衝撃の事実
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先ほどまで、呪龍の周りには石化ブレスを収束させた黒い塊が五つほど浮いていたが、それらはシルヴィエによって上空に押し上げられていた。俺やアレク、中佐が突撃したときに、当たってしまわないための措置だ。
三階建ての軍本部の高さを十メトルと見積もるならば、黒い塊は三十メトルくらいの位置にあると思われる。魔法の対象物から距離があればあるほど、魔力消費量、魔法制御の難易度は上がる。このことは、砦で身をもって体験した。遠くにある複数の黒い塊を維持しておくのは、神経を擦り減らすものに違いない。
さらにシルヴィエはそれと同時に、呪龍の動きを制限するためのきわめて強力な冷却魔法も使っている。卓越した魔法の才、比類なき努力量の上に成り立つ天才魔術師の一端を垣間見た気がした。
「シルヴィエ、ありがとう」
じりじりと呪龍との距離を詰めていくと、自然とシルヴィエの横を通過する形になるため、そのタイミングで感謝の言葉を述べた。この場にシルヴィエがいなかったら、復活した呪龍に蹂躙されていただろうな。
「お役に立てたなら、これほど嬉しいことはありません。ご武運をお祈りしています」
妹にこう送り出されてしまっては、退くことなどできない。全身全霊を懸けて囮を務める覚悟を決める。覚悟を決めてやる仕事が囮っていうのが、何とも俺らしい。中佐のように吹き飛ばされれば命はないから、適正な距離を保って、呪龍の注意を惹き続ける仕事になるだろう。
俺とアレクは、軍本部からほんの少し離れたところにある物資庫からチェインメイルと盾を届けてもらい、最低限の守りを得ていた。牙や爪は貫通してくるだろうが、尻尾などによる打撃からは守ってくれそうだ。ブレスに関しては、シルヴィエを信じるしか対策はない。
どうか死にませんように、と祈る。アンデッドたちとの戦いとは違い、自分の体を使って戦うことに、また別種の恐怖を覚えていた。前線で味わったものに近い。
「アレク、行くぞ!」
アレクに呼びかけたものだが、声を出すことによって自分を鼓舞する意味合いもあった。
「はい!」
それにアレクが答えてくれた。いつだったか、アレクも死にたくないと言っていたはずだが、俺よりもよっぽど根性がある。俺の周りには、俺よりすごいやつばかりだ。マリアやロックにも、俺よりすごいところがあるのかもしれない。バカさ加減では、言うまでもなくあいつらの方がすごいが。
そんなことを考えていると、自然と笑みがこぼれてしまう。砦に帰ったら、あいつらに礼をしておこう。お前らのおかげでリラックスできた、と。それを言うためにも、生きて帰らなければならない。
走って距離を詰めるようなことはしない。シルヴィエの様子を見る限り、時間に余裕がないわけではなさそうだし、安全第一で行く。
中佐が一度攻撃を仕掛けてから、ジッと動かないでいた俺たちが動き始めたことを不審に思ったのか、呪龍は首を傾げるような動きを見せた。どうやら気を引くことには成功してるらしい。巨大な目で観察されているのを感じる。
軍本部の門を抜けて、十メトルまで近づいても呪龍が動き出すことはなかったが、それまで四方八方に動かしていた眼球を止めていた。俺たち二人に視線を合わせているようだ。
「何も仕掛けてきませんね」
近づいてもブレス一つ放ってこない呪龍を見て、アレクが言った。
「ああ、まるで俺たちが囮だとわかっているみたいだ」
それまで数分おきにブレスを繰り返していたのに、俺たちが近づき始めてからブレス攻撃を一度もしていない。攻撃前の隙を作り出さないようにしているかのようだった。
「攻撃を仕掛けるような素振りを見せる必要があるかもしれないな」
「そうですね」
俺たちがジッとしていれば、いずれシルヴィエの冷却魔法に限界が来て呪龍が動き出してしまう。この局面では、こちらから仕掛けない限り勝利はない。
「俺は左から行くから、お前は右から攻めてくれ」
俺の言葉に、アレクは力強く頷いた。剣を抜き、攻撃の意図があることを知らせる。中佐の一撃を退けた呪龍が、今さらそんなことを気にするのかはわからないけど。
三メトル以上には近づかないように気を付けながら、俺とアレク、呪龍の顔でちょうど正三角形ができるようなポジションを取った。呪龍はさっきからまた眼球を回し始めている。近くで見ると、なかなかグロテスクで――
「副長官、下!」
言われて下を見ると、足元に黒い煙が迫っていた。石化ブレスだ。袋を膨らませる予備動作がなかったのにどうして、と疑問が浮かんだが、次の瞬間には横からの衝撃によって体勢を崩していた。地面、空、地面、空、地面……と繰り返し視界が切り替わる。最後は、仰向けになって止まった。どうやら地面を転がっていたようだ。何度も顔を地面にぶつけて顔が痛い。
「お、重いです」
地面から声がした。アレクの声だ。どうやら、アレクが俺を抱えて転がることで、石化ブレスから守ってくれたらしい。アレクを下敷きにしたままではいられないので、立ち上がる。
「伏せろ!」
立ち上がった瞬間、その言葉が聞こえて再び地面に伏せる。これは中佐の声だ。アレクに覆いかぶさるような形になった。
「も、もういいんじゃないですか?」
少ししてアレクが言った。向かい合わせアレクが呼吸するたび、息がかかってくすぐったい。同様に、アレクも俺の呼吸を鬱陶しく思っていることだろう。男同士でこんなことをしていても、ちっとも面白くない。
さっさと離れようと顔を上げたとき、何度も顔をぶつけていたせいか眩暈がして、アレクの胸に手を突いた。いや、突いてしまった。
……おかしい。何がおかしいって、感触がおかしい。隊服の向こう側に、かすかに手に伝わる柔いものを感じるのだ。その正体に心当たりがあるはずなのに、俺は確かめるように何度か手を握って開いた。その過剰な確認作業を終えるころには、俺は確信していた。アレクは、女だ。
アレクに無言で突き放され、立ち上がる。アレクも遅れて立ち上がった。相対すると、アレクは人間の限界まで顔を赤くしていた。
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