この間の話って?
少し長いかもしれませんが、読んでもらえると嬉しいです。
シルヴィエと王宮を出ると、まだアレクがウロウロしていた。ちょうどいいから、アレクに御者をやってもらおう。
「アレク、まだいたんだな。そんなに見るところあったか?」
「ああ、副長官!早かったですね。自分としてはまだまだ見足りない気分ですよ」
アレクはいつになく早口で声も大きかった。早かったと言っても、一時間くらいは中にいたと思うんだけどな。外観だけでそんなに楽しめるなんて、幸せなやつだ。アレクが中に入ったら、一生出て来れなくなるかもしれん。
「楽しめたようでなによりだ。で、楽しんでるところ悪いんだけど、仕事があるからローバラまで御者を頼む」
頼めるか?とは聞かない。こういうときは命令口調でズバッと言った方がいい。知らんけど。少し偉そうだったかな、と心配したのも束の間。
「承知しました!」
アレクの素直な返事に、俺は無言で頷いた。俺がお楽しみ中に仕事を頼まれれば、ゴネて別のやつに仕事を投げるから、アレクの返事は嬉しい誤算だった。
俺とアレクのどちらがおかしいのかと問われれば、俺がおかしいのだろうが、自分のそんなところが愛おしい。そんな風に自分を愛でていると、シルヴィエが何か言いたそうにこちらを見ている。さっきからモゾモゾしているのはわかっていたんだが、トイレか?
「シルヴィエ、どうかしたか?」
「いえ、あの、そちらの方は?」
シルヴィエの声には、どこか冷ややかな印象があった。俺といるときのシルヴィエはいつも明るいというのに。きっと、アレクの田舎者感が気に食わなかったんだろうな。うん、俺のせいじゃない。
「こいつはアレク。俺の部下なんだが、ちょうどいいから御者を頼もうと思って。田舎者だけど、悪いやつじゃないぞ」
華麗に部下をフォローする。なんていい上司なんだ、俺は。
「ふーん」
シルヴィエからは興味なさ気な反応。シルヴィエが冷たくて、お兄ちゃん悲しい。アレク、てめえのせいだぞ!
「……二人旅だって言っていたのに。お兄様の噓つき」
シルヴィエがボソッと呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。あれれー?もしかして、アレクじゃなくて俺のせい?
思えば、シルヴィエが初対面の相手をいきなり嫌うなんてことはない。機嫌が悪いことの原因が他にあることくらい容易に想像できたはずだ。結果論とはいえ妹に嘘をつき、部下を田舎者扱いした俺だけが悪いのは明白だ。すまん、二人とも。
「ごめんよ、シルヴィエ。竜車の中では二人きりなんだし、それで許してくれないか?」
とりあえず謝っておく。褒められたものではないが、世を切り抜ける術の一つだ。ただし、あまり使いすぎると相手に舐められる恐れがある。使いどころに要注意だ。
「……しょうがないですね。アレクさん、よろしくお願いします」
シルヴィエがそう言って頭を下げると、アレクもさらに深く下げ返した。許してくれたかはわからないが、話は先に進んだようだ。アレクも了承してくれたし、気を取り直していこう。
昼食が取れていなかったため、適当な軽食を買い込んで移動中に食べることにした。どうしてもミートパイが諦めきれなかった俺は、二人を連れてさっきのミートパイ屋まで来た。周辺にさっきのような人混みはなく、軍人たちも姿を消していた。もう軍での用事は終わったから別に見つかってもよかったんだが、あれは何だったんだろう。
この店は店内で食べることもできるが、店先で持ち帰り用のものを買うこともできる。まだお昼時で何人か並んでいるが、これくらいだったら待ってもいいだろう。列の最後尾に付く。すると、アレクがあのー、と恐る恐る話しかけてきた。
「お二人は、どういったご関係なんですか?」
そうか、アレクには紹介していなかった。俺とシルヴィエは髪も目も色が違うし、初対面じゃわからないよな。シルヴィエは俺のことをお兄様と呼んでいたが、小声だったから聞こえていなかったんだろう。
「シルヴィエは俺の妹だよ」
「そ、そうでありましたか!言われてみれば、聡明さを感じるお目元がよく似てらっしゃいます!」
聡明さを感じるとか恥ずかしいんですけど。え、もしかして俺のこと口説いてる?いや、違う。こいつ、シルヴィエのことを口説いてんのか!?
「お前みたいな田舎者に、俺のシルヴィエは渡さんぞ」
一応、釘を刺しておく。
「え、なんのことですか?というか、さっきから田舎者田舎者言い過ぎです」
「それはすまん」
そこに関しては素直に謝っておこう。正直、こんなゴミゴミしている王都より、田舎の方がよっぽどいいと思うけどね。あと、別に口説いてる気はなかったようだ。ただ褒めてくれただけとか、アレク、イイヤツ。
「お待ちどー。はい、ミートパイ三つね!」
「どうもありがとう」
それだけ言って立ち去ろうと思ったら、ちょっと、と店員に呼び止められた。
「なあ、坊ちゃんじゃないか?」
あー、バレてしまったようだ。俺を坊ちゃんと呼べる人間はそう多くない。屋敷でなら別だが、街中じゃ片手に収まる。その一人が、ここのおばちゃんだ。
「なんだ、シルヴィエちゃんもいたのか」
「ご機嫌よう、おばさま」
「あはは、いつ見てもかわいいね!」
くっ、おばちゃんのペースに乗せられてはいけない。長くなってしまう。ここらで割り込んでおかないと。
「当たり前でしょう、俺の妹なんですから。俺たち急いでいるんで失礼しますよ」
「坊ちゃんも元気そうでよかったよ。いや、英雄様と呼んだ方がいいかな?」
こういうところが嫌なんだよな。適当に乗っておくべきか、否定しておくべきか。乗っておいた方がすぐ終わるかな。
「まあね。俺がそういう器だったってのは、わかっていたでしょう?」
「何言ってんのさ。仕事辞めたい、それができなきゃ窓際行きたいしか言ってなかったじゃないか」
うぐっ、痛い痛すぎる。まるで胴体を貫かれたかのようだ。口じゃおばちゃんに敵わねえ。いや、普通に喧嘩しても勝てないかもしれないけど。
「お言葉ですが、おばさま。お兄様は、崇高な目的を持って国境警備隊に栄転されたのです。この間もお話したではありませんか」
ん、この間?何の話だ?
「そうは言ってもねえ。私には、どうもただの怠け者にしか思えないのよ」
ひでえ言われようだな。まあ、事実なんだけど。
「そうですか。では、またお話をさせていただかなければなりませんね」
いや、だから何の話なのよ。そして、おばちゃんが妙に焦っているように見える。そんなにやばい話なのか?
「なーんてね、冗談だよ。私だって、坊ちゃんが英雄になるってわかっていたさ!」
「ふふふ、そうだと思っていました。では、急いでいますので」
シルヴィエがおばちゃんを完封したことにより、俺たちのローバラへの道が切り開かれた。
で、何の話だったんだろう。
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余談ですが、昨日(?)初めて誤字訂正報告をいただきました。本当は反省すべきなんでしょうが、読んでくれている人がいるということを感じられて嬉しかったです。これからもちょくちょく誤字をしていきたいと思います。