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紅い柱

読んでくださってありがとうございます!

 「呪龍が復活しなくて、残念だったな」

 

 心にもないことだったが、雰囲気に合わせて言ってみた。自分でも恐ろしいほどの棒読みだった。ファルサ・ウェリタスを使わなくても嘘だとバレそうなくらいだ。

 

 「では、改めて私が人を呼んできます」

 

 今度は自分が動きますよ、と中佐にアピールしておく。中佐が静かに頷くのを見届けてから部屋を出る。俺は難しい仕事はできないから、面倒だけど簡単な仕事をこなすことによって、仕事をしてる感を演出しているのだ。

 

 部屋から出た瞬間、強烈な安堵を感じた。王から与えられた任務のうち、事件解決という任務は達成できたと言っていいだろう。事件が解決すれば砦に帰っていいと言われたし、これでようやく帰れる。

 

 事件の捜査に関わったのは二日間だけで、ようやくというのは大袈裟かもしれないが、この二日間の怒涛ぶりを考えればそんな言葉が出てくるのも仕方あるまい。と自分を納得させる。

 

 しかし、ギルドへの影響力を確保するというもう一つの任務が達成できていないのは気がかりだ。ラムがギルドでどんな立場なのかいまだにわかってないけど、何か便宜を図ってくれないかしら。あ、シルヴィエに頼めば、ラムを上手いこと言いくるめられるかもしれないな。

 

 そんなことをぼんやり考えながら、最初にすれ違った人に声をかけようと薄暗い建物の中を歩く。もちろん、声をかけるのは軍服の胸元を見て階級が上の人でないことを確認してからだけど。


 「と思ったのに誰もいない」


 不自然なほど人の姿がない軍本部。こんな昼前の時間なら誰かしらウロウロしてるはずなのに。あれ、というか昼間なのになんでこんな暗いんだろう?みんなで朝ごはん食べてたときには太陽が出ていたよな。

 

 不思議に思って、窓から空を見た。暗い。およそ昼間だとは思えないほど暗い。そんなに長く尋問室に閉じこもっていたわけではないはずだし、急に夜になったなんてこともないだろう。

 

 胸がざわざわする。外がこんな様子なのはいつからだ?少なくとも尋問室に入る前は明るかった。となれば、俺が尋問室にいる間にこうなったってことか。

 

 誰もいなし暗くて寒い。どの要素もこれから悪いことが起こりますよ、と丁寧に教えてくれているようだ。そして、それはその通りだった。

 

 轟く爆音。意識が遠のくほどの音量だった。どこからそんな音が聞こえてきたのか、直感的に把握する。尋問室の方だ。何が起きたのかはわからないが、何か悪いことが起きたのはわかる。

 

 尋問室にいる二人のことが頭をよぎるが、俺は建物から逃げることにした。ラムは曲がりなりにも冒険者だし、何と言ってもあそこには中佐がいる。二人も大丈夫なはずだ。人を探して彷徨っているうちに出口付近まで来ていたおかげもあり、難なく外に出られた。そう自分を納得させた。建物の外には、多くの人々の姿があった。この暗い空が気になって、みんな外に出て来たんだろう。

 

 「お兄様!」

 

 俺の胸に飛び込む勢いで、シルヴィエがひとの群れを突っ切って来た。

 

 「ご無事で何よりです」

 

 「ああ、俺は大丈夫だ。でも、まだ中に中佐とラムが」

 

 俺だけが逃げてきたことを告白するようなものだが、伝えないわけにもいかなかった。

 

 「そ、そんな……」

 

 青ざめるシルヴィエ。

 

 「中佐がいるんだから、二人とも大丈夫さ」

 

 二人を心配しているのだろうシルヴィエを励ますつもりで言ったんだが、その顔は一切晴れない。むしろ、その深刻さをましたような気さえする。

 

 「あ、あれをご覧になってないんですか……?」

 

 シルヴィエはゆっくりと腕を上げ、俺の後方を指さす。いったい何があると言うのか。

 

 俺は振り返った。目に飛び込んできたのは、天を衝く紅い柱。それは軍本部の屋根を貫いて伸びているようだった。その先端は何かを形作り始めている。

 

 発生地点は、尋問室のあたりだった。まさか、二人は本当に……

 

 「エルさん、逃げてたんですかー?」

 

 「あの局面での撤退は合理的だった。こうして我々も脱出できたのだから、問題なかろう」

 

 軍本部の正面出入口から、二人が何事もなかったかのように出てきた。何だよ、心配して損したわ。

 

 「中佐殿って意外と優しんですねー」

 

 「そんなもの、定義次第だろう」

 

 やや距離感を詰めたように思われる二人の会話を聞く。

 

 「無事だったのですね、よかったです。本当に」

 

 シルヴィエは二人に声をかけた。たしかに、空のあんなものを見せられてしまっては、生存を疑いたくなるのもわかる。一瞬、俺も二人を諦めかけそうになった。決して諦めてはいないぞ、決してな。本当だぞ

 

 「シルヴィエさーん、早いですよお」

 

 人混みを掻き分けて、アレクが合流してくる。お前のこと忘れてたよ。

 

 「あれは何なんですか?」

 

 合流してくるなり、アレクはそう聞いてきた。

 

 「私が破壊した本物の封印具から出てきたものだ」

 

 中佐が言った。アレクが欲した答えではないだろうが、間違いでもない。中佐の言う通り、本物の封印具から出てきたとなると嫌な予感しかしない。

 

 「なんか、形変わってきてませんかー?」

 

 ラムに言われて上を見上げると、たしかに紅い柱の先端部分は歪な球体を形作っていた。そして、その球体は規則的な収縮と弛緩を始めた。

 

 その収縮と弛緩に合わせて、球体から紅い枝のようなものが生えていく。その枝は次々に広がっていくが、樹木とはことなる形状を描いている。

 

 この場にいた人々はみな、その様子をぼんやりと眺めるだけだった。俺もそんな空気に飲まれかけていた。

 

 「私はクラウド・アグリネス中佐だ!建物が崩壊する恐れがあるため、市民は指示に従って避難してくれ!」

 

 唯一、中佐だけが正気を保っていた。そんな中佐の鶴の一声で、軍人たちが市民を広場の方へ誘導し始めた。ロウマンド軍人に逆らうロウマンド市民などいない。さっきまでの人混みが噓のように溶けていく。

 

 「さて、本部が崩壊するから、というのは建前だ」

 

 避難が始まってすぐに中佐が言った。バカな俺でもそれくらいはわかっていた。本当は、空に広がっていくあの紅い枝を懸念してのことだろう。

 

 「あれは、呪龍なのだろうな」

 

 先刻のアレクの質問への正確な回答は、中佐によって与えられた。

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