幕引き
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「ふむ、興味深い進言だな」
中佐はこちらにギロリと視線を送ってくる。口では興味深いと言っているが、顔がそうは言っていない。先の俺の言葉は、中佐の仕事ぶりにケチをつけるものであるから、最初の反応としては自然なものだ。だからそれ自体はいいんだが、あまりに怖すぎる。
「あはははは、そんなわけないでしょう!裸同然のこの身体のどこに隠すというんだい?」
中佐が俺の意見を取り入れそうにないところを見て、すかさずマルヌスが言った。その言葉に、ラムもふんふんと頷いている。おい、俺じゃなくて犯罪者の言葉に納得するのかよ。味方ゼロじゃん。
……さて、マルヌスの反論は想定内だ。しかし想定していたからといって、俺からさらなる反論ができるわけではない。こういうときは、ありそうもないことを言って油断させるといい。そうすればこっちの話に乗ってくるだろうから、その間に考える時間を作るのだ。
「身体の外に隠せなければ、体の中に隠せばいいのでは?」
とりあえず、ありえないが論理的には間違っていないことを言っておく。凶器を体の中に隠すって、自分で言ったことだけど意味がわからない。封印具は吸血石でできてるんだから、体内に入れた瞬間、傷から血を吸われてご臨終だよ。
これマルヌスがこの与太話に乗ってきた隙に――
「まさか、気づいていたのか……」
よしよし、計画通りだ。早速話に乗って来た。
「ほう、お前が言ったようにどうやら体の中に凶器を隠し持っているらしいぞ。切り刻んで確かめてみるか?」
中佐、違います。マルヌスは俺の見当違いな話に乗って来ただけなんです。
「む、何だこれは」
中佐が突然声を上げた。何だ何だと聞かれれば、答えてあげるのが世の情けなんだろうが、あいにく俺には答えがわからない。というか、中佐が何に対して何だと言ったのかすらわからない。いったいどうしたんですか?
「中佐殿が物騒なことをおっしゃるから、余計な身動きを封じさせてもらいました。ついでに、お喋りもできなくさせてしまいましょうか」
中佐の方を見れば、外的な力で無理矢理背筋が伸ばされたような恰好をしている。これをマルヌスがやっているというのか?竜魔法で?
マルヌスはというと、その額には脂汗が浮かび、呼吸も荒い。これが、竜魔法の代償だというのだろうか。
中佐はマルヌスの言葉通り言葉が発せられないようで、視線で何かを訴えてくるが、何を訴えているのかわからない。いや、内容の予想はつくが、俺には実行できない。
「身体の中ならバレないと思ったんですけど、これでは時間稼ぎは無理ですね」
誰に話すでもなく、マルヌスがポツポツと語る。え、本当に身体の中に隠してるの?時間稼ぎって何のための?そんな疑問の数々に襲われていると、マルヌスの様子がおかしいことに気づく。
荒くなっていた息はさらに激しさを増し、咳き込むようになっていた。皮膚の色は土のように暗くなっている。何が起きてるんだ。
「エルさん!見て、身体が!」
ラムはマルヌスの方を指さし、断続的に言葉を吐く。言われる寸前に俺も気づいていた。拘束具の下で、マルヌスの腹がボコボコと動いている。まるで巨大な虫が中で這い回っているかのように。
そして、マルヌスの体内から腹部を貫通して黒い塊が出て来た。器用に拘束具の隙間をすり抜け、そのまま腹の前に浮く。マルヌスが出血する様子はないし、それが魔法的な何かによるものだとわかる。
俺もラムも黙ってその光景を見届けた。身動きの取れない中佐ももちろん黙っている。あの酒場でもここでも、この男には気持ちの悪いものばかり見せつけられる。
「それで、何をする気だ?」
内心では恐ろしくビビっているが、中佐が動けない今、軍を代表するのは俺だ。似合わない責任感を背負ってマルヌスに尋ねた。しかし、マルヌスは俺の問いに答えない。肩で息をし、かなり苦しそうだ。
「大丈夫か?」
その姿を見て俺の恐怖も薄れる。今のマルヌスに、俺たちを害する力はない気がしたのだ。
大丈夫だよ、と消え入りそうな声でマルヌスは答えた。
「ただ、この身体じゃあ、はあ……、ペルペトの探索なんて、ふう、できないね……」
マルヌスはこの短時間で急激に弱っていた。呼吸音がうるさくて言葉が聞き取りづらいほどだ。竜魔法によるものだろうと容易に想像できるが、こんなに急に弱るのが不思議だった。中佐の動きを封じるのにそんなに膨大な魔力、ではなく命を使っているとも思えないのだが。
「そろそろ……かな」
「なんだって?」
マルヌスの声は明瞭さを欠いていた。聞き返したところで返答もない。
「ペルペトは、君に……」
何を言っているのかほとんど聞こえない。もうマルヌスは死ぬのだろう、そう直感した。
そしてここから先の出来事を、俺はただ見ていることしかできなかった。
まず、拘束具が灰のようになって消えた。拘束が解かれたというのに、マルヌスは一層弱って見えた。
次に、マルヌスはおもむろに封印具を首に当てると、一気に自身の首を引き裂いた。自死に抵抗がないのか、あるいは封印具に操られているのか、躊躇を感じられない動きだった。
切り裂かれた首から血が溢れ出し、封印具に吸い込まれていく。これを始めて見る中佐は、その目を驚愕の色に染めていた。いつも冷静な中佐がこんな表情なんだから、あの酒場での俺の顔はさぞ酷かったことだろう。
マルヌスの体からその潤いが失われていくのがわかった。目に見えて体の体積も小さくなる。すでにマルヌスの意識はないと見える。
その後すぐ血が止まった。これはマルヌスが息絶えたことを意味する。実にあっけない幕引きだった。
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