王都案内人
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中佐には応接間にて待ってもらうことになった。父がまた恐縮した様子で案内していた。
「今思うと、ベッドから出ずに中佐と話してたの、失礼だったよな」
中佐が部屋の前からいなくなってから気づいたが、俺はベッドの上で身体を起こした状態で、脚には布団を掛けていた。普通に失礼すぎる。
「中佐はそんなことを気にされるようなお方でもないと思いますが」
シルヴィエの意見にも一理あるが、部下としては気にせずにはいられない。気にするくらいなら最初から礼儀正しい態度を取っておけという話なんだが、それができないのをわかっていただきたい。
誰向けなのかわからない言い訳をしつつ、準備をするためにベッドから這い出る。ベッドはデカいし、布団もデカいしで、出るのに時間がかかる。とにかく布団が纏わりついて鬱陶しい。俺には、そこら辺の宿屋のベッドがちょうどいい。
「着替えるからさ、部屋出といてよ」
転がり落ちるようにベッドから出て、シルヴィエとアレクに言った。
「お手伝いしますよ」
「左に同じくです」
「いや、いいから」
二人を隣の部屋に追いやる。この部屋は隣の部屋と扉で仕切ってあって、そこから隣の部屋に行ける。俺がいたときのままなら書庫のはずだが――
扉を開けると、そこは記憶の通りに書庫だった。
「ここで待っててくれ」
唇を突き出して不服を訴える二人だが、無視して書庫に詰め込んだ。
「あれ、隊服からこの服に着替えさせたのは誰なんだ……?」
突如湧き上がったその疑問を頭から追い出し、粛々と着替えた。
屋敷を出るときには、両親に加え、長兄のジェイ兄までもが見送りに来ていた。もちろん、見送る対象は俺ではなく中佐なわけだが。
「また機会があればお越しくださいませ」
「そうだな」
父はまたしても中佐が嫌いそうな社交辞令を並べ立て、中佐に軽くあしらわれている。そんな折、ジェイ兄が俺に近づいてきて、耳元で言った。
「余計なことはせず、役目を果たせ。貴族としてのな」
いつまでも耳に残るような粘り気のある声だった。何かが耳に付いているような気がしたので、ジェイ兄が背を向けた隙に耳を拭いておいた。嫌な言葉だったがこの言葉のおかげで、俺は窓際軍人として大成するのだという確固たる意志を改めて固めることができた。
「「行って参ります」」
俺とシルヴィエは同時に出立を告げた。家族三人ともがシルヴィエの方を向いて応じていたのは、気のせいではないはずだ。
王宮では取り立てて珍しいことはなかった。勲章まで授与されてしまったのは想定外だったが、別に昇進もないし、与えられた財も法外なものではなかった。窓際軍人でいるには昇進は厄介なものだし、砦での生活で金は大して役に立たないから、これはなかなか理想的と言ってもいい。
ラムはいまだ毒が抜けきっていないらしく、この場には来ていないが、同じく褒美を与えられることになっていた。あいつ、褒賞とか好きそう――
「遅れて申し訳ありませーん!」
厳粛な雰囲気をぶち壊す暢気な声とともに、謁見の間の巨大な扉がズバーンと開け放たれた。
「ラムリール・ハイデグ、参上いたしましたー!」
チラと後ろを見てみれば、衛兵の制止を振り切ってラムが謁見の間に入って来るのが見えた。ダダダッと駆けてきて、俺の横で王に跪く。
「おお、そなたが。例の」
「ええ、私が例の冒険者です」
王に対してこんな口がきけるのは、礼儀を知らぬ子供か、ラムくらいなもんだろう。別にラムが子供っぽいと言っているのではない。まあ、体型は子供っぽいが。
「そなたにも褒美として、幾ばくかの財を与えよう」
俺たちの脇に控える大臣たちからはラムの態度に非難の声が上がっているが、王はそれを気にせず話を続けた。それを見て、大臣たちも静まる。
「ははー。ありがたき幸せー」
ラムはわざとらしく頭を垂れた。
「そうだ。そなたには聞きたいことがあったのだ」
「何なりと」
「ギルドを国営化、もしくはギルドに国の評価機関などを設置したいのだが」
王はとんでもない爆弾発言をブッこんできた。国民が作り上げてきた組織を国が乗っ取ろうとしているとも取れる発言だ。貴族以外の国民にはあまり干渉しない王国が、こういうことはする珍しい。裏を返せば、それほどまでにギルドは巨大化しているということなのだろう。
「国営化は無理ですねー。後者については、前向きに議論させていただきましょう」
隣を窺ってみても、ラムは顔色一つ変えていない。こうした質問は、想定内だったのかもしれない。
「それはギルド公式の見解かね?」
「もちろんですとも」
「……では、それでいいだろう。エル・マラキアン、仕事はこなしてくれたようだな。ご苦労」
「は、はあ」
急に話を振られて、まともな返事ができなかった。
「これにて、終了とする!」
混乱しているうちに、謁見および褒賞授与は終わった。前回と同じくらい混乱したまま、部屋を追い出された。
「じゃあ、帰るか」
王宮を出て、アレクに話しかけた。疲れているし身体も痛かったが、一刻も早く帰りたかったのだ。しかし、アレクは俺とは違った。
「自分、王都観光したいです」
そう告げられ、固まってしまう。たしかに、アレクにとって最初で最後かもしれない王都を観光させてあげたい気もするが――
「していけばいい。こいつが案内してくれるだろう」
俺が悩んでいると、後ろから声をかけてきたのは中佐だった。……中佐に指名されたら、もうやるしかない。これでやらなかったら、小さい男みたいだし。
中佐はそれだけ言って去っていった。末端の末端であるアレクにもそんな余暇を与えてくださるなんて、上司の鑑過ぎるお方だ。まあ、俺には負担なんですけどね。もしや、これが中間管理職の苦しみというやつなのか?
「中佐もああ言っていたことだし、王都観光してみるか」
「はい!」
アレクは輝く笑みで言った。その顔を見て、俺も少しだけ王都観光が楽しみになった。
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