任命される
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国境警備隊は、軍組織の一部である。我が国の軍では形式的に、国王が大将を務めている。加えて、中将や少将も貴族位を持つものが担う。特に成文法として明記されているわけではないが、伝統的にそうなっている。
彼らは単なる名誉職で、実際に軍人として働くことはない。戦場のそばまで来て、兵士たちを鼓舞するのがせいぜいだ。できることなら俺もそっち側になりたかったが、俺程度の家柄では、戦争で生き残り続けて武功を立て、成り上がる自信はない。
というわけで大将から少将が名誉職であるために、実質的な軍のトップは大佐となる。しかし、大佐がこの軍本部にいることはない。ついでに、少佐もいない。二人とも超武闘派で、常に前線にいるからだ。前線に出なくても責められる地位でもないはずだが、わざわざ前線に出て行くとは、俺から言わせれば頭がおかしい。
さて、そんな戦闘狂二人を御すのが、クラウド・アグリネス中佐。貴族出身ではないのに、軍の実質的ナンバーツーに君臨する。剣術の腕は国内でも有数で、驚嘆すべき逸話をいくつも聞いたことがある。また非常に頭が切れるという話で、大佐から投げられた仕事を全てこなしているという。見張りをサボって部下に叱られる俺とは大違いだ。
こうして言葉にしてみると、改めてとんでもない御仁だということがわかる。まあ、軍における過酷な競争を生き残っているのだから、とんでもないのは当たり前と言ってもいいのかもしれない。
中佐とまともに会話したことはない。姿を見かけたことがあるくらいだ。しかし、今回の呼び出しはそんな中佐から。いったい、何を告げられるのか。
中佐の部屋の前に着く。ノックをする手が震える、気持ちを固め、ノックをしようと手を固く握ったときだった。
「入れ」
扉の向こうから声がかかった。え、なんでわかったのかなー。怖いなー。
「早くしろ。無駄な時間を使わせるな」
「は、はい!」
とりあえず返事だけした。裏返りかけた声が廊下に響く。我ながら情けない声だ。こんなことになるのも、中佐が怖すぎるのがいけない。
「しっつぇれいします!」
噛んだ。恥ずかしすぎる。
だが、ここまで恥をかいたらもう怖いものはない。勢いに任せ、扉を開ける。
「よく来たな、英雄」
俺が挨拶をする間もなく、中佐は開口一番そう言った。
「い、行き過ぎた評価にございます」
言葉を返すが、なんとなく口調がおかしくなる。だって怖いんだもん。
「ここにお前を呼んだのは私だ。当初は直接の報告をしてもらって、軽い賞与と砦用の新兵器を渡すだけの予定だった」
中佐はそこで言葉を切った。え、それだけ?前線送りじゃなくて?ひとまず安心していいようだ。ビビって損した。とりあえず、典型的軍人の返事をしておこう。
「賞与などもったいない。私はロウマンド王国軍人の勤めを果たしたままででありますし、国境警備隊の隊員たちの力がなければ、私には何も」
よし、ギリギリ及第点くらいの受け答えはできてるんじゃないか?
「殊勝なことだな。だが、お前の為したことは偉業と言ってもいい。それほどのことだ」
うわー、なんかめちゃくちゃ評価されてる。それとも冗談みたいなことなのかな?ダメだ、中佐から発せられる圧力が凄すぎて何も考えられない。
「話が逸れたな。先ほど、当初はと言っただろう。予定が変わったのだ」
なにそれ、変わらなくていいんですけど。前線送りではないですよね?上げて下げるパターンじゃないですよね?
「今から、王宮に行ってくれ。王が待っておられる」
は?
――それで混乱したまま、王に謁見することになり、今に至ると。アレクは俺と一緒に王宮に来て、その辺を散策している。楽しそうだった。羨ましい。
王への謁見。この時点で意味がわからない。しかしそれ以上に意味がわからないのが、見知らぬ人々の中に妹がいたことだ。今は跪いているおかげで周りの人から俺の顔は見えていないが、きっとひどい顔をしているだろう。
それにしてもシルヴィエさん、なんでそんなところにおられるんですか?……まさか、王族へ嫁ぐとか!?お兄ちゃん許さないよ!?王族すら敵に回す覚悟だよ!?
「面を上げよ」
でも、もしシルヴィエが王族に嫁ぎたいなら?それは認めてあげないといけない。俺のわがままでシルヴィエの意志を曲げることはできない。でも、できることなら引き留めたい。でも、でも……
「もうよい、さっさと顔を上げんか!」
少し怒気を含んだ声が聞こえてきて我に返る。呼びかけられたのはこれで二回目だ。こういうのはしきたり的に、三回呼びかけられるまでは待たなければならない。試されているのだ。
「もうよいと言っておるだろうが!」
あ、これで三回目だ。ここで顔を上げないといけない。ゆっくりと上げる。
目の前には、玉座から立ち上がった王。何で立ってるの?
「儂がよいと言っているんだ。さっさと上げればいいものを」
あれ、王様怒ってます?僕なんかやっちゃいました?
「形式的な礼儀など無用だ。特にエースの息子とあればな」
エースとは我が父のことだ。父は王の即位にちょこっと貢献したという。それなりに親交があるのだろう。とはいえ、そういう場には長男のジェイ兄が出ていた。だから形式的な礼儀がいらないとか言われても、そんなのは知らん。
「申し訳ありません」
こういうときは、誤っておくのが無難だ。とりあえず謝る。最強の処世術だ。
「もうよいと言っているだろう。エースと違い、面倒なやつだな」
やべ、とりあえず謝罪作戦が効いていない。おかしいな、最強の処世術のはずなのに――
「さっさと本題に入ろうではないか」
俺の狼狽を知ってか知らずか、王はそう告げた。
「では、私の方からご説明させていただきます」
次に声を発したのはシルヴィエだった。王もそれに頷く。目まぐるしい展開に何が起きているのかよくわからないが、説明してくれるというのだから大人しく聞くとしよう。
「まずは、お久しぶりです。お兄様」
「お、おう。久しぶり」
俺がそう応えると、シルヴィエは首をかしげながらニコッとしてきた。俺もニコッとしておいた。状況が全く掴めていないので、説明して欲しいという意味を込めて。
「ああ、私とお兄様は以心伝心。今ので全てが伝わりました。ですが――」
ん、何が?今のってどれ?
「周りの者に説明する時間が必要なのです。恐縮ですが、少々お付き合いくださいませ」
いや、俺も説明して欲しかったんだけど。
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