最悪の目覚め
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身体の節々を疼かせる鈍痛によって目を覚ます。この天井は知っている。かつて俺の部屋だったマラキアン邸の一室だ。身体は痛いし、知らぬ間にこんなところにいるしで、目覚めは最悪だ。何でこんなところにいるんだ。
……ああ、そうだ。呪龍の口まで階段が作られていて、口から出てくるときにそこから転げ落ちたんだった。どうりで身体が痛むわけだ。うめき声を上げながら、ようやっと身体を起こす。
「お目覚めになったのですね!」
身体を起こした瞬間、抱きついてきた何者かによってベッドへと押し倒される。この家にいてこんなことをするのは、シルヴィエしかいない。
「おはよう、シルヴィエ」
俺も抱き返すようにシルヴィエの肩に腕を回す。すると、どこか触り覚えのあるゴワゴワとした生地感。シルヴィエはこんな服は着ない。もっと柔らかくてすべすべしていて、高級感ある生地の服を着るのだ。じゃあ、これは誰だ?
「シルヴィエさんじゃないですよ。アレクです」
本人に問いかけるまでもなく、その答えが与えられる。何でここにいるんだよ。
「あのことは、秘密にしておいてくださいね」
そんな俺の疑問をよそに、アレクが耳元で囁いた。その声はいやに蠱惑的で、全身がブルっと震えてしまう。
「秘密って、ど、どれのこと?」
「私が女であることと魔法を使えることですよ」
アレクが自分を「私」と称するのを聞くのは、どうもむず痒さがある。いつも一人称は「自分」だったからだ。「自分」という一人称は、男のフリをするにあたって、僕とか俺とかは言いたくなかったがゆえの選択だったのかもしれない。
アレクが何でそれを秘密にしておきたいのかは気になるが、面倒ごとに首を突っ込みたくはないので、当分はこっちから聞かなくてもいいだろう。向こうが話してきたら聞くくらいの態度でいよう。秘密にしたい理由まで聞いてしまったら、秘密と理由をセットで人に話してしまいそうだからな。
「俺さ、人の秘密って守れた試しがないんだよね」
「最低じゃないですか!」
肩に掛けられた腕を勢いよく振り払い、アレクが起き上がった。軽蔑の眼差しを感じる。ふむ、悪くない。
「……アレクさん?どうしました?」
「あ、副長官がお目覚めになりました」
今度こそ聞こえてきたシルヴィエの声に、アレクが答えた。声はアレクがいる方と反対側から聞こえてきた。両手に花じゃないか。悪くないどころか、むしろ上々だ。シルヴィエの顔を見ようと起き上がると――
「お兄様!」
再度ベッドに組み伏せられる。あの、もしかしてですけど、二人して怪我をしている俺への攻撃ですか?
「本当によかったです!」
シルヴィエの喜びに満ちた声が、そんな疑念を軽々と消し去る。
「シルヴィエのおかげだよ。もちろん、アレクも」
この場にいる二人へ謝意を伝える。二人ともに恐ろしいほど世話になった。もちろん、中佐やラムにも感謝を伝える必要がある。この危機を乗り越えられたのは、主にその四人のおかげだ。国は四人に何かしら報いなければならないだろう。それに比べて、俺なんて呪龍の周りをウロウロして、飲み込まれた後は無意味な攻撃を繰り返していただけだ。
それにしても、いったいどうやってあの呪龍を倒したというのだろうか。口の中から致命傷を与えたわけではないから、外からの攻撃によって倒したのは間違いないのだが。
肝心なとき、俺はいつも気を失っている気がする。この前のアンデッド侵攻然り、今回の呪龍の件然り。まるで、神が俺を意図的に気絶させているかのようだ。いや、神なんていない。もしジーズ教が言うような全知全能の神がいるならば、俺がこんなに苦労しているのはおかしいのだ。もちろん、俺が晴れて完璧な窓際軍人となれた暁には、俺はジーズ教へ入信してやろう。
さて、思考が逸れてしまったが、気になるのは呪龍を数分のうちに打ちのめしてしまった方法だ。あの場には満身創痍の中佐とラム、魔力が尽きかけていたシルヴィエしかいなかったというのに。
「あのさ、どうやって呪龍を倒し――」
俺が話し始めるのを待っていたかのように、コンコンとノックの音。上質な木材の音が心地よい。が、何とも間の悪いことだ。鍵は……開いているな。
「開いていますよ」
話の途中だったが、後でもいい話だったため、来客を優先した。
「入るぞ」
その声を聞いて、数秒前の自分の判断を激しく悔いた。この声は、この家の主人のものだ。それはすなわち、我が父のことである。
ガチャっとドアノブが下げられた音がした。ドアは驚くほど滑らかに弧を描き、それが完全に開いたときには、そこに立っていたのはやはり父だった。この部屋のドアは建付けが悪かったはずなのに直っている。俺が出て行ってから直したらしい。……俺がいたときに直しといてくれてもよかっただろ!
「久しぶりだな、エル」
父は部屋に足を踏み入れることなく言った。
「お久しぶりです。父さん」
低く静かな声が交換された。声というより、音といった方がいいかもしれない。それほどまでに、実の親子とは思えないほど儀礼的でよそよそしいやり取りがなされた。
俺たちの様子を見て、アレクが少しオドオドしている。先ほどの堂々と誘惑するような態度とは大違いだが、こういうところもまたアレクの素顔なのかもしれない。そう考えると、どちらが本当のアレクなのかとかを気にすることはないのだと思えた。
「どうした。なぜ黙っている」
俺が父のことを意識から排していると、父の方から話しかけてきた。黙っているのは、話すことがないからだというのがわからないのだろうか。いや、聡い父のことだ。わかっているに違いない。その上で話しかけてくるということは、何か面倒なことがありそうな予感がする。
「特に話すこともありませんから」
あくまで俺から話すことはないという態度を貫く。そもそも、話すことがあったとしても話したくないしな。
「そうだな。事件のあらましはシルヴィエから聞いている」
じゃあ、何でわざわざこの部屋に来たんだよ。
「それでは、どのようなご用件で?」
「あ、ああ」
ん、何だ?急に言葉の切れが悪くなったが。
「どうされたのですか?」
父のそんな態度は珍しく、つい尋ねてしまった。俺らしくもない。
「いや、大したことではない」
「そうですか」
「そうだ」
何だこのクソの役にも立たない会話は。砦の仕事でもまだ世の役に立っているぞ。
「前置きはいいです。用件をお話しください」
さすがに根気も続かず、父の用件を聞いた。すると、父は急に背を向けて言った。
「よくやったな。……それを言いに来ただけだ」
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