既視感
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父はそれだけ言って出て行った。いや、父は部屋に足を踏み入れてはいなかったから、正確には立ち去ったとでも言うべきだろうか。父の姿はすぐに見えなくなり、何か言い返す暇はなかった。
とても言いにくそうだったが、父にしては頑張った方だ。俺に対してあんなことを言うのは、屈辱的だったはずだからな。何かがないとあんなことは言わない人間だが、おそらくシルヴィエが要らない気を回したんだろう。
「ロウマンドの高級貴族って感じですね」
俺はアレクの呟きを聞き逃さなかった。我ながら耳がいい。シルヴィエはベッド上の俺を挟んでアレクの反対側にいたため、聞こえなかったと見える。
「同感だ」
俺も同じくらいの音量で、アレクの言葉に返す。アレクは一瞬驚きの表情を作りながらも、口元に若干の笑みを浮かべて頷いた。状況を理解していないシルヴィエのキョトンとした顔がかわいい。
静かな時間が流れる。外からの音も何もない。カーテンが閉じてあって外の様子は少しも窺えないが、
「わ……じゃなくて、自分、中佐へ報告しに行ってきますね。」
アレクのやつ、私って言いかけてるじゃん。隠し通そうっていう意識が低いんじゃないか?
「で、何を報告しに行くんだ?」
「副長官が目覚めたことをですよ」
「ああ、そういうこと。そのために起きるのを待っててくれてたのか。悪かったね」
「仕事ですからね。あと、副長官が心配でしたし」
くっ、止めてくれ。何か心に来るものがある。
「その必要はない」
いつの間にか部屋の入り口に中佐が立っていた。既視感の塊だ。その後ろには、我が父が顔を青くして控えていた。
「さ、こちらがエルの部屋でございます」
「見ればわかりますよ」
中佐の言葉は丁寧だったが、声音は冷たかった。善意で案内したつもりなんだろうけど、中佐にそういう言葉は逆効果なのだよ、お父さん。不要なものは徹底的に排除したいタイプのお方だからね。父の顔色はすこぶる悪く、中佐に怯えているのがわかる。
「で、では、これで失礼いたします……」
「うむ」
数分前、ここに訪れたときとは打って変わって、弱弱しい姿を晒して帰っていった。せめて息子の前では強がれよと思いもするが、中佐が怖いのはわかる。……初めて父に共感できた気がするな。
それにしても、軍で出世すると、父のような上級貴族ですら平伏させられるのか。さすが戦争大好き国家だ。
「中佐、ありがとうございます」
中佐のおかげで、父の気持ちを初めて理解できたこと感謝しておく。
「何のことだ?」
無論、中佐には伝わらなかったが、これでいいのだ。
「いえ、こちらの話です。それはそうと、お身体は大丈夫なのですか?」
「ああ、幸い毒はすぐに抜けた。あの冒険者はまだ回復していないようだがな」
「左様でありますか」
上司の身体を心配する部下をいうのも演じておき、最低限の礼儀を示す。
「さて、ここに来たのは、いくつか伝えることがあるからだ」
中佐が本題を切り出してきた。
「中佐自らご足労いただき、ありがとうございます」
「まずは業務連絡だが、王宮から招集がかかっている。この後、私とともに王宮へ行くぞ。これはマラキアン嬢やアレク隊員も同様だ」
俺のお決まりの文句に触れることなく、中佐は話を始めた。
「はい」
「承知いたしました」
シルヴィエとアレクが口々に答える。それを聞いて、俺も慌てて答えた。王宮へ行くという大変なことを告げられて、よくそんなに素早く返事ができるもんだと感心してしまう。俺なんて、戸惑って返事どころではなかったのに。
「次、これが重要だ」
中佐が重要だと言うんだから、よっぽど重要なんだろう。一気に高まった緊張に、生唾を飲み込んでしまう。
「お前、私の剣を折っただろ」
「あ」
……終わった。軍人として終わった。ぁぁぁぁぁ、と空気が抜けるような音が喉で鳴っている。
「あれは前王から直々に賜った国宝だったんだが、きれいに折れていたな」
コクホーって何だっけ?頭の中が真っ白だ。
「おい、顔が青いというか、もはや白いぞ。大丈夫か?」
「あ、はい」
新しい知見を得た。頭が真っ白になると、顔も真っ白になるらしい。また一つ俺は賢くなった。わーいわーい。
「その顔、自分が責められているとでも思っているのか?」
「え、違うんですか?」
国宝を破壊して責められないやつなんていないだろう。国王だって怒られそうだ。
「ああ、違う。むしろ感謝している」
意味がわからなかったが、話を聞いてみると、中佐の言わんとすることは何となくわかった。あの剣は貴重だし、性能もいいのだが、そのせいで賊にずっと狙われていたんだとか。剣を自分で壊すのも前王に申し訳ないし、前王が亡くなって返すにも返せなかったらしい。今回のことで、命懸けで剣を取りに来る賊どもを追い払う手間が省けてちょうどよかったと褒められてしまった。
わかるようなわからないような話だが、軍人生命が尽きたわけではないことがわかっただけでいい。不敬かもしれないけど、前王が亡くなってくれていて助かった。
「話すことは以上だ。何か質問はあるか?」
質問はあるか。俺の苦手な質問の一つだ。相手の話をよく聞いていないと、質問はできない。そして基本的に、俺は人の話を聞いていない。しかし、今回に限っては質問したいことがある。
「呪龍はどのように討伐されたのでしょうか?」
「何だ、聞いていなかったのか」
「はい」
「では、軽く話しておくとしよう」
俺とアレクが呪龍のお口の中で暴れていたときのことを話して聞かせてくれた。アレクはすでに聞いていたようで、澄ました顔でふんふんと頷いていた。
簡単に整理すると、駆けつけた宮廷魔術師団が中佐とシルヴィエの指示に従って、呪龍を討伐したらしい。なぜそんなに早く宮廷の魔術師が来れたかと言うと、宮廷からもあの呪龍が復活するところが見えたからだと言う。
さすがの呪龍も、目を潰された状態で多勢に無勢では、為す術なく撃沈した。特に、十人単位でかけた冷却魔法は、効果抜群だったようだ。俺のアイデアが役に立ったと、中佐からも称賛の言葉を頂いた。トドメの一撃はシルヴィエの土槍だったらしく、目から脳までを貫いたという話だ。
「そんなところだな」
中佐は話を締めた。
「よくわかりました。ありがとうございました」
「では、出発するから準備せよ」
出発ってどこへ?……あ、王宮か。寝起きで王宮って不敬じゃないかなあ。
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