復活の予兆
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空に伸びていた柱はいつの間にか消えていて、空に広がった枝は今ではある明確な形を見せ始めていた。頭、胴体、四本の脚に、尻尾があるのがわかる。収縮と弛緩を繰り返す球体は、心臓だろう。状況から言って、まず間違いなくあれは呪龍になる。
なぜ呪龍が復活しようとしているのか、今の時点ではわからない。十七晩連続で殺人を行うという復活のための条件は、満たされていないはずなのだから。とりあえず、さっき死んだマルヌスが関係しているのだろうという程度の価値のない推測が限界だ。
街のどこからか悲鳴が聞こえてくる。市民にはあれが呪龍だと知る由もないはずが、もしあれが呪龍だとわかれば、いったいどれだけの恐怖がその身を襲うことだろう。
「そう怖い顔をするな、お前の策はきっと上手くいく」
中佐から俺への励ましのお言葉。しかし、まったく励ましにはなっていない。だって、策なんてないんだから。むしろ、悪いプレッシャーだ。助けて、という視線をシルヴィエに送ってみる。
「何か策がおありなのですね、さすがはお兄様です!」
が、そんな俺の意図は伝わらなかったようだ。シルヴィエが向けてくる輝く瞳に気圧される。どうしよう。
空を見れば、紅い枝もとい血管だけではなく、心臓以外の臓器や骨まで姿をあらわにしている。肉が付いて体が鱗で覆われるのも時間の問題だ。
でも、なんか思ってた形と違う。呪龍って飛竜みたいな姿だと思っていたけど、今のところ翼のようなものは見えない。このままだと、ずんぐりむっくりなトカゲみたいになりそうだ。脚の生えたオタマジャクシの方とか、そういう類。
そこまで考えてから気づく。呪龍が形になる前に、すなわち復活する前に殺してしまえばいいのではないか、と。
あんな上空にいるから剣は届かない。今すぐに攻撃できるのは魔法くらいだ。中佐が斬らせろ、とは言っていたのが気がかりだけど、先に魔法で攻撃してみるか。あ、俺じゃなくてシルヴィエが。
「シルヴィエ、魔法は何でもいいから呪龍を攻撃してみてくれ」
「いいのですか?」
「よろしいですよね、中佐?」
「お前がそう思うのならやればいい」
ぐっ、上司から言われると怖い言葉ランキング上位の言葉だ。だがここは耐えろ、俺。
「だそうだ。シルヴィエ、やってくれ」
己を鼓舞して、シルヴィエに頼む。
「わかりました」
そう返事をするや否や、シルヴィエの纏っていた空気が変わる。刺すような圧力を感じる。
フッ、と短く息を吐いてシルヴィエが生み出したのは、巨大な岩の槍。高速回転を与えて貫通力を高め、射出。ほんの数瞬の出来事だった。
打ち出された槍は上手く骨の隙間を通り、心臓を貫いた。威力、精度ともにこれ以上ないくらいの一撃だった。飛び散った破片や血液は下に落ち……ることはなく、元の位置に戻っていく。
「「「「は?」」」」
俺、シルヴィエ、ラムに加えて、中佐までもが間抜けな声を出していた。紛れもなく心臓に開いていた穴も、一瞬のうちに何事もなかったかのように再生している。
「御覧の通り再生能力がありますので、お気の済むまで斬れますよ」
なるべく冗談めかして中佐に言ってみた。これくらいの軽口を叩いていないと、頭がおかしくなりそうだった。
「ふむ、そのようだな。腕が鳴るというものだ」
中佐は相変わらず、冗談なのか本気なのかわからないようなことを言った。そういうのが一番怖いだよな。
「エルさんは、このことも知ってたんですかー?」
「知らん」
ラムからの質問にそれだけ答える。もちろん知るわけがない。呪龍にあそこまでの再生能力があるなんて知っていたら、事件に呪龍が関わっていることがわかった時点で王都を捨てて逃げていたことだろう。
俺が読んだ本には、そんなことは書かれていなかったのだ。しかし、そのことについて疑問がある。こんな常軌を逸した再生能力について言及しないなんてことがあるだろうか。もしこれが呪龍の力なら、呪いのブレスと同様に、呪龍の特徴を記述するのに欠かせないものだと思うんだが。
であれば、さっき目にした再生の現象は、呪龍そのものではなく何か他に原因があるんじゃないだろうか。例えば、封印具とか。
封印具は、条件が満たされたとき、そこに封印されたものを復活させる。それが絶対的なルールだ。だから、復活前の呪龍をいくら傷つけたとしても、封印具の力によって再生してしまうのではないだろうか。
この仮説が正しければ、もう呪龍の復活を防ぐのは不可能であり、復活してから倒すなり封印するなりしないといけないことになる。まあ、封印具は中佐が壊してしまったから倒すしかないんだけど。
都合のいい仮説だが、これが正しいと信じて行動するしかない。今攻撃したところで、すぐさま再生してしまうのだから。
「中佐、避難完了しました」
市民の誘導をしていた軍人の一人が報告しに来た。誘導に参加していたアレクも帰って来た。
「これからどうするんですか?」
アレクが聞いてくる。あのな、それは俺が一番教えてほしいんだよ。なんて言えないので、適当に誤魔化すか。誤魔化してばかりの人生です。
「呪龍が復活するのを待つ」
事実、今のところ打てる手はない。よって、呪龍の復活を待つというのもあながち嘘ではない気もする。
「何か策があるんですね?」
アレクはキラキラした視線をこちらに向けてくるが、策なんてものないから止めてほしい。問いには曖昧に答えておく。復活がいつになるのかはわからないが、無策で呪龍に挑むのはさすがに厳しいのはわかる。何か考えておかないとなあ。
というか、何で俺が考えなきゃいけないんだ?事件が終われば、砦に帰っていいって王様も言ってたのに。謎の責任感に駆られてここまでやってきたけど、もう帰りたい……
今となっては、マリアやロックのバカさ加減が恋しいまである。ソーン砦で唯一見送りをしてくれたロックよ、お前に会いたいよ。……あれ、あいつってどんな顔してたっけ。
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