすぐに晴れた。鮮明になった視界には、平然とその場で立っている男。もちろん、その身体に傷は一つもない。

 

 「ど、どうなってるんですか!?」

 

 ラムは混乱を隠す気もない絶叫を上げる。

 

 「躱したんだろうな、攻撃を」

 

 あの場に立っているということは、攻撃を食らっていないということ。あんな至近距離で攻撃を二回も外すとは思えないから、男がミノタウロスの二連撃を躱したのだろう。

 

 「そんなことわかってますよー」

 

 「あ、そう」

 

 「一歩も動かずにあの攻撃を回避するなんて異常ですねー」

 

 ラムは男のことを異常だと評した。同様に、ミノタウロスも眼前の異常な男への警戒度を一気に引き上げたようだった。先ほどのように無暗な突進をせず、間合いを図っているように見える。リーチではミノタウロスが圧倒的な有利を誇っている。焦らず確実に仕留めるつもりなのだろう。その様子は魔物というより、まさに戦士だ。

 

 「また仕掛けるみたいですよ」

 

 アレクの言う通り、ミノタウロスは構えを変えていた。身体に対して垂直に斧を構えている。そして、そのまま突進を始めた。

 

 斧のリーチを最大限に活かす突進だ。盾も防具も装備していない男のもとに、巨大な鉄の塊が迫る。あの斧を受け止められるとも思えないが、男が動き出す様子はない。

 

 「死んじゃいますよ!?」

 

 ラムがそう叫んだときだった。男は左足を下げて半身になり、斧を躱した。自身の横を通過していく斧の側面に右手を当てて、そのまま斧をいなそうとする。が、男にやられっぱなしの最強ミノタウロスではない。突進を止めて急停止すると、斧の側面で男をぶっ叩いた。男が宙を舞う。

 

 しかし、男は華麗に着地した。斧が動く直前、側面に当てていた手を突き放して、自分で飛んでいたようだ。また間合いは先ほどのような距離に戻っている。先ほどまでと違うのは、試合開始時点と反対の位置に、男とミノタウロスが立っていることだ。すなわち、男の背とミノタウロスの顔がこちらに向いているのである。

 

 ミノタウロスの大きな顔は、少し歪んでいるように見えた。小さな人間にいいようにされているのを理解しているのだと思われる。今のところ、ミノタウロスの攻撃は上手くいっていない。とはいえ、男も自分から仕掛けられているわけではないから、どちらが有利ということもないだろう。いや、素手の男の攻撃が、すぐに巨大なミノタウロスに対して致命傷になるとも考えられないため、いまだミノタウロスが有利と言っていいかもしれない。

 

 だが、そんな考えはすぐに覆された。そのあと五分以上、男はミノタウロスの攻撃をすべて躱し続けたのだ。五分とは短いと思えるかもしれないが、一撃でも当たればおしまいの極限状態を五分間続けるというのは尋常じゃない。

 

 男に斧が当たる気配はない。ひらひらと宙に舞う紙を剣で斬ろうとしているような感じを受ける。もう今では、男が攻撃を躱す度、歓声が上がるようになっていた。この瞬間のコロッセウムの主役は、確実にあの名も知らぬ男だ。

 

 「ウギィーッ!何なんですかあの男は!まともに戦いやがれこのボケナス!」

 

 ただ一人、ラムだけは男へのイライラを募らせていた。今も聞いたこともない口調で男を罵っている。

 

 「あれ、あの方、何か仕掛けそうじゃありませんか?」

 

 それまで黙っていたシルヴィエが、唐突に言った。しかし、俺にはまったくそんな雰囲気は感じ取れない。アレクとラムの二人も俺と同様のようだ。シルヴィエだけが感じ取れたとなると、何かの魔法かもしれない。シルヴィエはその魔法適性の高さゆえ、かすかな魔力の起こりも感じ取れるからな。

 

 「な、何あれ……」

 

 隣でシルヴィエの震える声が聞こえた。


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