中佐への報告
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今日の出来事や捜査の成果を報告するため、王都に戻ることになった。ラムもついてくるらしい。
「少し整理しましょうか」
竜車に乗り込むと、シルヴィエが切り出した。シルヴィエだって落ち込んでいるはずなのだ。なにせ、自分の師匠が連続殺人犯だったのだから。師匠のことはあまり好きではなかったみたいだが、それでも心が痛まないはずはない。
マルヌスは呪龍の封印具に半ば操られていた。そういう意味では、被害者と言える者かもしれない。だが、殺された者たちやその遺族、シルヴィエやラムに、マルヌスの事情を慮る余裕などないだろう。だから、俺もマルヌスに同情することはしない。必ず捕まえて、徹底的に糾弾する。あわよくば、分身魔法を教えてもらおう。……いや、冗談です。
「まず、犯人はマルヌス・フィンフィルド。私の元師匠で、かなりの魔法の使い手です。最初にパルドさんを殺害した後、パルドさんに成りすまし、ラムさんのそばで捜査情報を得ていた、と。そして今日の被害者を含めて、現時点で十六人が殺害されています。」
シルヴィエは教科書を読み上げるように淡々と語った。元師匠の元の部分だけ、少し強調していたような気はしたが。
「凶器は、ほぼ間違いなく呪龍の封印具。マルヌスは封印具による精神干渉によって、殺人がペルペトの解放につながるのだと思い込んでいるということですね」
シルヴィエのおかげで、事件の概要は掴めた。まだわからないところもあるが、犯人さえわかっていれば俺の仕事はできる。この際、ひとまず置いておいてもいいだろう。
「分身魔法と呪龍の封印具の組み合わせなんて、思いつきませんよー……」
ラムが骨身に応えるように漏らした。シルヴィエが分身魔法を知らなければマルヌスが犯人だとはわからなかっただろうし、俺が呪龍の封印具を知らなければ凶器が何か見当もつかなかったことだろう。そう考えると、たしかに思いもよらぬ組み合わせだ。
そもそも王都近辺で殺人事件なんて滅多に起きない。そして今回のようにたまに起きたかと思えば、殺人事件の中でもかなりのレアケース。冒険者ギルドの面々にとってはいい迷惑だろう。よく諦めずに今日まで捜査を続けて来れたもんだ。
「それでも、真相には辿り着いたんだ。あとはマルヌスを捕らえるだけだろ?」
みんなを励ます意味でも、自分を鼓舞する意味でも、俺はなるべく明るい声で言った。どちらかというと、後者の意味合いが強かったかもしれないが。
「そうですねー」
ラムは最低限の言葉で同意を示した。
それから王都に着くまでは、誰も口を開くことはなかった。みんなそれぞれ疲れているのだろう。俺も朝早くに宿を出て、軍本部と王宮に行き、ローバラに戻ってきて捜査を進めていたら犯人に遭遇、そして十六番目の殺人を目撃した。国境警備隊員にしては、ありえないくらい働いた。ブラックすぎる。
眠いし、少し寝かせてもらおう。
「着きましたよー」
竜車の中にいた三人はみんな寝ていたようで、アレクの声で起こされる。アレクも朝から御者をやっていて疲れているだろうに、仕事をきっちりこなしている。代わりに副長官を任せてもいいくらいの働きぶりだ。いや、違うな。副長官ってのは働かない存在だ。真面目に働くようなやつには務まらん。
繁華街を通れば、まだ飲んでいる人々が煩くしていた。体感的にはもう真夜中なんだが、実際にはまだ日付が変わる時間にも少し足りない。
俺一人でいいと言ったんだが、他の三人も軍本部まで着いてきた。シルヴィエとか、こんな時間まで出歩いていて門限とか大丈夫なんだろうか。
「じゃ、中佐に報告してくるよ」
そう言い残して、一人で軍本部の中へ。この時間でもあの中佐なら起きて働いているに違いない。
暗くなった軍本部を進み、中佐の部屋の前に着く。あー、緊張するな。犯人を突き止めたことを評価してもらえるだろうか。それとも、犯人を目前で取り逃したことを叱責されるだろうか。
「エル・マラキアンか。開いているぞ、入れ」
俺が部屋の前にいることを当然のように言い当ててくる。やっぱりこの人怖いです。
「遅いぞ」
そんな声とともに扉が開く。中佐に扉を開けさせてしまった。
「申し訳ありません。失礼します」
こういうときはシンプルに謝るに限る。サッと頭を下げてから、部屋に入る。
「謝罪はいらない。用件は?」
この人、いつも謝罪を受け取ってくれないな。いや、別にいいんだけどさ。
「はい。一連の事件の犯人を特定しました」
「よくやった。期待通りの働きだ」
期待通りの働きって、一日で犯人を特定することを期待されてたの?期待重すぎない?
「して、犯人は誰だ?」
「マルヌス・フィンフィルド。王立大学で研究員をやっています」
「やはりあの変人だったか。しかし、砦にいるはずじゃないのか?」
やはり、って中佐は犯人の目星がついていたのか?だったら最初から教えといてくれれば、もっと捜査は速く進んだんじゃないですかねえ……
「気づいておいでだったのですか?」
事の真相をやんわりと聞いてみる。
「研究しか能がないにもかかわらず、自ら砦行きを志願した。そして、あいつが出発してすぐに事件が起きた。何か関連しているのではないかと思わない方がおかしい。今にしてみれば、砦行きを志願したのはアリバイ作りだったわけだ」
疑念を抱いてはいたが、根拠に乏しい推測だったために俺たちには話さなかった感じか。マルヌスが砦行きを志願していたとなると、シルバーベアのシチューを食べたという話も嘘かもしれないな。話にリアリティーを持たせて、疑いの目を逸らすつもりだったのかもしれない。
「で、砦にいるはずのマルヌスが、どうやって殺人をやっていたというんだ?」
「分身魔法によって、冒険者に化けておりました」
「……そんなものがあるのか。あいつらしいな」
中佐の答えが一拍遅れた。分身魔法という言葉に虚を突かれたのだろう。中佐の意外な姿を見ることができて少し嬉しい。これを機に畳みかけてみることにした。
「中佐にお伝えしなければならないことがあります」
「言ってみろ」
「犯人は呪龍の復活を図っているものと思われます」
「そうか。防げるのか?」
中佐に先ほどのような動揺は見られなかった。堂々たる様子で俺に問うてきた。いや、問うてきたというのは正確ではない。ここでの「防げるのか?」というのは質問ではないからだ。「防げ」という命令なのだ。軍人歴の浅い俺でもわかるほど、その言葉には迫力があった。
まだまだブラック労働が続くことを予感した。
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