脱出せよ
読んでくださってありがとうございます!
前回辺りからなかなかファンタジーな話になっていますが、温かい目で読んでいただけると幸いです。
実は女だったり、魔法が使えたり、二人旅を続けてきた割に重要なことは何も知らなかった。というか、周りのやつらはアレクが女だとわかっていたんだろうか。俺だけが勘違いしていたってことはないよな?アレクを俺に同行させるのを決めたのはアネモネだろうから、たぶんみんな知らなかったんだと思うんだけど。
まあ、それは呪龍との戦いが終わってから聞けばいい。今は目の前のことに集中しよう。かなり危険な賭けにはなるが、一つの作戦を思いついた。
「こいつの舌を切り刻むからさ、出てくる血を凍らせてくれない?」
「え、何て?」
「だからね、俺がこいつの――」
「いや、あの、すみません。聞こえてましたよ。ちょっと何言ってるかわからなくて」
「なんで何言ってるかわかんないんだよ」
「血を凍らせて何の意味があるのかなって」
「じゃあ最初からそう聞けよ」
「すみません……」
おっと、いけない。焦って少し強い言葉を使ってしまった。これから大事な仕事を頼むと言うのに、部下を委縮させてしまっては上司失格だ。俺が上司歴数か月で慣れていないとしても、部下にそんなことは関係ないのである。
「すまん、言い過ぎたな。時間はないけど、できる限り説明するよ」
「こちかこそすみません。お願いします」
アンデッドが攻めてきたときにも似たようなことがあった。俺の説明が下手すぎてアネモネに怒られたやつ。あんな修羅場をくぐり抜けても、人って成長しないんだなあ。
気を取り直して、手短に要点だけを伝えた。舌を斬ることによって呪龍を窒息死させられるんじゃないかということ。血を凍らせるのは、麻痺毒を浴びるのを避けるためだということ。要点と言っても、この二点だけだ。
「でも、舌を斬っても痛いだけで、窒息死も失血死もしないってよく言いませんか?」
「え、そうなの?」
「はい」
アレクの反応は予想外のものだった。歴史書に登場する偉人には、敵に殺されまいと舌を噛み切って自殺する者が何人かいたから、舌を斬れば死ぬもんだと思っていた。あれってフィクションだったのかよ!
「じゃあ、切断した舌を、喉に詰めればどうだ?」
俺も少し意地になって食い下がる。
「やったことないのでわかりませんよ」
「ってことは、やってみないとわからないな」
まだ話を続けようと思ったが、ですが、とアレクに遮られる。
「それをやるときの一番の問題は、どうやって切断した舌を喉に詰めるかだと思います。舌だけでもすごく重そうですから、運ぶのが難しそうです」
「た、たしかに」
俺の考えは、ことごとくアレクによって切り伏せられた。舌を斬れば死ぬという話が嘘だと知り、何か喪失感のようなものに襲われる。竹馬の友に裏切られたような気分だ。まあ、竹馬の友なんていないけど。
歴史書で舌を噛み切って死のうとした偉人達も、ただ痛いだけだったのだろうか。尊厳を保つための自死すら許されず、ただ痛い思いをしただけなのだろうか。ただ痛いだけ、実にむなしい。……ん、痛いだけ?じゃあ――
「やっぱり、この作戦でいこう」
俺の一言で、作戦の決行が決まった。渋々という感じだったが、アレクは俺に従ってくれるようだ。やはり、少々ふてぶてしくなっている気がする。その方が気を遣わなくて済むから、別にいいんだけどな。
「魔法の腕がどの程度か聞いておいてもいいか?」
作戦を実行する前に、最低限の確認をしておく。
「どうでしょうね。普通の魔術師くらいだと思いますよ」
「めちゃくちゃすごいじゃん」
正直、予想以上だ。この国の普通の魔術師って、ほとんどが第一学園出身のエリートばかり。そんなやつらと同等?俺より全然すごいじゃん。
「そ、それほどでもないですよ」
アレクが少し照れている。女だと思うと、かわいく見えてしまうから止めてほしい。
「それだけの腕があれば十分だ。早速始め――」
大きな振動。それが二度、三度と続く。話している途中で揺れたため、舌を噛んだ。痛い。まさか、呪龍のやつ、舌を噛み切らせて俺を殺す気だったのか?だが、残念だったな。舌を噛み切っても、ただ痛いだけで死なないらしいぜ!
「う、動いてる?」
「みたいだな」
アレクの言葉を肯定する。おそらく、呪龍が歩き始めたのだ。シルヴィエの冷却魔法が切れ、人間二人を食べ、行動の準備ができたということだろか。人間二人については、食べたと言ってもまだ口の中だが。
「さっさとやろう」
「わかりました」
短いやり取りの後、即座に行動を開始した。なるべく斬り幅が大きく取れるように、舌が一番太い部分、すなわち舌の根本部分を斬る予定だ。切り傷は大きい方が痛いだろうからな。足元がぐらついて斬りづらいが、やるしかない。
「頼んだぞ」
「できる限りはやってみます」
任せてください、とか言わないのがアレクらしい。
「ふっ!」
なるべく剣の先端で斬ることを意識する。そうすると斬りやすいとかそういうわけではなく、なるべく距離を取って返り血を浴びないようにするためだ。
剣が赤い壁のような届く。肉が剣にまとわりつく感覚。しかしその感覚は一瞬で、あとは素振りのように軽く振りぬくことができた。問題の返り血は、そこまで噴き出すようなことはなく、染み出すように出てくる。それが足元に広がる前に、アレクが凍らせる。
「いい感じだな」
「これでどうなるんですか?」
「痛みで暴れるだろうから、その隙に脱出する」
「上手くいきますかね……」
「だといいな」
俺の言葉が届いたかのように、呪龍の揺れが止まった。異変に気づいたか?まあ、口の中が突然切れたら、どんな生物だって気づくか。
無言で二太刀目を入れる。さっきよりも深く。さすがに痛みが強くなってきたのか、ここで呪龍が明確に動き始めた。舌が蛇のようにうねり、狙いが定まらない。同じ場所を狙って深い傷を作る方が効果的だとは思うが、諦めて他の場所を攻撃する。
突然狙いを変えても、アレクは冷静に血を凍らせる対処してくれた。一滴の返り血も浴びることなく、口内に細かい傷を無数につける。呪龍の抵抗も激しくなってきた。
そのときだった。視界の左端に、僅かだが光を捉えた。呪龍が口を開けた証拠だ。
「外です!」
アレクが興奮したように言った。
「もう少しだけダメージを与えたい!」
「で、でも外に出ないと!」
アレクの忠告を無視し、さらに斬りつけようとしたとき、一段と大きな揺れが襲ってきた。直後には、立っていた下顎が下ではなくなり、俺たちはいつの間にか斬りつけていた舌の上に倒れていた。世界が反時計回りに九十度回転したのだ。おそらく、呪龍が倒れたのだろう。
それ以降、呪龍は動かなくなった。
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