一発逆転
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「お兄様!」
シルヴィエの声で我に返る。アレクが女だったからどうだと言うのだ。王国の趨勢に比べれば、実に些細な問題だ。そう言い聞かせて、余計な思考を頭から追い出そうと努める。
呪龍は地面を踏み鳴らして暴れているが、こちらを狙って攻撃するような意図はなさそうである。もちろん、先ほどのように油断すれば、巻き添えを食らうことはあるだろうが。
ずっとそんな危険地帯にもいられないので、俺とアレクは十メトル弱というところまで離れた。その移動中、俺たちが言葉を交わすことはなかった。
改めて呪龍を見ると、両目が潰されているのがわかる。傷が再生していないところを見ると、やはりさっきの再生能力は封印具の力によるものだったらしい。
地面を何度も踏みつけ、尻尾を振り回している。さっきまでブレス攻撃しかしてこなかった呪龍が暴れているのは、痛みゆえだと推測できる。呪龍の両脇にはそれぞれ、腕を抱える中佐と地面に膝をつくラムがいた。様子を見るに、ラムも攻撃に加わっていたらしい。
二人は怪我をしていて、思うように身動きが取れないようだ。アレクに抱えられて回転していたせいで何がどうなったのかはさっぱりわからないが、呪龍が生きていることから作戦が失敗したことはわかる。しかし、視覚を奪ったならば、これからの戦闘は楽に進められるだろう。そう思ったのも束の間だった。
「お兄様、次のブレスに対処するのが限界かもしれません!」
数メトル後ろにいるシルヴィエの声が聞こえた。いまだ呪龍は暴れているのを確認してから、シルヴィエのもとに駆け付ける。
「石化ブレスが呪いを失う気配はあるか?」
石化の呪いも魔法の類であり、ブレスからその呪いの効果が失われることはあり得る。呪いの効力が切れれば、並行して処理している魔法を減らせるし、余裕ができるはずだ。
「残念ながら、そういったものは感じられませんね」
俺の楽観的な考えは、シルヴィエの現実的な回答によって破壊された。
「先ほどの石化ブレスの乱発時にかなり魔力を消費してしまいましたし、冷却魔法も少し弱めている次第です」
「そうか」
中佐が伏せろと言っていたのは、石化ブレスが乱発されていたときだったに違いない。そしてそのとき、俺たちにそれが当たらないようシルヴィエが制御してくれたということだ。囮なのに守ってもらうとは、囮失格だな。俺のように死ぬ覚悟のない囮ほど、扱いが面倒なやつはいない。
「まずいですね」
アレクがボソッと言った。まずいのはまずいだろうが、今すぐどうこうというわけではないだろう。そう思った俺がバカだった。
呪龍の口から黒い煙、すなわち石化ブレスが漏れ出ている。それが地面を伝わって、中佐やラムの元に迫っていた。アレクがまずいと言ったのは、これのことだったのか。アレクが駆け出す。それを見て俺も走る。部下に遅れは取れないというくだらないプライドが俺の背中を押した。
「アレク、お前はラムを頼む!」
「わかりました!」
俺の偉そうな指示でアレクが動く。数分前までのぎこちなさは消えていた。数週間の二人旅によって培われた連携は、死んでいなかったのだ。
俺たちが呪龍との距離を詰めていく数秒のうちに、広がっていた石化ブレスをシルヴィエはほとんど回収し終えていた。だが、際限なく黒い煙が溢れて来る。俺たちが中佐とラムを呪龍から遠ざけている間にも、ブレスの漏出は止まらなかった。
「冷却を解除します!」
シルヴィエの言葉に、返事をする余裕はなかった。ブレスを収束させるためには仕方のないことだが、ここからは厳しい戦いが想像される。
とはいえ、冷却によって下がった体温が元に戻るまでは時間がかかるはずだ。それまでに何か一発逆転の作戦を考えなければならない。
中佐に肩を貸して、呪龍から離れていく。二人は怪我をしていると思っていたんだが、近くで見ると目立った外傷はないようだ。しかし、それでも中佐とラムの身のこなしは酷く鈍かった。
「返り血を浴びたら、この様だ……」
中佐は口に綿でも詰めているような話し方をした。とても話しにくそうなのを見て、俺は合点がいった。
「麻痺毒ですね」
「……らしいな」
中佐は苦々しく、俺の予想が正しかったことを教えてくれた。血液に毒性がある生物というのはときどきいるが、呪龍の場合はそれが麻痺毒らしい。
石化ブレスで敵を近づかせず、近づかれたとしても滅多なことでは傷つけられない強靭な鱗を持ち、傷つけられれば体から麻痺毒を放つ。生物を形容するには不適切かもしれないが、難攻不落という言葉が似合う気がした。
もう少し離れたところまで行こうと、ずり落ちた中佐を担ぎ直そうとしたときだった。急に辺りが静かになった。地鳴りが消えたのだ。
咄嗟に振り返ると、やはり呪龍の動きが止まっていた。土煙が立っているが、目を凝らさなくともその巨体の輪郭は認識できる。視界の端の方で、アレクも俺と同じように呪龍の方を向いているのが見えた。
次の瞬間、アレクの姿が消えた。アレクによって担がれていたラムは、崩れるように倒れた。
「見たか?」
中佐がかすれた声で言った。
「見ました」
考える得る中で、最もシンプルな回答をした。何を見たかは聞かれなかったが、俺と中佐は同じものを見ていた確信があった。
その何かとは、アレクを連れ去った鮮やかな赤色をした物体、すなわち呪龍の舌である。舌を十メトル以上も伸ばし、そんな距離をものともしないほど正確にアレクを吸着したのだ。すなわち、アレクは捕食されたのだ。
ここに来て、呪龍が舌を伸ばして捕食行動に入ったのは、エネルギ―補給のためだろう。また、さっきまではシルヴィエの冷却魔法のせいで、舌の筋肉がカチカチで動かなかったのだと思われる。
視界を奪ったから少しは楽になると思っていたが、完全な間違いだった。呪龍には、目がなくとも俺たちを認識する術を持っているらしかった。
「詰みだな」
中佐が諦めたように言った。しかし、俺の考えは違う。最後に一か八か、一発逆転のチャンスができたと考えていた。
「中佐、これからですよ」
俺の言葉に、中佐はほんのわずかに眉根を寄せるだけだった。麻痺によって、顔も十分に動かせないらしい。
さて、ここから一発逆転して、さっさと砦に帰ろうじゃないか。
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やはり毎日思い付きで小説を書くのは間違っている。