足元注意
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転んだせいで、宙に浮かべていた火球が消えてしまった。そこには、光も音も存在しなかった。
「大丈夫か?」
暗がりに問いかけながら、再び火を灯す。目の前にアレクの姿はなかった。
「はい。なんとか……」
声のした方に火を向けると、アレクが舌の上に身を投げ出していた。揉みくちゃにされたとき、呪龍の口内の粘液が髪を濡らしたのだろう。アレクの髪はテカテカと光り、顔に張り付いてた。ちょっと危険な見た目だったため、火をアレクから逸らした。
「ど、どうなったんですか?」
「わからない。だけど、呪龍が倒れたのは間違いないだろうな」
俺たちは今、呪龍の舌の側面に立っている。さっきまで下顎に立っていたことを考えると、口の向きが変わったのは間違いない。口の向きが変わったということは、呪龍が転ぶなり横になるなりしたと推測するのは自然に思われた。
「これからどうしますか?」
アレクが聞いてくる。
「俺たちは作戦を続けるしかないだろ」
こんな状況で俺たちにできることは限られている。呪龍が死んだとは考えづらいため、動いていない今のうちに、なるべく傷をつけた方がいいという判断だ。痛みで暴れさせれば、さっきみたいに口を開けてくれるはずだからな。
俺の言葉に、アレクは黙ったままだった。不審に思い、アレクの方に火を向ける。顔に張り付いていた髪の毛はほとんど元に戻っていた。魔法で乾かしたのだろう。火に照らされ、返事を求められていると思ったのか、アレクが言う。
「どこを斬るんですか?」
「唇、とか?」
「龍に唇なんてあるんですか?」
「知らないけど、人間でいう唇の部分だよ」
「なるほど」
現在、何らかの理由で呪龍の身体は横向きになっており、さっきまでのように舌を斬るのは難しい状況にある。なぜなら、俺たちは舌の側面に立っていて、舌を斬るのは足場を壊すことになってしまうからだ。
これまでに斬った部分を焼くことにより、これ以上出血がないようにした。傷からは際限なく血が出てくるため、それをいちいち凍らせるわけにはいかないのだ。その作業を終えてから、俺たちは呪龍の口の先端部分に向かった。
「これ、まるで壁ですよ」
「だな」
アレクの言う通り、目の前には赤黒い壁。その壁には、縦に亀裂が入っていた。呪龍の身体が横向きになっているため、口の開く部分は俺たちに対して縦になっているのである。その亀裂に手をかけ、両手で横に引っ張ってみるが、ほんの少ししか動かない。
「これが手で開くなら、斬らなくても済んだんですけどね」
俺の試みが上手くいかなかったのを見て、アレクが言った。見てたのかよ。恥ずかしいから言うなって。
「あ、剣を差しこんで、こじ開けられませんかね?」
続けてアレクが言った。
「なるほど、やってみる価値はあるな」
すぐに剣を隙間に差し込む。思ったよりも軽く入った。あれ、いけるんじゃね?
「ううううぅ」
変な声を出てしまうが、気にせず剣をてこのように動かしてこじ開けていく。
「外です!」
アレクが興奮したように言った。若干デジャヴ感がある。
「いけるぞ!」
少しずつ外が見えてきて、俺も興奮していた。だが、同時に油断もしていた。パキンッと驚くほど軽い音とともに、剣が折れた。呪龍の血液によって剣が痛んでいたのだ。
見えかけてきた外が再び見えなくなる……ことはなかった。ギリギリでアレクが盾を挟んだのだ。
「危なかったですね」
アレク、お前最高にかっこいいよ。
「お兄様!?」
あれ、おかしいな。シルヴィエの声が聞こえた気がしたんだが。幻聴か?
「お兄様、そこにいらっしゃるのですか!?」
「あー、うん」
幻聴だったら恥ずかしいし、アレクに聞かれてもなるべく怪しまれないような言葉を選んだ。俺が言い終わるや否や、外側から長槍のようなもので口が開いた。いきなり大量の光に晒されて、目が眩む。思わず腕で目を覆った。
「よかった。本当に……」
シルヴィエの声は聞こえるが、腕を外してもすぐには明るさに目が慣れず、姿はその輪郭しか見えない。
「どうなったの?」
戸惑いながらも、事の顛末を尋ねた。
「呪龍の討伐に成功しました」
ん、トウバツニセイコーって何だ?まさか、討伐に成功したのか?
「お兄様とアレクさんを救出する計画を立てていたところだったのですが、呪龍の口から剣の先端が見えたので、こうしてお迎えに参ったのです」
シルヴィエが涙ながらに話を続けるが、頭が追いつかない。まず、呪龍の討伐に成功したっていうのが意味不明だ。いや、その文章の意味はわかるが、どうやってそんなことを成し遂げたというのだ。
「お加減はいかがですか?」
「え、元気だけど」
嘘偽りない答えだった。アレクに突き飛ばされたときに顔をぶつけたくらいで、他に外傷はない。アレクのおかげで麻痺毒も食らってないし。
「じ、自分も問題ありません!」
やや遅れてアレクも敬礼しながら言った。いかにも新人軍人らしい態度だが、これがこいつの本章ではないことを、俺は知っている。
「本当に、本当によかったです……」
シルヴィエはとうとう泣き出してしまった。ここは兄の抱擁によって落ち着かせて――
「すみません、ちょっとベトベトしているので……」
両腕を広げて見せると、抱きしめる前にはっきりと拒絶されてしまった。たしかに、アレクもさっきまでベトベトのギットギトだったし、俺もそうなっているのだろう……
「さ、こちらへどうぞ」
シルヴィエの脇にいた騎士然とした男二人のうち一人が、俺とアレクを呪龍の体外へと促す。この二人が槍を差し込んで、口を開けてくれたのだろう。この二人にも感謝感謝だ。
「あ、足元に気をつけてくださいね」
俺が外に一歩、二歩と踏み出そうかといったとき、シルヴィエが思い出したように言った。しかし、その忠告は少しばかり遅かった。
「え?」
俺の二歩目は空を切り、呪龍の口の高さまで伸ばされた階段を、一気に地面まで転がり落ちた。
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