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小さなプライド

今回は少し短いです。

 説明中に隊員たちから出た意見も取り入れ、作戦は形になった。というか、俺の作戦が粗すぎたために大幅に手が加えられた感じだ。協力って大事だね。さて、作戦はこうだ。

 

 まず、砦から百メトルに大沼の沼気を誘導してくる。風を吹かせるのでは、せっかくの沼気が拡散してしまうと言われた。たしかにその通りだ。

 

 魔術師たちは、空気を選別して沼気だけをできるだけ集めると言ってくれた。そんなことができるとは驚きだ。さっき心の中で三流だと言ってしまったことを、これまた心の中で謝っておいた。もっとちゃんと魔法の授業を受けておけばよかったな。

 

 そして、アンデッドがそのポイントに到達するまで沼気を維持してもらう。ポイントに到達したらあとは魔法で火をつけるだけだ。

 

 ただ、砦から大沼までは距離がある。一般に、魔法を行使する対象から距離がある場あるほど、その制御は困難になる。さらに、アンデッドがポイントに到達するまで沼気を留めておくのにも、魔力をかなり消耗する。魔術師たち曰く、全員が一度にやって何とか実現できるレベルらしい。

 

 そうなると、沼気に火をつける役がいなくなる。ポイントに人を送って、松明かなんかで火をつける案も出たが、爆発に巻き込まれる恐れがあるため却下された。

 

 そこで俺に白羽の矢が立った。マリアのやつが、エルさんは第一学園を卒業してるんだからそれくらいできますよね、とか言い出してやることになったのだ。本当にちゃんと魔法の授業を受けておけばよかったと心の底から思う。

 

 ポイントまでは百メトルあるが、俺にそんな長射程の火魔法なんて使えない。せいぜい小さな火球を飛ばすことくらいが限界だ。アネモネに代わってもらおうと思いもしたが、彼女は沼気制御に加わるらしい。

 

 責任重大な役だ。俺一人の失敗で、みんなの努力を無駄にしてしまうかもしれない。アンデッドに殺されるやつだって出てくるかもしれない。そう考えると、無性に怖い。


 第一、俺は貴族の責任を放棄してここへ来た身だ。砦の隊員たちからすれば、国境警備増強のために派遣された貴族ってことになってるんだろうが、そんなのじゃない。ただ逃げてきただけだ。

 

 責任から逃れ続けた俺が、ここで重い責任を負わされるとは思いもしなかった。皮肉なことだよ。

 

 ふうっと息を吐く。アネモネはこれで心を落ち着かせていたようだが、俺にはまったく効果がないみたいだ。でも、やるしかない。

 

 「作戦開始!」

 

 俺の言葉に、みんなが答えてくれる。窓際部署でもやれるってところ、見せてやろうぜ。

 

 

 

 作戦を詰めるのに時間を使ったせいで、アンデッドのポイント到達までは残り七分といったところ。だが、沼気の誘導は十分間に合うそうだ。すごくないか?

 

 国境警備隊の魔術師でこれって、第一線で活躍しているやつらはどんな化け物なんだよ。それとも、うちの魔術師ってけっこうすごいのか?

 

 砦の上に移り、アンデッドどもを観察する。凄まじい数だ。脳内に突然、「人がごみのようだ」という謎の台詞が湧いてくる。なんなんだろ、これ。

 

 アンデッドの集団は幅がこの巨大な砦の半分ほどもあり、長さはよくわからないが三百メトルほどはある気がする。隊列を組んでいるわけではないはずだが、まっすぐこちらへ向かって来ているようだ。

 

 これだけおびただしい数がいると、一回の爆発では仕留めきれないかもしれない。先ほどの作戦会議では、仕留めきれなかった残党は近くの小砦からも応援を呼んで処理する手はずになっている。が、相当大規模な残党狩りになりそうな予感がする。

 

 「沼気の誘導、完了しました!」

 

 俺に報告が入る。なんだよ、卒なく仕事こなしやがって。俺にプレッシャーをかける気か?ダメだ、緊張していて狭量な人間になってしまっている。おい、そこ、元々とか言うな。

 

 「よし。では、アンデッドのポイント到達まで維持してくれ!」

 

 大きな声で指示を出すことによって、余計な思考を頭から追い出す。沼気の誘導が完了したとは言ってたけど、どこにあるのかいまいちよくわからない。この辺は草原で、特に目印もないしな。

 

 「アンデッドのポイント到達まで、あと三分です!」

 

 また報告が入る。あと三分か。まだちょっと時間あるし、魔術師たちに少しお願いしてみようかな。

 

 「あのー、魔術師のみなさん!沼気を広げて、アンデッドの集団全体を覆うような感じにできます?」

 

 俺の問いに、魔術師のうちの一人が答えてくれる。

 

 「可能です!しかし、その場合ですと――」

 

 魔術師たちは、あることを打ち明けてくれた。なんと、このまま維持するだけなら魔力に余裕がありそうだから、俺の代わりに点火用の火魔法を使ってくれようとしていたらしい。俺の顔がずっと青いから彼らは不安になって、内々で話し合っていたんだとか。俺、ふがいなさすぎる。

 

 しかし、沼気を広げるとなると、安定状態を変化させることによる余計な魔力消費が生じる。火魔法を使うだけの魔力を残せるか怪しいと言われた。

 

 彼らなら沼気の場所もわかる。なんて言ったって、自分たちで制御しているのだから。したがって、わざわざ沼気を広げてから火魔法を使う必要もない。今のまま沼気を維持し、彼らのうちの誰かが火魔法を放つ。これで作戦終了だ。


 だが、これが何を意味するのか。簡単だ。俺の仕事がなくなる。

 

 責任を負いたくない俺からすれば、万々歳なはずだ。だけど、心に引っかかるものがある。部下を不安にさせた挙句、責任を擦り付けていいのか。俺の小さなプライドが、ストップをかける。さすがに、ダサすぎるだろ。

 

 「魔術師隊よ、沼気を広げてくれ!」

 

 俺は結論を出した。

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