異議あり
読んでくださってありがとうございます!
少し長いです
マルヌスが落ち着くと、尋問室には数秒の沈黙が訪れた。
「はあ、すまないね。声を荒らげてしまって」
自分が生み出した沈黙を、マルヌスは自ら壊した。
「構わん。外に声が漏れることはない」
中佐はそう応じた。中佐、たぶんそういうことじゃないと思います。
ところで、とマルヌスが自身を縛る拘束具に目を遣りながら言った。
「この拘束具、取ってくれないかな?叫んだら暑くなっちゃって」
「つまらん冗談だな。お前に魔法を使わせるような真似はしない」
中佐は全く取り合おうとしない。まあ、当然の対処だ。これを外せば、あの酒場での二の舞になることは間違いない。
「うん?どうやら、キミたちは勘違いしているようだね。こんな貧相な体の私が、キミたち軍人の前で魔法という武器を手放すと本気で思っていたのか?」
つまり、どういうことだ?この状態でも魔法が使えると言いたいのか?魔法を使えなくさせる拘束具を付けられているというのに?これも都合のよい幻想が為せる技なのだろうか、あるいはただのハッタリか。
どちらにせよ、魔法は使えないはずだ。俺はそう結論付けた。しかし、中佐は違った。マルヌスが魔法を使える可能性が少しでもあるのなら、その芽を摘もうというのだろう。前触れもなしに、中佐の纏っていた空気が変わった。これは、前線で何度か味わったことがある。殺気というやつだ。
「や、やめてくれよ。別に今から魔法でどうこうしようわけではない。ただキミたちの勘違いを正したかっただけなんだ。学者としてね」
マルヌスも中佐から発せられる殺気を感じたのか、早口で捲し立てる。
「お前が妙なことを言うからだ」
中佐は剣呑な空気を保ったまま言った。
「いやね、事実ですから。竜魔法は、この拘束具じゃ止められない」
いつの間にかにやけ顔を取り戻したマルヌスは、不穏な言葉を放つ。
「竜魔法?」
中佐は訝し気に聞いた。俺がその単語に聞き覚えがないように、中佐もないのだろう。存在自体を疑うような聞き方だった。
「そうとも。古代竜人族の叡智だ。我々が使ってきた魔法とはまったく異なる。ゆえに、この拘束具で妨害することは叶わない」
そこまで聞いて思い至る。シルヴィエの言っていた竜人族が使う魔法というのが、竜魔法なのかもしれない、と。
「魔法は魔法だろうが」
マルヌスの態度に、珍しく苛立った様子の中佐。とうとう腰の剣に手をかけた。後ろでラムがハッと息を吸い込む音が聞こえた。
「たしかに竜魔法も魔法の一部かもしれない。だが、竜魔法は魔力を必要としないんだ。もっと別のものを代償とする」
しかしそんな中佐を前にしてなお、マルヌスは饒舌に話を続ける。まるで学園の教壇に立つ教師のようだった。得意なことをベラベラと話す様がよく似ている。
「無駄な問答は好まない。端的に述べよ。その代償とは何だ」
マルヌスはいい質問だと言わんばかりの表情。本当に学園の教師みたいじゃないか。そして、不気味なほど嬉しそうに語った。
「術者の命だよ。文字通り、命を削るのさ」
竜魔法。命を削る魔法。そんなものが存在するのだろうか。すぐに受け入れることはできなかった。中佐も黙っている。そんな俺たちを見て、マルヌスはニヤニヤと嫌な顔。俺たちをからかって単純に楽しんでいるだけなのかもしれないが、何か企んでいるのではないかと思ってしまう顔だ。
「なるほどー。拘束具はマリーンの末裔由来のもの。竜魔法が存在するならー、その発動を止められないのも納得ですねー」
ラムの気だるげな声が静寂を破壊した。拘束具がマリーンの末裔由来ってよくわかったな。やはり、ラムは相当アーティファクトに精通しているようだ。
「となるとー、私たちが害される恐れもありますよねー」
ラムがここで一度言葉を切った。そしてため息をついてから言った。
「だからー、ここでさっさと殺すしかないですよねー」
間延びした声と内容の過激さが、何ともミスマッチだった。
「キミ、さっきから口を開けばひどいことばかり言うね」
マルヌスは面食らったのか、顔から笑みが失われていた。今度はそんなマルヌスを見て中佐が笑う。
「個人的には冒険者の提案に乗りたいところだが、我々はまだこの事件について知らねばならないことがある。こいつが魔法を使おうとすれば私が斬り捨ててやるから、もう少し待ってくれないか?」
ラムの提案が通れば今すぐ殺されるし、通らなくとも斬首刑などの極刑になるだろうし、かといって逃げようと魔法を使えば中佐に斬り伏せられる。八方塞がりじゃないか。
「私だって本気で言ったわけじゃありませんよー。なのでー、中佐の言う通りにしますともー」
空気を読んだのか、ラムはさっきの提案は本気ではなかったと釈明する。……こいつが空気を読むわけないから、提案は本気だった説が濃厚だな。
「よろしい」
中佐はごく簡単に応じた。
「いやいや、何もよろしくないって。人の生き死にをそんなに楽しそうに語らないでくれよ」
自分の生死を勝手に決めるな、とマルヌスが抗議する。これまでに十六人も殺してきたお前がそれを言うのか?
「お前が言えたことではないな」
中佐も俺と同じことを考えたようだ。いかにも中佐らしい端的な言葉で指摘した。
「ペルペトの解放に貢献できたのですよ?殺された方々も誉高いと思うのですがね」
この言動がマルヌス本来のものなのか、呪龍の封印具によるものなのか判別はできない。いや待てよ、判別できるか。呪龍の封印具を手放しさえすれば幻想から解放され、言動は正常に戻るはずだ。
軍に拘束された時点で、凶器である封印具は没収されている。つまり、封印具の所有権はない。じゃあ、一連の言動はこいつ本来の言動ということになるのか。中佐が言った通り、変人なんだな。
ただ、こんな変なやつがシルヴィエの師匠たり得たのかという疑問がある。笑顔が気持ち悪いとは言っていたが、最低限の敬意がなかったわけではなさそうだった。
シルヴィエはいい子だから、多少変なやつでもいいところを見出すことはできるだろうが、目的のために簡単に人を殺すような人間を師匠にするとまでは思えない。結論として、こいつはまだ呪龍の封印具の支配下にあると考えるのが妥当な気がする。
「中佐、凶器は回収したのですよね?」
「無論だ」
想定通りの返答ではあったが、俺の結論とは矛盾する。ここで考えられるのは、もともとマルヌスが目的のために簡単に人を殺す人物であるか、マルヌスから回収した封印具が偽物であるかの二択だ。事実がどうあれマルヌスが変人であるのは変わりないだろうが、心情的には後者である方が望ましい。生来の殺人者がシルヴィエの師匠だったと思うと居たたまれないからだ。
ここは兄として、マルヌスがまだ封印具を持っているのかどうか確かめなければならない。だが、それは中佐に異議を唱えることを意味する。正直、やりたくはない。だが――
「……中佐、こいつは、まだ本物の封印具を隠し持っていると思います」
言ってしまった。
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