呪龍降臨
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呪龍が落ちてくる。そう直感した。いや、直感したというのは大袈裟かもしれない。これまで生きてきて獲得した常識に照らせば、翼もない巨大生物が空中にいられるわけがないのだから、そう考えるのが自然だったのだ。
だが、直感とは往々にして裏切られるし、常識とはただの思い込みや偏見であることも多い。
復活した呪龍が落ちることはなかった。宙に浮いたままだ。翼をはためかせいるわけでもなく、ただ浮いている。誰もがその光景に唖然としていた。
外に飛び出た巨大な眼球をギョロギョロと動かし、周囲を探っているのがわかる。だが、こいつがそうしてジッとしてる今が、最初で最後のチャンスに違いない。ここで仕留めるしかない。
「シルヴィエ、呪龍を凍らせてしまえ」
俺には為す術がないので、全力で妹に頼らせてもらう。情けない俺を何とでも罵るがいい。
「わかりました」
俺の言葉を待っていたと言わんばかりに、即座に答えるシルヴィエ。魔法の出力を高めていく。こちらの温度までもが一気に下がったような気がする。
魔法の効果はここからでもすぐにわかるほどのものだった。呪龍の鱗のほとんどが白くなるほど霜が降りている。ギョロ目の動きも止まり、呪龍は空中で身じろぎ一つしなくなった。……え、このまま倒しちゃうんじゃないの?
「落ちるな」
呪龍の様子を見て中佐が言った。そして、中佐は正しかった。
「グオォォォォォォォォ!」
重低音を唸らせながら、呪龍が落ちてくる。
真下には軍本部がある。軍本部がいくら頑丈にできているとはいえ、呪龍の暴力的な質量を受け止めることはできないだろう。
「伏せろ!」
中佐の声。何も考えず、言われた通りにする。周りにいたみんなも一斉に伏せた。直後に轟音。やや遅れて、爆風が頭と背中を撫でていく。
風が吹き止むのを待ち、顔を上げる。砂埃で視界が悪い。
「みんな、大丈夫か!?」
周りに問うが、返事はない。唯一聞こえてくる音と言えば、ドスンドスンという地鳴りのような音。近づいてくるのがわかる。こんな音を生み出せるのは、あいつしかいない。体が硬くなる。
突如、視界が晴れた。土魔法なのか風魔法なのかはわからないが、シルヴィエの魔法によるものなのは間違いないだろう。
「助かる!」
俺のすぐ前方にいるシルヴィエに感謝を伝える。が、聞こえなかったようだ。振り向くことも、返事をすることもなかった。
「来ます!」
シルヴィエは、返事の代わりにそう叫んだ。
瞬間、軍本部を突き破って出てきたのは、生理的嫌悪しか感じられない巨大生物。軍本部の残骸が撒き散らされて再び土煙が上がるが、シルヴィエが掻き消す。
呪龍は勢いそのままにこちらに歩みを進める。が、その速度は遅い。シルヴィエによる冷却が効いているのだろう。
ふと左を見ると、ついさっきまでいたはずの中佐の姿がない。最初に砂埃が晴れたときにはたしかにいたはずなのに。首を巡らせ、中佐を探す。
「あ、いた」
俺が気づいたときには、中佐は門を駆け抜けて呪龍に斬りかかろうとしていた。その手に握られているのは刺突用のレイピアではなく、斬撃に特化した長剣。いつ俺の横からいなくなったのかわからないし、いつの間にあんな遠くまで行っていたのかわからない。まさに超人的な身体能力だ。
中佐の剣の先は、生物の急所、すなわち首を正確に捉えていた。一振りで巨木のごとき首を両断……できずに弾かれる。さしもの中佐でも、振り切るつもりで振るった剣が弾かれてしまえば、態勢が崩れることを避けられない。体が宙に放り出される形になる。
そこへ呪龍がグイッと首を捻り、中佐に対して鞭のように打ち付ける。それまでの鈍重さからは想像できない速さだった。中佐は目が追いつかないくらいの速度で吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた方向的に軍本部の塀に突っ込んだんだろうが、中佐の姿は確認できない。だが、人間があの速度で吹き飛ばされたら命はあるまい。つまり、中佐は死んでしまったのだ。
中佐は怖い人だったが、俺たち下っ端のことまで考えてくれていた。仕事に行き詰まればヒントをくれた。それでいて自分の仕事も誰よりきっちりこなす。そんな惜しい人をなくしてしまった……
王国でもトップクラスの剣士である中佐が、ああも簡単にやられてしまった。そんなやつをどうやって倒せと言うのだろう。少なくとも剣では歯が立たないのは、中佐が命に代えて証明してくれた。剣でダメなら、魔法しかないが――
「あんなもの、斬れたものではないな」
「えええ!?中佐!?」
中佐が俺の横にいる。何が起こったんだ。今しがた軍本部の方に吹っ飛ばされていったように見えたんだが……幻覚だったのか?いや、中佐の勲章まみれの服が埃を被っているのを見れば、さっきのが幻覚ではなかったことを物語っている。
「うるさいやつだな。何だというのだ」
中佐は少し不機嫌そうに言った。
「い、いえ。あまりに早いお帰りだったものですから」
「首を落とせずに戻ってきたことを責めているのか?」
やべ、完全に間違えた。全然そんなつもりはなかったんだが、中佐にはそう取られてしまったらしい。こういうときは、素直に弁解するに限る。
「あのですね――」
「まあいい。それよりこれを見ろ」
そう言って、中佐は俺の前に剣を突き出してきた。俺の弁解を無視しないでよ。あとそんな風に剣を扱ったら危ないって。
「これがどうしたんですか?」
剣を見せてくる意図がわからず、尋ねた。
「よく見ろ」
中佐はいつも言葉が短いので喜怒哀楽がわかりづらいが、今回はまだ機嫌があまりよくないことがわかるような言い方だった。言われるがままに剣を見てみると、刃が欠け、その周辺が変色していること見て取れた。
「この剣はミスリルでできている。まず欠けることはないし、錆びることすらない。このようになるなど、異常だ」
さすがは中佐。ミスリル製の剣というアーティファクト級の代物を携帯しているらしい。しかし、そんな逸品と中佐の剣技を持ってしても、呪龍には傷を負わせることすらできなかったようだ。むしろ、剣の方にダメージが入る始末。こんな化け物どうすればいいんだよ。
「さて、私には斬れそうもないが、この場合はどうするつもりだったんだ?」
はい、今宵もやってまいりました。中佐お得意の無茶振りのお時間です。
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