殺人者への憐憫
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「こ、こいつがですか……」
半裸で拘束されたマルヌスを前にして、俺はそれだけ言うので精一杯だった。眼前の男の滑稽さと犯した罪の重さが釣り合っている気がしなかったせいで、適切な言葉が思い浮かばなかったのだ。
初対面時にはパルドの姿をしていたため、本当の姿を見たのはこれが初めてとなる。マルヌスは野犬のようにボサボサした黒髪に、同じく野犬のように獰猛な煌めきをその瞳に宿していた。マルヌスの不自然に思えるほど痩せた体は、最初に見た屈強なパルドの体とは対照的だった。
「この拘束具が魔力を吸収することで魔法の発動を防ぐものだ。これをつけておかないと、私でもこいつを抑えておくのは難しい」
「つまり、投降して大人しく拘束されているということですか?」
「そうだ」
中佐は当然と言わんばかりに即答した。
「まさか本当に投降してくるとは。しかも、こんなに早く」
「私も半信半疑だったが、これが現実なのだ。起きなかったことなど考えなくてよい」
「おっしゃる通りかと」
口ではそう言ったが、俺はあまり納得がいっていなかった。アーティファクトによって錯乱状態にあったにせよ、あと少しで目的が達成されようかというときに、ここまであっさりと諦められるだろうか。
俺だったら、投降すると嘘をついて油断させることを選ぶ。捕縛されるのも油断させる作戦のうちなのではないかと思える。でも、この拘束具がつけられていれば魔法を使えないらしいし、考え過ぎだろうか。
背後からお兄様、と声が掛かる。シルヴィエだ。
「来てたのか」
内心驚きつつも、冷静に対応する。
「はい。中佐が呼んでくださいました」
「うわー、こんな変態が犯人だったんですねー」
シルヴィエの後ろからラムがヌルッと出てくる。あ、そのさらに後ろにはアレクまでもがいた。
「変態って言っても、これは拘束具だから仕方なくつけてるだけだ」
なぜか犯人を擁護するようなことを言ってしまった。
「えー、それってますます変態じゃないですかー」
変態変態うるさいな。俺も最初はそう思ったけど、そう思うと笑っちゃうから言うんじゃない。
「ラムさん、お静かにお願いしますね?」
煽りを入れるラムに、シルヴィエの冷ややかな声。ラムは気を付けの姿勢で口を閉じた。シルヴィエとラムの間には、謎の上下関係が築かれているようだ。
「ときに、マルヌスはマラキアン嬢の師匠らしいな?」
「元、ですけどね」
さすがはシルヴィエ。中佐にも臆さぬ物言いだ。まあ、家柄も戦闘能力も上に立つものはほとんどいないし、そうなるのも理解できる。ただそれでも傲慢さを感じさせないのは、シルヴィエだから、という一言でしか説明できない。
さて、と言って中佐がマルヌスから猿ぐつわを外す。
「元師弟で積もる話でもあるのではないか?」
「久しぶり、でもないか。シルヴィエよ」
シルヴィエは無言だったが、しばらくしておもむろに口を開いた。
「私から話すことはありません。中佐の方から事件について尋問なり何なりされるといいでしょう」
「そうさせてもらう」
「それ、私も同席させてもらっていいですか?」
いつもとは違がったキリッとした声を使い、ラムが中佐に許可を求める。
「ギルドの者か、いいだろう。諸君らの働きも見事であった」
マルヌスを軍本部の最奥にある尋問室に連行して、尋問を開始した。シルヴィエとアレクは同席していない。今回の尋問官は、中佐が直々に務める。こんな人から詰められまくると思うと、それだけで身震いしてしまう。
「一連の犯行の目的は?」
中佐は前置きもなく聞いた。
「ペルペトを解放するためよ。キミたちだってわかっているはずだ。だからこそ、キミたちは神聖なるペルペトを囮に使ったものだと思っていたんだが」
「そんなやり方でペルペトの封印が解かれるのか?純粋な好奇心からの質問で、これは尋問には関係ないがな」
ほー、中佐もペルペトに興味があるらしい。意外だな。
「私が間違えるわけない。どれだけの時間をペルペトに捧げてきたことか」
こういうのを聞くと、僅かながら憐憫を覚えずにはいられない。膨大な時間と熱意をペルペト研究に捧げてきたにもかかわらず、運悪く呪龍の封印具を手にしてしまったがために、それまで積み上げてきたものが水の泡となってしまったのだから。シルヴィエやラム、事件の被害者のことを考え、同情しないと決めはしたが、その一歩手前くらいまでは歩み寄ってやってもいい気になる。
「しかし、お前が犯行に使用した凶器は、呪龍の封印具であるという情報がある。呪龍の復活を目論んでいたのではないか?」
俺とは違って中佐はそんな素振りは見せず、尋問を続けた。
「呪龍って、呪龍アポフィス?なぜ私がそんなものを復活させる必要があるのです。ありえませんよ」
「呪龍の封印具というのは、所有者が望む幻想を見せます。それによって所有者を操り、意図するせざるに関わらず呪龍を復活させてしまうのです」
思ったよりも優しい声が出てしまった。心のどこかでは同情してやってもいいと思っている証左かもしれない。
「到底信じられないな」
「しかし、私が読んだ歴史書にはそうありました」
マルヌスは意外そうに目を丸めた。
「ほお、キミは歴史書なんて読むのか。ロウマンド人らしからぬ趣味だな。気が合いそうじゃないか」
そしてマルヌスは、あのときのようにニヤリと笑った。改めて見ると、たしかにあまり人受けしそうな笑顔ではないと思われる。でも、どことなく俺に似ている気がしなくもない……
「必要に駆られて読んだまでですけどね」
「面白かったか?」
「まあ、思っていたよりは」
「ふふふ、仲良くなれそうじゃないか」
「あなたが、それほどの重罪を犯す前ならばね」
俺は本当にそう思っていた。しかし、これを聞いてマルヌスの態度が豹変した。ニヤニヤ顔が狂気に染まった瞬間を見た。
「何を言っているんだ!歴史好きならわかるだろう!ペルペトを解放するには必要な犠牲だったんだ!ペルペトを解放しさえすれば、その犠牲だって生き返らせることができるんだから誰も損しないじゃないか!」
とても正常な言動ではない。やはりマルヌスは、都合のよい幻想に囚われているのだ。
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